東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#12

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈9〉

文・下川裕治

 タイの鉄道の「完乗」めざして、列車に乗っているのだが、遅々として進まない。2週間ほどタイに滞在し、一気に乗り潰せば気分もすっきりするのだろうが、なかなかその日程がとれないのだ。

 僕は月に1回のペースでバンコクに出向いている。バンコク在住の日本人に、文章の書き方を教える講座をもっているのだ。週に1回で2回。つまり1回目の講座が終わった後、数日はタイに滞在することになる。そこにもいろんな用事が入り込んできてしまうのだが、なんとかその間を縫って、まだ乗っていないタイの鉄道路線に乗ろうとしている。なかなか進まないのはそのためだった。

 

 

バンコクからアランヤプラテートへ

 タイの鉄道はバンコクを中心に、東西南北に延びている。北方面の未乗車線に乗り、南方面も乗り潰した。残っているのは、東西に延びる路線だった。南北路線に比べれば距離も短い。日帰りも可能だ。バンコクで1日があれば、1路線ぐらいなら未乗車路線リストから消すことができた。

 バンコクから東に向かう路線には何回も乗っていた。終着駅はアランヤプラテートである。カンボジアとの行き来に乗ったわけだ。

 かつてバンコクから陸路でカンボジアに向かうときは、列車とモチットと呼ばれるバンコクの北バスターミナルからの長距離バスしかなかった。本数はバスのほうが多かったが、検問が数回あり、列車とバスの所要時間はそれほど変わらなかった。長距離バスが着く、アランヤプラテートのバスターミナルも駅に近かったから、時間が合えば、安い列車を使うことが多かった。

 しかしその後、バスのサービスが充実していった。国境ぎりぎりまで行ってくれるバスも登場した。一帯の治安も安定し、検問も減って所要時間も短くなった。最近ではカンボジアのシェムリアップまでのバス切符も売られている。もっとも、1台のバスが向かうのではなく、カンボジアに入国し、カンボジアのバスに乗り換えるスタイルだが。

 ロットゥーとタイでは呼ばれる乗り合いバンも登場した。大型バスに比べると本数も多く、バンコク市内のいろんな場所から発車するという便利さもあった。

 僕もロットゥーになびいてしまっていたが、2年ほど前だったろうか。思いたって列車でアランヤプラテートまで行ってみることにした。そのときは時間に余裕があった。夜までにシェムリアップに着けばよかった。

 数年ぶりに乗った列車だった。車両は相変わらず古く、冷房はなかった。各駅停車だから、それが当然のように遅れた。

 バンコクを発った列車は、2時間ほどでチャチュンサオに着く。そこまでは以前に乗った列車と変わりはなかった。

 学生や地元のお人たちが乗り降りする生活路線という感じである。フアラムポーンとタイ人が呼ぶバンコク中央駅を発車したときは2割ほどの乗客しかいなかったが、途中駅で乗り込む人も多く、混みあってくる。しかしその乗客も、大方、チャチュンサオまでで降り、車内はひっそりとしてきた。

 

 

カンボジアの出稼ぎ客で車内はにぎやかに

 その車内が再び、にぎやかになってきたのは、列車がプラチンブリーをすぎたあたりからだった。ホームには、十数人の若い女性たちが集団で待っていた。その近くには、青年もいる。彼らが乗り込み、車内はうるさいほどになったのだが、交わされる言葉が違った。タイ語ではなかった。カンボジア語だった。

 彼らの荷物は多かった。皆、安物のビニールバッグをもっていた。それはひとりではもちあげられないほど重いようで、それを車内にもち込む段から大騒ぎだった。

 いったいなにが入っているんだろう……ぼんやり眺めていた。カンボジアからの出稼ぎ帰りであることは確かだった。

「月に100ドルは稼ぐことができる」

 カンボジアの村で話していると、よくそんな話を聞いた。タイでの出稼ぎの給料だった。仕事は工場や道路工事、店員などさまざまだった。彼らの説明によると、エージェントに200ドルを払えば、労働ビザが手に入るということだった。

 タイの賃金を考えれば、かなり安かった。タイ人は最低賃金が決められていたが、カンボジア人はその枠の外という解釈だったのだろうか。あるいはエージェントがかなり抜いているのか。そんな話をしたが、彼らは聞く耳をもっていなかった。100ドルに舞いあがっていた。

 バンコクまでいけば、もう少し賃金はあがった気がする。しかし若い彼らは不安だったのか、できるだけカンボジアに近い場所で働きたかったのだろう。

 列車が終点に近づくにつれ、車内を埋めるカンボジア人はさらに増えていった。最後には、まるでカンボジアの列車のようになっていた。バンコクから東に延びるアランヤプラテート路線は、出稼ぎ列車と化していた。(つづく)

 

 

se-asia12_1

こういう駅からカンボジアの若者が乗り込んでくる

 

se-asia12_2

アランヤプラテート駅。国境まではバイクかトゥクトゥク。だいたいぼられる

 

 

*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

se-asia00_writer

著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

se-asia00_book01

鈍行列車のアジア旅

se-asia00_book02

不思議列車がアジアを走る

se-asia00_book03

一両列車のゆるり旅

 

東南アジア全鉄道走破の旅
バックナンバー

その他のTRAVEL

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る