越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#11

中国・賀管

文と写真・室橋裕和

 

  中国とミャンマーの間には、外国人が通行できる国境はひとつもない。しかし、中国人とミャンマー人だけが通行できる国境はいくつも開いている。そんな国境のひとつを訊ねてみたが、出迎えてくれたのは厳しい人民解放軍だった。
 

 

外国人越境不可の小さな国境地点

 マニア以外はあんまり興味はないと思うのだが、この連載でもたびたび触れてきたとおり、国境にはふたつの種類がある。その国境を接する両国の国民だけが通行できる場所。そしてそれ以外の第3国人でも(ビザなどの渡航許可があれば)通行できる国際国境だ。
 いま僕が滞在している中国では、この国際国境のことを「一級口岸」というらしい。で、いくつもの国と長大な国境線を接していながら、中国には一級口岸の数がほかの国に比べると相対的に少ない。
 僕のメインフィールドであるインドシナ半島諸国でいうと、ベトナムとの間にふたつ、ラオスとの間にひとつ。それだけだ。ミャンマーにもひとつ開いたというネタが斯界では流れているが、未確認だ。前回挑んだ打洛も一級口岸ではあるが、ミャンマー側の政情不安によって通行できないといわれる。
 おおざっぱな適当国家に見えて、中国の管理はきつい。とくに外国人の出入りは年々緩和されてきているとはいえ、厳格だ。一級口岸をあちこちにつくるわけにはいかないのだ。
 それを知ってはいたのだが、外国人越境不可の小さな国境地点に行ってしまったのが、まずかった。

 

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中国雲南省南部の街、景洪からミャンマー国境に向かう。タイ族独特の建築物が目立つ

 

 乗客がタバコをガンガン吸いまくり、その吸殻を木製の床に投げつけるバスであった。最近の中国ではどこに行ってもバスがターミナルを出発する前に係員が乗り込んできて「安全帯(シートベルト)をつけろ。タバコは吸うな」といかつい顔でチェックしてくるものだが、ミャンマー国境のド僻地では、昔ながらの中国がしっかり残っていた。
 しかし車窓に広がるのは、タイなんである。穏やかな顔つきをした巻きスカートのおばちゃん。タイ本国とはやや様式が違う、青い屋根が特徴的な高床式住宅。そしてあちこちで見かける黄金の仏塔と、タイ寺院。
 シーサンパンナ・タイ族自治州といわれるだけあって、州都の景洪こそ漢民族の世界だが、郊外ではタイ族をはじめとする少数民族が多数派を占める。国境を越えた向こう側のミャンマーに暮らしているのも、タイ語族のひとつであるシャン族だ。このあたりの北ラオスも含めた一帯は「タイ族の故郷」ともいわれている。
 ちなみにシーサンパンナとは「1万2000の田のある地」という意味のタイ語だ。いくつかの国のゆるやかな集合体だったシーサンパンナは、いまではいくつもの国境によってばらばらになってしまっている。

 

 

軽トラで国境めぐり、山の向こうにミャンマーが見える

 終点のモンロンは重い曇天だった。ときおり小雨がぱらつく。まずは腹ごしらえを、と思って立ち寄った屋台ではふつうにタイ語が通じた。いくつものトレーに入ったおかずを指差して選ぶ。空芯菜炒めや、鶏とバジル炒めなど、定番のタイ料理も並ぶ。
 すっかり食欲は満たされたが、国境に向かう手立てがなさそうだった。バスターミナルの行き先表示に目的の地はない。外国人の通行できないローカル国境とはいえ、前回の打洛のように観光地化されているかもしれないと思ったのだが。
 さびれたモンロンを歩く。雨も本降りになりつつあり、あきらめかけたとき、タクシーらしき一団を見つけた。バイクや軽トラの傍らにたむろし、ヒマつぶしのトランプをしている光景はアジア共通、運転手だろう。
 皆さん漢民族のようなので、例によって筆談だ。ノートを広げると汗臭い男たちがいっせいにのぞきこんでくる。「賀管」「口岸」僕のリクエストにうんうんと頷き、ペンをとって「150元(約2300円)」と重々しく書く。高い。ペンを奪う。
「100元(約1500円)」元の字を書き終わらないうちに一同からブーイングが巻き起こった。仕方がない。
 結局、日中会談は130元(約2000円)で妥結し、国境めぐりの旅がはじまった。

 

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モンロンはタイ人の街だ。屋台では「中泰折衷」のような料理が食べられた

 

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モンロン中心街、タイ風のゲートの向こうの山々はもう、ミャンマー領

 

 まずは「ここも寄ってやる」と、我が軽トラは大きな仏塔を擁するタイ寺院にやってきた。高床式住宅が山の斜面に並ぶ村の坂道を登りつめると、真っ白な仏塔の姿が飛び込んできた。運転手のサービスがいいのか、ボリすぎたことへの罪ほろぼしかはわからないが、僕が行きたいのは国境なんだよ。
 そんな気持ちを察してか「見ろ」高台の寺院から見晴るかす向こう、運転手が指差して言う。「緬甸(ミェンディエン、ミャンマー)だ」かすかに見える集落。すぐそこの山が国境線なのだ。

