越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#12

中国・景洪~ラオス・フエサイ~タイ・チェンコン

文と写真・室橋裕和

 

  タイからラオス、さらに国際バスを乗りついで、中国雲南省の最南部、シーサンパンナ・タイ族自治州の中心都市、景洪(ジンホン)までやってきた。今度は帰路だ。

 

 

国際バスで雲南省からラオスへ

「明天、会晒」
 明日の便でフエサイまで。
 そうノートに書いて示すと、バスターミナルのおばちゃんは中国人の係員にしては珍しくにっこりと微笑み、チケットを発券してくれた。ラオス北部の街フエサイまでの国際バスは、140元(約2300円)。およそ10時間の道のりだ。
 出発時刻や目的地はもちろん、わかりやすくバスのナンバーまでプリントされたチケットを見ると、時代は変わったもんだと実感する。
 僕がはじめて中国を訪れた20数年前は、バスや列車のチケットを買うのは「戦争」だった。窓口の前には列をつくることを知らない人民が殺到し、怒声が飛び交い、言葉のわからない外国人がそのなかに飛び込んでチケットを買うのは至難だった。ようやく手にしたチケットは手書きのことすらあった。
 それがいまではスムースなコンピュータ発券である。民度が高まり、交通手段が増えたため、押し合いへしあいもない。そのぶん、強烈なカルチャーショックに腰を抜かすこともなくなったのがややさみしい。

 

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中国のバスチケット。「客満即走」が実にわかりやすい表現だ

 

 1週間ほど滞在した雲南省のシーサンパンナを早朝に出発し、来た道を引き返す形でラオスを目指す。
 州都の景洪を出ると、すぐに雲南の山岳地帯へと入っていく。その山肌に累々と築かれつつあるのが、中国とラオスを結ぶ国際鉄道だ。危うい斜面に橋脚を立て、ジャングルを拓き、山腹をえぐり、鉄路を敷いていく。
 着工からまだ数か月だという。しかし猛スピードで工事は進んでおり、いくつものトンネルや橋がつくられ、鉄道は南へ南へと伸びている。自然破壊も、少数民族の田畑への影響もかえりみず、ひたすらに前進していく工法は、中国ならではのものだろう。しかしこの強引さが、周辺国も含めた経済発展を支えてもいる。
 工費は70億ドル(約7200億円)だという。もちろん中国の出資によるものだが、工事は国境の手前でストップしている。ラオス側が難色を示しているのだ。
 エコツアーでも人気のラオス北部の自然環境に悪影響を与えるという声。中国側の出資があるとはいえラオスも莫大な資金負担をする必要があり、捻出に困っているという話。この鉄道はラオスからさらに国境を越えてタイにつながる予定なのだが、タイと中国の間で資金面などの調整がまだできていないこと。
 さまざまな理由で合意が済んでいないのだが、それでも中国側の工事は進む。ほんの10数年前は舗装路すらなかったラオスや雲南の国境地帯は、中華のパワーによって様変わりしていく。

 

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壮大な規模で進む鉄道工事。2020年に開通の予定だという

 

 旅マニアとしては「来た道を引き返す」行為はなんとなく悔しい。効率的に周れていないような気がするのだ。やはり美しき一筆書きのルーティングこそが至高である。
 そんなことをぶつぶつと呟きつつ、軽い屈辱を覚えながら行きと同じくボーテンの国境を今度は反対に越える。間延びしたラオス語のイントネーションに心が休まる。
 バスも同様に国境越えだ。乗客全員の情報のほか、バスの車体のチェック、国際バスの書類確認など、20分ほどかかった後に、漢字のナンバーをつけた中国のバスはラオスへの通行を認められた。
 貿易のトラックをかきわけ、山々を縫う山岳道路をひたすらに西へ。この道は中国とタイを結ぶ最短のコースであり、輸送車が行きかう。
 しかしその多くはラオスで停車することはない。せいぜい食事くらいだ。輸送業者相手の商売もとくに目立たない。ラオスにあまり金は落ちない。
 内陸国であるラオスは「陸路のハブ」となることを目指した。ベトナム、タイ、中国といった地域大国、発展の見込まれるミャンマーにおまけのカンボジア、すべてと国境を接するラオスはインフラを整備し、国境を広く開放し、人や物資の通行量を増やすことで、さまざまな産業が発展すると見込んだのだ。先の鉄道もそんな方策の表れだ。
 英語でいうと「ランド・リンクド・カントリー」と、いかしたキャッチコピーをもつこの政策、いまいち成果は上がっていない。
 2016年からAEC(アセアン経済共同体)が発足し、関税が順次撤廃され、労働者の移動の自由化も進むことで、域内の人やマネーの移動はさらに活発化するといわれており、ラオスは国境整備に気合いを見せていたのだが「結局、みんな素通りするだけじゃん」と嘆く声も大きいのだとか。インフラ開発が進み、快適に移動できるようになったことの弊害だろうか。難しいもんである。

 

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国境ゲートをくぐり、ラオスへと進入する我が国際バス

 

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フエサイ国境橋の手前に立つラオスのイミグレーション

 

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フエサイの寺院の鐘の音は、メコンを越えたタイにも響き渡る

 

 

国境線のメコン河、第4友好橋をボートでくぐる

 10時間のバス旅というと昨今のヤングは根を上げるようだが、アジアの荒旅で鍛え抜かれた僕にとっては屁みたいなものである。とはいえ、すっかりおじさんになったいまではやや腰に来る場合があり、湿布を荷の底に隠し持っている。
 腰を押さえて降り立ったフエサイの街は、欧米人のバックパッカーが行きかう旅の基地。ここからトレッキングに出たり、世界遺産の街ルアンパバンを目指すのだ。
 そして街は母なる大メコンに抱かれている。早朝からの旅もいまや夕暮れ、メコンの向こうに陽が落ちていく。そこはもう、タイの大地だ。メコン河は国境線でもある。3つの国を渡るバス旅でもあったのだ。
 ここからシブく船で国境を越えたいところだが、それができたのは2013年まで。いまでは両岸を結ぶタイ=ラオス第4友好橋がかかっており、ここを通過する必要がある。
 この橋が開通したことで、タイと中国の貿易がさかんになったのだ。互いに観光客も増えているようで、タイ側の国境の街チェンコンでは、漢字の看板を掲げたゲストハウスがずいぶんと増えていた。未開発だったインドシナ北部も、急速に変化を見せているのだ。
 さて、この国境橋をボートでくぐるという体験もできる。メコン河の河川交通の要衝パクベンから、フエサイまでボートが出ているのだ。8時間かけて遡るスローボート、2時間弱で競艇のごとくカッ飛ばすスピードボートとあるが、右岸にラオス、左岸にタイを従えてメコン河をゆく国境ロマン。その仕上げ、フエサイの街の手前にゴールのテープのごとくかかっているのが第4友好橋なのである。マニアならぜひ押さえておきたいルートであろう。

 

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アイスに夢中。フエサイにて

 

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対岸のタイに太陽が沈んでゆく。メコンの夕日は本当に感動的なのでリアルで見てほしい

 

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こちらはタイ側チェンコンからラオスのフエサイを望む

 

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第4友好橋をこのアングルで撮れるのはボートからだけ

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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