風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#13

イフルックへ 屋根なしマイスで雨宿り

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代

ムライス

 

 ウォレアイを出てしばらくすると、セサリオが言った。

「さあ、もう屋根はないぞ! みんな覚悟しろ!」

 パラオからウォレアイまで、強烈な日差しや豪雨から私たちを守ってきてくれた、デッキ後部のビニール屋根はもうなかった。

 ウォレアイ直前の10日間の嵐であちこちが破れ、ついにウォレアイでさようならしたのである。

 どうかイフルックまで雨が降りませんように。

 

 そんな私の祈りは1時間後に儚くも砕け、抜けるような青空の向こうから真っ黒な雲が迫り、あっという間にゲリラ豪雨のごときスコールに遭遇した。
 強風のため帆は降ろされ、舵もロープで縛り付けたのでなにもやることはない。
 私は、濡れちゃいけないものたちをあれこれしまいこみ、もたもたしながらカッパを着こんでふと見回すと……誰もいない!

 みんな、いち早く各自のバンクに隠れたのだ。でも私のバンクは共同で使っているエリーがきっちりジッパーを閉じて眠っている。

 冷たいよ〜! 

 大雨の中でひとり、泣き言を漏らしていると、

「カッツ、ここに入れ!」

 声がする方を見ると、デッキ後部のナビゲーター席、床から1メートルほど高い位置から垂れ下がった2メートル四方のビニールシートが、こそっと動いた。

 一端が上で縛り付けられたそのシートは、ちょうど半分閉じた傘のような格好になっており、その中に避難していたムライスが私を呼んでくれたのだ。

 大急ぎで駆け寄ると、バケツにちょこんと座っていたムライスが、傍にあったもう一つのバケツに私を座らせ、シートを掴んでぴったり閉じた。

 ふう、助かった。

「すごい雨だね〜」

「そうだな。でも東の空は明るいからすぐ止むだろ」

 ビニールに当たる雨が、まるで豆鉄砲の連射を受けているかのような激しい音を立てていた。

 

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普段は怖い顔のムライスも、ディラン相手だと優しいパパ顔になる。ちなみに、背後の緑のシートが、私とムライスの雨宿りシートである。 [Photo by Osamu Kousuge]

 

 そういえば、ムライスとこんなに近づいて二人きりになったことなどなかった。

 彼と初めて会ったのは3年前。前回の航海で、共にクルーとしてパラオから乗り込んだ。

 第一印象は、顔がコワイおっさん。
 その上、明らかに人見知りで、挨拶をしても決して私の目を見ることはなかった。

 いつも怒ったような顔だし、女が力仕事をするのを嫌っていて、私がロープや舵に手を出すと、邪魔だどけ! と言わんばかりに追いやり、私やエリーがみんなにコーヒーを入れても、彼はいつも頑なに断って、飲んでくれなかった。

 一切お近づきになれぬまま、その航海は一週間で終わってしまい、ムライスとはそれきりだった。

 

 今回も、初めは相変わらずだった。彼は持ち込んだ酒で飲んだくれてたし、酒が切れると猛烈に働き出したが、「女子はシカト」路線は変わらず、私とエリーの間で彼の評判はすこぶる悪かった。

 ただ、ングルーを過ぎたあたりから次第に慣れて来たのか、時々目を見てくれるようになった。
 特に嵐の最中は、懐中電灯が壊れたと言えば直してくれたり、夜シフトで立っている私に、安定感の高いバケツを用意してくれたり、むしろ甲斐甲斐しく面倒を見てくれるようになった。

 そして一度慣れてしまえば、うっとおしいほどの勢いで私をからかい、大声で下品な冗談を飛ばしまくる。口うるさい小姑的な部分はあるけれど、総じて親切、かつおもろいおっさんであることが判明。
 私とエリーは次第にムライスと仲良くなっていった。

 だから、今ならこうして二人で雨宿りしても、全然大丈夫。

 

「そういえばさ。ムライスはウォレアイで何してたの?」

「フィッシング! あの小屋にあったカヌーでリーフの外まで釣りに行ったんだ」

「ウォレアイの人たちと?」

「そう。全部で6人いたかな。昨日も一昨日も行った。昨日はこんなでかいの釣ったんだぞ」

 彼はそう言って、狭いビニールの中で縦に両手をいっぱいに広げて見せた。

 さすが釣りキチ。

 セサリオやミヤーノたち離島人はウォレアイに知り合いも多いし言葉も通じるが、パラオ人のムライスにとって離島は外国。言葉も通じないし、知り合いもいない。極度の人見知りのくせに、よくも出かけたなと感心したが、要は、人見知りをしのぐほど釣りへの愛がでかいのだ。