 

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13世紀に建造されたという曼飛龍仏塔。近くのタイ人にとっては大事な聖地だ

 

「行こう!」
 運転手を促して出発する。幹線道に出て20分も走ると、軽トラは左に折れる。すぐに山道がはじまる。かなりの傾斜を右に左にターンして標高を上げていく。
 やがて高床式住宅の群れが見えてきた。「賀管だ」雨天ということもあるが、それにしたってどんよりと沈んだ感じの、いかにも貧しい村だった。粗末な土壁の家、レンガ造りの煙突。国境市場もイミグレーションもない。
 そして300メートルも走ると、村は終わってしまった。舗装が切れ、狭い山道が伸びている。
「車はここまでだ。何キロか歩くとミャンマーだが、本来は行き来しちゃいけない国境なんだよ。密輸もやってるらしい」
 運転手の筆談と、やけに雄弁なジェスチャーによると、両国民も通れない場所のようだ。下手に近づかないほうがいいだろう。住民の顔つきからどうも底暗さを感じるのも、そのあたりに理由があるのかもしれない。

 

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いちおう国境の町である賀管は寒村といった風情

 

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賀管の町はずれ、中国のドンツキ。この先を歩いていくとミャンマーだ

 

 帰路、運転手が言い出した。
「もうひとつ国境あるぞ。そこはイミグレーションもある」
 書類にポンとハンコを押すしぐさをして見せたから、そういうことなのだろう。「オーケー!」これはさすがに中国でも通じる。そう言って肩を叩くと、運転手はアクセルを飛ばして山を下った。
 いったん幹線道路に出て、再びミャンマー方面に折れ、また山道に入る。今度は村はない。無人だ。
 そこへ唐突な感じで、いくつかの小さなビルが現れる。金源賓館、農産品日鮮公司、看板もない食堂……いずれもひっそりとしている。雨がやまないこともあり、車内で待っているという運転手を残して軽トラを降りる。
 坂を100メートルも上り、大きなカーブから視界が開けると、意外なほど大きくきれいな建物が現れた。その前にゲート。イミグレーションだろう。あの向こうがミャンマーだ……。興奮を覚えてカメラを構え、雨に負けじとシャッターを切りまくる。せめてゲートぎりぎりまで行ってみよう。歩き出したそのとき。
 雨音を切り裂くような、大きな怒声だった。坂の上、ゲートの手前、ふたりの兵士が銃を構えていた。若い。迷彩服の上から防弾ベストをまとい、いかつい無線つきヘルメットをかぶり、ライフルを腰だめに、緊張した顔つきだった。反射的に、両手が上がる。
 中国語でなにか叫んでいるが当然わからない。というより、恐怖で思考が飛んでいた。パスポートを見せてみる。ひとりの兵士が近づいてきて、パッと奪い、一瞥する。「リーベンレン(日本人)」なんとかそれだけ伝える。
 イミグレーションから、目つきの悪い角刈りの軍人も何人かやってきた。上官だろう。ふたりの兵士は直立不動で敬礼をしている。パスポートや荷物はすべて持ち去られてしまった。執拗にボディチェックをされながら、これはまずいな……と思った。最近、中国ではスパイ容疑で逮捕される日本人が何人か出ている。中国でスパイに対しての最高刑は、死刑である。
 あわれ室橋、国境に死す……僕は自らの運命を呪った。

 

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なにも知らずに陽気な運転手氏。世話になった

 

 雨の降りしきる中、銃口に晒されながら30分以上は立ち尽くしただろうか。上官たちが現れた。いよいよ拘束か……。
 しかし意外にも、パスポートも荷物もあっさりと返された。片言の英語のわかる軍人と、筆談も交えての事情聴取によれば、
「この国境はトラックによる貿易がほとんどで、歩いてくるバカはいない。しかも写真は許されない。それに外国人は通行できない。だから調べたが、ただの旅行者だということはわかった。さっさと戻れ」
 という感じだろうか。とにかく無罪放免のようである。若い兵士ふたりは不満そうだった。
 腰の力が抜けたまま、やっぱり銃口に見送られて、よろよろと軽トラに戻る。運転手は居眠りをしていたので叩き起こすと、時計を指し示してなにやらぶつくさ言う。だったら助けにきてちょうだいよ。
 ともかく開放された。助手席に乗り、逃げるような気分で国境をあとにする。ホッと肩が落ちる。
 そうだ、と思って荷物を調べてみる。お金やカード類はまったく抜かれていなかった。しかし、2台のカメラからは、この国境を撮った写真だけ、きっちりとメモリーが消去されていた。きっと僕の情報も、あれこれ照会されたのだろう。
 これだけナーバスな国境もはじめてだった。上官はああ言ってはいたが、あるいはなにか軍事的な機密をもつ場所なのかもしれない。しかし、ここまでやってきた日本人はきっと僕だけだろう。それを思うと、異常な満足感に包まれた。

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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