旅とメイハネと音楽と

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#12

中東料理の最前線はロンドンにある!〈前編〉

文と写真・サラーム海上

 

ロンドンへの乗り継ぎでロストバゲージ! 

 7月21日、シャウエンに3日滞在した後、バスを乗り継ぎ、半日かけてモロッコの北の玄関口、タンジェに戻った。旧市街メディナにある定宿の屋上で、ジブラルタル海峡の向こう側にスペインを見渡し、西の大西洋に沈む夕陽を堪能した後、翌朝の22日にタンジェからロンドンへ移動した。

 

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モロッコ・タンジェの夕陽

 

 タンジェではイベリア航空系LCCの出発が遅れ、中継地のマドリッドに30分遅れで到着した。ロンドン行きの乗り換え便まで90分を切っていたので、指定されたゲートに急いだが、なんと、その便はキャンセルとなっていた。しばらくたらいまわしにされた後、なんとかその夜の便に変更してもらった。

 22時にロンドン・ヒースロー空港に到着すると、入国審査は長蛇の列。一時間近く並び、やっと審査カウンターにたどり着いた。すると若い審査官が、僕の持つ紺色の5年パスポートや、モロッコから入国し、4日後にクーデター直後のトルコに行くスケジュールに難色を示している。
「日本人は赤いパスポートなのに、なぜ貴方は紺色のパスポートなんですか?」
「紺色は5年、赤色は10年パスポートです。僕は海外出張が多いので、すぐにページが埋まってしまうので5年パスポートを持っているんです」
 5年パスポートを持つ本当の理由はここでは言わずにおこう。
「貴方の仕事はなんですか?」
「音楽関係です」
「音楽関係とは? 具体的に?」
 ここでフリーランス・ライターやジャーナリストと言うと、更に質問がこじれたりするから要注意だ。
「レコード店勤務です」
 エルスールレコーズで店番してるからあながち嘘ではない。
「では、なぜモロッコとトルコに用事があるんですか?」
「モロッコでは音楽祭の取材、トルコではミュージシャンに会い、地中海にある彼のサマーハウスに行くんです」
「こんな時期にトルコに行くんですか?」
 ご存知のとおり、トルコでは7月15日にトルコ軍の一部反乱勢力によるクーデター未遂事件が起きていた。
「ええ、ニュースを見ています。クーデターは未遂に終わりましたし、僕はイスタンブルではなく、トルコ南部に行くので問題はないんです」
 審査官は納得がいっていないようだったが、やりとりを聞いていた隣のカウンターの審査官が「日本の音楽業界は本当にクレイジーなオタクだから、モロッコやトルコにまで行く奴がいてもおかしくないよ」と妙な助け舟を出してくれた。
 無事に入国を済ませ、荷物引取ターンテーブルに行くと、既にターンテーブルはカラになっていて、同じ便に乗っていた数名のお客が荷物がないと騒いでいた。そして、僕の真っ赤なスーツケースはどこにも見つからなかった。モロッコからマドリッド経由、しかも乗り換え時に便の変更まであれば、ロストバゲージくらい仕方ないなあ。
 ブリティッシュ・エアウェイズの荷物カウンターに行き、書類を申請すると、係の女性が非常に丁寧な対応をしてくれた。
「今夜は確認出来ませんが、お客様の荷物は多分マドリッドに残っています。ご迷惑をおかけしますが、ほとんどの場合、荷物は見つかります。こちらに届き次第、お客様の滞在先まで配送しますし、最新の状況はメールやSNSでその都度お知らせします。そして、早急に必要な日用品や衣服などはこちらで負担しますので、領収書を後ほど提出下さい」
 ロンドン市内までは最速のヒースロー・エクスプレスの切符を買っていたが、バゲージクレームが長引き、終電は既に終わってしまっていた。仕方なく最終の各駅停車でパディントン駅へ。そこからタクシーに乗り換え、タワーブリッジ近く、シャード・テームズにある友人宅へ向かうが、なぜか真夜中にもかかわらず渋滞が起きていた。しかも、いつもは爽やかなロンドンの夏の夜が、この日は妙に蒸していた。

 

 

バラ・マーケットにあるレバノン料理店へ 

 友人宅で迎えた翌朝、スーツケースが届かず、着替えもタオルも持ってないものの、銀行カードとパスポートとカメラとPCは手元にある。そして、一歩町に出れば無印良品もユニクロもある。ここにいる限り何も困ることはない。というわけで土曜日の町に出よう。

 シャード・テームズからテームズ川沿いを西へと歩く。川沿いの道には世界中からの観光客、そして、イギリスに暮らす様々な出自を持った人たちが歩いている。彼らの多くは、僕がこれまでに聞いたこともないような世界中の様々な言語を話している。そして、それぞれがのびのびとふるまい、家族や友人たちとの時間を過ごしている。僕はこの多国籍な感覚が大好きだ。ロンドンやパリが好きな理由はここに尽きる。
 イギリスでは6月23日に欧州連合離脱是非を問う国民投票が行われ、離脱支持側が勝利した。しかし、残留支持が約48%、離脱支持が約52%と僅差だったため、世論は二分化し、社会は揺れていた。今後、僕が好きなロンドンの自由な雰囲気は少しずつ失われていくのだろうか?