 

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ムライスは魚をさばくのもお手のもの。[Photo by Osamu Kousuge]

 

 

「パラオでも年中釣りに行ってるんだよね、きっと」

「もちろん! この間も息子を連れて行って、こんなでかいの釣り上げたんだ」

「へえ、息子さんっていくつ?」

 こうしてムライスの家族物語が開始した。娘、息子、奥さん、山ほどの兄弟姉妹、そして亡くなったお父さんの話。

「カッツは兄弟は?」

「弟が一人いるよ」

「えー、それだけ!? 寂しいじゃないか」

 子沢山が当然の南国ではいつもこう言われてしまう。

「日本じゃ普通なんだよ」

「へえ、そうかい。で、俺の妹は今アメリカにいてさ……」

 夢中で家族を語るムライスは、なんだか嬉しそうで、私はひたすら相槌を打ちながら聞いていたが、不意に閉じていたビニールシートがチラリと開けられ、ミヤーノが中を覗き込んで言った。

 雨、止んだぞ。

 

 外に出てみると、空はすっかり明るくなっていた。

 私は大きく伸びをしてから、のんびりカッパを脱ぎ始めた。すると、ミヤーノとともに船首で帆をあげたムライスが大声で言った。

「あー、カッツ、なんでゴミ袋着てるんだ?」

 ?

 私は厚手のレインコートの中に、安い、半透明のレインパンツを履いていた。

 言われてみれば確かにそれは、ゴミ袋によく似ていた。

 思わず私も笑い出すと、

 ひゅ〜! カッツー! ゴミ袋、似合う〜!

 みんなが一斉にはしゃぎ出す。

 「違うってば! もう、うるさい!」

  

  ようやくゴミ袋を脱いで、後ろを振り返ると、くっきりした虹が、水平線上に見事なアーチを描いて輝いていた。

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*離島情報コラム 離島の生活インフラ

 

 

電気、ガス、水道、電話など、離島での生活インフラ状況をご紹介しておく。

 

「ガス=火」

 煮炊きには、乾燥したココナツの実の殻を燃やし、かまどで火を焚く。ただし、着火はマッチかライターを使う。
 余談だが、ガスがなくなった使い捨てライターにガスを注入する技や、木を使って1分もかからず火を起こす技は、島の男ならたいてい持っている。

 

「水」

サンゴ礁の島で水は大変貴重。ほとんどが雨水に依存している。

どの家庭にも巨大な雨水タンクが設置されていて、それを生活用水として使う。

そのほかに、軒下にはたいていドラム缶が置かれていて、そこでも雨水をキャッチする。

飲料水や料理に使う場合は、必ず煮沸する。

水浴びは毎日行うが、基本パターンは、まず海に入って石鹸やシャンプーで体を洗い、その後、軒下のドラム缶から雨水をすくって軽く「リンス」する、というもの。

食器洗いや洗濯は、雨水をたらいに汲んで使っている。

問題は、好天続きの時。タンクの水量が半分ほどになると、なんとなーく節水が始まり、水量が5分の1ほどまで減ると、飲料水と料理用以外はすべて、海水になる。

 

「通信」

固定電話、携帯はまだどこにもないが、無線機はかなり前から普及していて、近隣の島との連絡が行われている。近年、ウォレアイではwifiが診療所、学校などに限って導入された。他島にも普及させようという動きはあるが、大変のろい。

 

「電気」

この数年で大きな変化があった。

かつては皆無だったが、十数年前、フランスのNGOから送られた小さなソーラーパネル1枚がいくつかの家庭についていて、夜だけ40wほどの蛍光灯が薄暗く灯るようになった。

発電機も各島にいくつかある。時々、発電機を使ってDVD鑑賞会が開かれると、40人も50人も一軒に集まって夢中で鑑賞したりする。

というのが5年ほど前までの状況。2016年現在は、ウォレアイ、ラモトレックなどに曲りなりにも電気が通り始めていて、各家庭でDVDを観たり、パソコンを使うのが普通になってきている。
ただ、あくまで初期段階なので停電も多く、メンテナンスに苦労している模様。


IMG_1220ココナツの実の殻は、ここで乾燥させながら薪のように使う。


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日本製(?)「大自然」という名の巨大雨水タンク。下の方に蛇口がついている。


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無線でお隣のラモトレックと会話をする村人。無線室には頑丈な鍵がかけられている。


 

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*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/


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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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