ブーツの国の街角で

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番外編「あなたの知らないローマ」:コッペデ地区

文と写真・田島麻美

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 ローマの建築と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、コロッセオ、パンテオン、サン・ピエトロ大聖堂、フォロ・ロマーノ、トレヴィの泉など観光名所の遺跡や建物ではないだろうか。旧市街の中心には古代ローマから中世、ルネサンス、バロックの各時代の建築がひしめき合っているローマだが、観光ルートを一歩外れて歩いてみると想像もしていなかった風景に出会えたりする。
 長年この街で暮らしている私自身、まだまだ知らないローマの顔がいくつもあるのだが、今回はそんな「未知のローマ」の代表格でもある住宅街の不思議空間・コッペデ地区をご紹介しよう。

 

 

 

高級住宅街に突然現れた異空間

 

 

 ボルゲーゼ公園の北、レジーナ・マルゲリータ大通りとサラーリア通りの交差地点にあるコッペデ地区は、地元ローマっ子の間でも”知る人ぞ知る” 不思議空間である。高級住宅街として知られるパリオリ地区に隣接した一角は、1913年から1926年にかけて、当時の高級官僚の居住区としてフィレンツェの建築家ジーノ・コッペデによって設計された。正式にはトリエステ地区内に属するのだが、その特異で印象的な建築群が集まる空間は、建築家の名前にちなんで「コッペデ地区」という通称で知られるようになった。
 ブエノスアイレス広場の停留所でトラムを降りると、ファサードのキンキラキンのモザイクが眩しいサンタ・マリア・アッドロラータ教会がまず目につく。この教会を右手に見ながらタリアメント通りを進み、ドーラ通りと交差する地点がコッペデ地区の入り口である。小さな広場には全くそぐわない重厚な建物が嫌でも目に飛び込んでくるだろう。「大使たちの館」と呼ばれるこの館のアーチをくぐって、いよいよコッペデ地区に足を踏み入れる。なんだかおどろおどろしい装飾がびっしり、そしてアーチの中央にはホラー映画に出てくるような巨大な鉄のシャンデリアがぶら下がっている。この先を見るのが楽しみになってきた。
 

 

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リバティ様式にギリシャ、ゴシック、バロック、中世など様々な建築のエッセンスをミックスした独特の建築様式。あまりに独創的なので○○様式というカテゴリーに入りきらず、単に「コッペデ・スタイル」と呼ばれている。「大使たちの館」は窓枠から柱、天井裏まであらゆる部分に緻密な彫刻とフレスコ画が施されている。アーチ上の正面中央にはフィレンツェのシンボル「メディチ家の紋章」があり、コッペデが自身の出身地をいかに誇りに思っていたかが想像できる(中)。

 

 

 

 

ビートルズが飛び込んだ伝説の噴水

 

 

 大使たちの館のアーチをくぐり、巨大な建物の随所に施された装飾を見上げながらドーラ通りを進む。あまりにテンコ盛りの装飾に、どこを見ていいのかわからなくなってくる。360度、ぐるぐる自転しながら建物を眺めて歩いていると、通りすがりのオヤジが不審な顔で私を見ているのに気づいた。この地区の住民らしい。警察に通報されてはいけないのでおもむろにカメラを取り出し、「写真撮ってるの、ほほほ」と笑顔でアピール。
 アーチの先に見えていた小さな広場に到着。コッペデ地区の中心地であるこのミンチョ広場には、「カエルの噴水」と名付けられた噴水が鎮座している。大きな水盤をぐるっと取り囲んだ12匹のカエルたちが今にも飛び込もうとしている。どこかで見たような構図だな、と思って調べてみると、この噴水は旧ユダヤ人街にある「亀の噴水」をモチーフにして作られたことがわかった。 
 もう一つ、この噴水にまつわる有名な伝説がある。コッペデ地区の入り口近くにはローマの歴史的なディスコ「パイパークラブ」があるのだが、60年代にビートルズがここでライブを行った後、服を着たままこのカエルの噴水に飛び込んだというエピソードが残っている。若かりし頃のビートルズのご乱行の舞台となった噴水は、今ではビートルズファンの隠れた名所となっている。


 

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「大使たちの館」の側面。コの字型の建物の内側は、バロック、アール・ヌーヴォー、果てはギリシャのモチーフまで、時代も様式もごちゃまぜになった装飾がびっしり。装飾は上部に行くにしたがって緻密になってくるので、必然的に上を見上げながら歩くことになり、首が痛くならないよう注意しなければならない。
 