 

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テームズ川沿いを散策

 

 さて、この日は土曜日。そこで中世から続く、現在ではロンドン一のオーガニック食品マーケットとして知られるバラ・マーケットに出かけた。ここは世界中のエスニック料理の屋台が並び、食材に興味がなくとも、食べ歩くだけでも楽しい。

 

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オーガニック食品が並ぶバラ・マーケット

 

 かく言う僕も、食材は物価の安いモロッコやトルコで買えるので、今回はこのマーケットの一角にある人気のレバノン~トルコ~中東料理店『Arabica Bar & Kitchen』が目的だった。ここは元々は人気のレバノン料理屋台だったが、その人気が高まり、数年前に屋台の隣にお店を構えた。
 今も実際に、レバノン料理の屋台の左側に天井の高いオシャレな内装の店舗が並んでいる。時間は午前11時半、幸い店内のテーブルに空きがあり、僕たちは待たずに入店することが出来た。入り口の外には8組ほどのテラス席、店内は30席ほどのテーブルと、右側がバーカウンター、そして奥が厨房になっている。
 店内BGMはアラブ音楽ではなく、通常の英語のポップスだ。壁にはレバント(東地中海)地域の古い地図が貼られ、棚にはデーツやざくろビネガーなど中東食材のオリジナルブランド瓶詰めが陳列されているが、アラブ~中東らしさはあえて排除されているようだ。働いているのもアラブ人ではなく、様々な肌の色をしたロンドン子たちばかり。

 

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お洒落なレバノン料理店『Arabica Bar & Kitchen』

 

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テーブル席とバーカウンターがある

 

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店内に貼られた地図。棚に並ぶのは店オリジナルブランドの商品

 

 メニューを見ると、ワインやビールのコレクションに加えて、カクテルも充実している。定番のカクテルだけでなく、レバントのマティーニ、ベイルート港、ベカー高原の蝶なんて中東風な名前のオリジナルカクテルまで用意されている。
 料理はホモスやムタッバル、ファラフェル、タッブーレなどの前菜やサラダ、キッベなどの揚げ物、コフタやケバブなど炭火焼き、ピデやラフマージュンなどのパン類、ご飯ものまで40数種類と大充実だ。

 

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オリジナルカクテルも豊富。こちらはレバントのマティーニ

 

 ぼくたち三人で6品を注文した。まずはレバノン料理店で何はなくとも頼みたいイタリアンパセリのサラダ、タッブーレ。そして、ピタパンのグリーンサラダであるファットゥーシュ。タッブーレはイタリアンパセリを非常に細かく切っているのと、レモン汁たっぷりの酸っぱさに感心した。隠し味にはレバノンのミックススパイスである7スパイスを使っていた。
 7スパイスはトルコやイスラエルではバハラットと呼ばれる、オールスパイスを中心にクミンやメース、ナツメグ、隠し味にバラの花びらを加えたミックススパイス。ケバブやコフタなど肉料理に用いられるが、渋く甘い香りを活かしてタッブーレにもよく合う。イスラエルではバニラアイスにバハラットを混ぜ込むようだ。
 ファットゥーシュはレタス、イタリアンパセリ、赤かぶのサラダに揚げて砕いたピタパンを加え、ビネグレットソースで味付けしてある。たっぷりのざくろの実とスマックが一味添えている。ここまでは拙著『MEYHANE TABLE』や『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』にもレシピを載せた正統的なレバノン料理である。

 

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イタリアンパセリのサラダ、タッブーレ

 

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ピタパンのグリーンサラダ、ファットゥーシュ

 

