韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#110

「韓国ロス」のみなさんへ〈6〉

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 過去20余年の取材旅行で撮った映像を見ながら往時を振り返る特集の6回目。今回は、ソウル大学路の小劇場で撮った写真から。

 

大学路の小劇場で 2005年12月撮影 

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右がロックミュージカル『地下鉄1号線』でハルモニを演じた女性。名前も聞かなかったが、今でも俳優をしているだろうか

 

 写真左は劇団四季の人気演目『ライオンキング』で初代プンバァ(イノシシ)を演じた俳優小林アトムさん(当時51歳)、右は韓国社会の底辺で暮らす人々を生き生きと描いたロックミュージカル『地下鉄1号線』で、屋台引きのハルモニを演じた俳優さん(女性)だ。

 小林アトムさんとは私が日本留学時代に行きつけの飲み屋で知り合った。当時、かなり人気者だったのだが、酒席でギターの弾き語りをしてくれたり、カラオケボックスでは惜しげもなくプロの歌声を披露してくれたりする気さくな方だった。

 私も親しくさせていただき、ソウルにいらっしゃるときにはガイドを買って出た。そのときの観光のハイライトが韓国ミュージカル鑑賞だったのだ。

『地下鉄1号線』は毎回、終演後に出演俳優が劇場の廊下にずらっと並び、来場者にあいさつしたり、言葉を交わしたりしていた。上の写真は「ハルモニ役の彼女にあいさつしたい」とアトムさんが言ったので、記念撮影をさせてもらったものだ。

 当時、日本ではドラマ『冬のソナタ』や『宮廷女官チャングムの誓い』が大ブレイクしたものの、まだ突発的なできごととしか思えず、その後のK-POPブームなど想像もできなかった。私は日本のミュージカル俳優の目に韓国ミュージカルがどう映るかとても興味があったが、アトムさんは「食べ物の違いなのか、鍛え方の違いなのか、どの俳優も声に力がある」と感心していた。また、ハルモニ役の俳優はアトムさんが観に来てくれたことをとても驚き、喜んでいた。

 韓国の俳優が劇団四季の芝居に出たり、韓国版『ライオンキング』が蚕室の劇場で上演されたりしたのは、その数年後のことである。

 観劇の翌日だったか、私が日本の事務所のスタッフといっしょに地下鉄5号線で移動していると、向かいの席に座っているチャーミングな女性がこちらをニコニコしながら見ているような気がした。そのときは「おかしな人だなあ」と思いながら電車を降りたのだが、数分後にハッとした。

「ハルモニ役の彼女だ!」

 扮装をしていなかったので、すぐにはわからなかったのだ。なんとも不思議な縁である。

 

『地下鉄1号線』出演を夢見た日本人 

 縁といえばもうひとつエピソードがある。

 アトムさんの後輩に当たる日本の若い女優さんが語学留学でソウルに来たとき、『地下鉄1号線』に誘った。観劇した彼女はいたく感動した様子で、「いつか『地下鉄1号線』に出たい!」と語っていた。言葉の壁もあり、私は正直途方もない話のように思った。

 その後、『地下鉄1号線』は12年間に及ぶロングランを終えたが、彼女は留学期間を延長して韓国語を磨き、2012年、『地下鉄1号線』の後継作品であるミュージカル『パルレ』にみごと出演を果たしたのだ。

 日本を巻き込んで、さまざまな物語を生んだ『地下鉄1号線』。じつは名優輩出の舞台としても知られている。誰もがその名を知る主役クラスの俳優としては、ソル・ギョング、ファン・ジョンミン、キム・ユンソク、チョ・スンウなどが挙げられる。また、『宮廷女官チャングムの誓い』でチャングムの医術の先輩役を演じたキム・ヨジンなど名脇役も数多く生んでいる。

 

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『地下鉄1号線』は2018年12月、十年ぶりに再上演された

 

 極めつけは米国アカデミー賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』でベテラン家政婦を演じたイ・ジョンウンだ。北朝鮮のアナウンサーの真似をしたあの演技は、『地下鉄1号線』で鍛えた喉と、2000年のスクリーンデビュー以来30作以上に出演した経験の結実だろう。

 思い出話を始めたらキリがない『地下鉄1号線』だが、この話題でいちばん盛り上がれたはずのアトムさんはすでにこの世にいない。

 

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2005年、地元、千戸洞の市場を訪れた小林アトムさん(右)とガイドを務めた筆者。

 

※小林アトム 1954年、兵庫県生まれ。1976年に上京し俳優活動開始。1995年から2005年まで劇団四季に所属し、ミュージカル『ライオンキング』のプンバァ、『オペラ座の怪人』のブケー、『美女と野獣』のコッグスワースなどを演じる。妻夫木聡とハ・ジョンウが共演した日韓合作映画『ノーボーイズ ノークライ』(2009年、キム・ヨンナム監督)にも出演。2011年、肝臓ガンのため死去。

 

(つづく)

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

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