 

 


 

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 ビートルズが飛び込んだ伝説の「カエルの噴水」(上)。一本隣に並行するタリアメント通りにある「パイパークラブ」は、60年代から世界的ミュージシャンたちがライブを行って来た伝説のディスコクラブ。ビートルズ、ピンクフロイドといったミュージシャンだけでなく、アンディ・ウォーホールなど当時「時代の寵児」と言われたアーティストたちにも愛された(下)。

 

 

 

 

映画のセットのようなユニークな建築群

 

 

  ミンチョ広場のカエルの噴水を背にしてぐるっと周囲を見渡すと、全く一貫性のない(ように思える)建物群が並んでいる。コッペデ地区内には26の建物と17の邸宅があるとのことだが、その中でも「コッペデ・スタイル」の代表的な建築がここに集まっている。
 広場には「大使たちの館」「妖精の館」「蜘蛛の館」などの名前がつけられた特徴的な建物が建ち並ぶ。それぞれの建物を交互に見比べてみたが、まるでディズニーランドのアトラクションのように賑やかな妖精の館の向かいにはモダンなアール・デコ風の建物があり、その斜向かいにはスペインを彷彿とさせるような鮮やかな黄色の建物があり、という具合にバラエティに富んでいて、まるで映画のセットのようだ。
 かつて、このコッペデ建築のおどろおどろしさに惚れ込んだイタリアンホラーの巨匠ダリオ・アルジェントが、ここで監督デビュー作となる『喜びの毒牙』を撮影したのも頷ける。彼はこのコッペデ・スタイルがよほど気に入っていたらしく、後に『インフェルノ』の撮影でも再びこの地区を使用している。

 


 

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ミンチョ広場に面した建物群。ひときわ目を引くのが「妖精の館」(上)。周囲にはリバティ様式を思わせる建物(中)や「蜘蛛の館」と名付けられた様式不明(?)の建物(下)が建ち並ぶ。
 

 

 

 

建築を知らなくても楽しめる妖精の館のディティール観察

 

 

  一見するとちぐはぐなモチーフをつなぎ合わせただけのように見えるが、一個の建物としてみると独特のオリジナリティと存在感を醸し出しているのがコッペデ・スタイルの特徴。その極みとも言えるのがこの妖精の館だ。
 風見鶏が可愛いとんがり屋根の館の周囲を見て歩くと、複数ある玄関の門扉から外壁の装飾、窓枠のデザインやモチーフなどが全て異なっていることがわかる。私は建築の専門家ではないので、これをどう説明すればいいのか全く見当もつかないが、ともかく細部に渡って緻密で多彩なデザインが駆使されていて、恐らくその一つ一つに意味が込められているのだろうと想像すると、建築を勉強していなくても十分楽しめる。
 一方の壁面にはヴェネツィアの貴族の館のような窓枠に、これまたヴェネツィアのシンボルであるライオンと船のモチーフが描かれている。もう一方にはコッペデの故郷フィレンツェのドゥオーモと彼の地の歴史的人物ダンテ・アリギエーリが見える。かと思えば、裏手のもう一つの入り口にはスペインの宮殿を思わせる繊細なモザイクとローマのシンボルである狼と双子の装飾が施されている。これら全てのモチーフに加えて、ギリシャ風の柱や壁画、中世風のレンガ、遊び心たっぷりの動物や昆虫を盛り込んだ鉄柵など、なんとも盛りだくさんの装飾がたった一軒の館の中に詰まっているのである。内部を見られないのは残念だったが、外観を見ているだけでも「お腹いっぱい!」という感じがしてきた。  
 こんな館で暮らすのはどんな気分だろう? 装飾過多できっと落ち着かないだろうな。掃除とか修復費とか、きっと維持費がすごくかかって大変だろう……。シミが目立ち始めた白壁しかない狭い我が家と比べつつ、平民の負け惜しみを呟きながら異空間を後にした。
 

 

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妖精の館を三方から眺めてみる。それぞれの外壁には、様式も素材も異なる装飾がびっしりと施されている。館の建築素材も大理石、レンガ、石灰岩、テラコッタ、ガラスなど多種に渡り、素材・装飾デザイン・建築様式など全てがアシンメトリーに設計されたという。

 

 


 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

メトロB線「Policlinico(ポリクリニコ)」下車、レジーナ・マリゲリータ大通りからトラム3番「Valle Giulia(ヴァッレ・ジューリア)」行きに乗り換え、BUENOS AIRES下車、徒歩1分。
 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は5月25日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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