 3つめの前菜には少々ひねりがあった。ローストビーツとガーリック・ヨーグルト・タヒーニのファッテー。ファッテーとは古いピタパンを油で揚げて、ひよこ豆の水煮とともにヨーグルトのソースに沈めたサラダや前菜の一種。カリカリのピタパンが食べているうちに段々とフニャフニャになる食感を楽しむ。
 運ばれてきたものは白いガーリック・ヨーグルト・タヒーニに覆われていて、その上にはひよこ豆の水煮と浅漬けの塩レモン、胡桃、揚げたピタパンが散らされている。一瞬、どこがビーツなのだろう?と思ったが、スプーンを入れると、ガーリック・ヨーグルト・タヒーニの下にビーツのペーストが沈んでいた。スプーンでかき回すと、お椀の中で鮮やかなマゼンタと白がまざりあって非常に美しい。塩レモンの黄色も色のコントラストを生んでいる。
 タヒーニは健康に良いがカロリーが高く、味が濃厚なため、現代的なお店ではヨーグルトを混ぜて使うことが多い。そして、ビーツの甘さ、塩レモンの鋭い酸っぱさ、塩辛さとの相性も良い。これは美味い!  簡単だが、日本に帰ったら作ってみよう!

 

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サラダや前菜の一種、ファッテー。下にビーツのペーストが沈んでいた

 

 メインの前にレバノンの赤飯ことムジャダラ。レンズ豆とともに炊き上げたご飯に揚げ玉ねぎを散らしたお腹にたまる伝統料理である。この店のムジャダラには、ご飯の上にたっぷりタヒーニがかけられていた。

 

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レバノンの赤飯こと、ムジャダラ

 

 メインディッシュは2品を頼んだ。一つ目は7スパイスとオレガノ、レモン汁、ヨーグルトでマリネした鶏手羽先の炭火焼き。こちらはインドのタンドーリーチキンを中東風にしたような風情。7スパイス=バハラットは日本でもトルコ系のハラルフード店で入手できる。

 

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左下の皿が鶏手羽先の炭火焼き

 

 そして、二つ目のメインディッシュは軽くスモークしたサバのグリルに、サフランを入れたアイオリソース添え。アイオリは南フランス・プロヴァンス生まれのにんにくと卵の乳化ソース。そこに黄色く、甘い香りのサフランが入るとどこか中東的な味になる。

 

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サバのグリル、アイオリソース添え

 

 さて、ここまでで三人ともお腹一杯。デザートは一品を三人で取り分けた。頼んだのはイチゴソースにバニラアイスをのせ、砕いたピスタチオ、バラ味のロクム(ゆべしに似たトルコのお菓子)、イチゴを散らし、メレンゲで飾ったもの。山の形をしたメレンゲが白い山の国であるレバノンをイメージさせる。

 

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見ているだけでほれぼれするデザート

 

 いやあ、『Arabica Bar & Kitchen』の料理はどれも予想以上に美味しかった。そして、美しかった。レバノン~トルコの伝統的な料理でありながらも、端々に現代的なフュージョンが入っていて、しかも色合いが伝統料理以上にカラフルで美しい。これは勉強になりました!
 次回は翌日訪れたソーホー地区にあるイスラエル・フュージョン料理店『Palomar』を取り上げよう。

 

 

レバノン料理、ファッテーを作ろう 

■ローストビーツとガーリック・ヨーグルト・タヒーニのファッテー
【材料:1皿分】
ビーツ:小1/2個(約150g)
ピタパン:1/2枚(上下をはがし、カラカラに乾かしておく)
オリーブオイル:50cc
バルサミコ酢:小さじ2
塩:少々
タヒーニ:100g
プレーンヨーグルト:50g
にんにくのすりおろし:1かけ分
塩レモン:1/4個(水洗いし、塩を洗い流してから水気をきり、1cm角に切り分ける)
ひよこ豆の水煮:10粒
胡桃:大さじ2(食べやすい大きさに砕く)
EXVオリーブオイル:大さじ1

【作り方】
1.オーブンを200度に熱し、ビーツをアルミホイルで覆い、金串がスッと刺さるまで1時間から90分焼く。
2.ピタパンは上下にひきはがし、カラカラに乾かしてから、幅1cm、長さ2cmに切り分ける。小さめのフライパンにオリーブオイルを熱し、ピタパンを入れ、きつね色になるまで揚げる。キッチンペーパーに取り出し、余分な油を切っておく。
3.1のビーツを室温までまで冷ましてから、皮をむき、ざく切りにし、フードプロセッサーに入れ、バルサミコ酢、塩を加えて撹拌し、ペースト状にする。
4.ボウルにタヒーニ、プレーンヨーグルト、にんにくのすりおろしを入れ混ぜ合わせる。
5.小さめのラーメン鉢ほどの器に3を1/3ほどの高さまで盛り、表面を平らにしてから、その上に4をのせる。さらに2のピタパン、塩レモン、ひよこ豆の水煮、胡桃を飾り付け、EXVオリーブオイルをかけて出来上がり。

 

*ロンドン編、次回に続きます。お楽しみに!

 

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*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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