ブーツの国の街角で

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#11

ヴァッレ・ダオスタ:モンブラン・トレイル(後編)

文と写真・田島麻美

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  アルプス山脈の最高峰モンブランを中心に、フランス、イタリア、スイスにまたがって連なるモンブラン山系の山々には、子どももビギナーも楽しめる軽めのハイキングコースから、アイゼンで氷河を登って頂上を目指すプロ向けのコースまで、素晴らしいトレッキング・コースが無数にある。クールマイユールの観光案内所や山用品の店には地元の山に詳しいガイドやプロの登山家がたくさんいるので、コースへ足を踏み入れる前にプロのアドバイスをタダで受けられるのも嬉しい。どんなに山に慣れている人でも、油断は禁物。地元の情報は地元の人から得るのが一番安全で確実である。
 クールマイユールに滞在中、たくさんの地元の人々に教えてもらった魅力的なコースをいくつか歩いた。毎日異なる登山コースを歩いて足を慣らし、本格的な二日がかりのコースにも挑戦した。全ての行程は書ききれないので、モンブラン歩きのハイライトをいくつかピックアップしてご紹介しよう。

 

 

TMB(トゥール・ドゥ・モンブラン)

 

 

   

  クールマイユールを始めとするモンブランの麓の街、また山中のトレッキングコースには必ずコースのポイントを示す黄色い看板が随所に設置されている。世界中、どの山へ行ってもお目にかかる標識だが、ヴァッレ・ダオスタで私が驚いたのはそのコースの数である。東西南北、どこを拠点にしても30〜40コースの選択肢があり、メインの交差地点ではその数は100を超える。モンブラン山脈がいかに広大であるか、この標識一つでわかるというものだ。
 実は山歩きの初日、街でこの看板を見て「足慣らしだから短時間のコースに行きたい!」と言い張った私は、後で大変な目にあうことになった。地元民もオススメしてくれたコースで、「大丈夫、子どもでも歩けるよ」と言われて安心していたのだが、問題は標高差。短時間でモンブランの頂上を見渡せる地点まで行けるということは、それだけコースの高低差が大きいということ。片道2時間と聞いて喜んで歩き始めたのだが、その2時間がひたすら急な登りで、帰路の下りはさらにキツい。その夜は足がガクガクでシャワーを浴びるや否やベッドに倒れこんでしまった。翌日から筋肉痛に悩まされたのは言うまでもない。
 

 

 

 

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(上)トレッキング・コースを示す標識。立っている地点からどの方角へ、どれくらい歩けば目的地に着けるかがわかる。但し、標高差は書かれていないので要注意。(下)アルプスは広大で、地図に書かれていない道に遭遇することもある。道中”TMB”の目印をマークしていけば、コースを外れていないかどうかがわかる。

 

 

 

 

イタリアの山の味覚

 

 

  日本でハイキング、山歩きのお弁当と言えば「おにぎり」が定番だが、イタリアの山歩きのお弁当はどうすればいいのか? メインのトレッキング・コースには街のレストラン顔負けの料理を提供してくれる「Rifugio(リフージョ/山小屋)」がいくつもあるが、ランチタイム丁度にそこへたどり着けるかどうかはわからない。万が一を考えて、水と食料を持っていくのは当然のことで、私たちもコースへ足を踏み入れる前に食料の調達をどこでするかに頭を悩ませた。というのも、長いコースを歩くには夜明けとともに出発しなければならず、その時間帯にはパン屋もスーパーマーケットも閉まっているからだ。しかし、街の食材店やパン屋の営業時間を事前にチェックし、ホテルの冷蔵庫のスペースと相談しながら翌日のランチを確保するうち、この地方ならではの食材をいろいろ発見することができた。その一つが、ヴァッレ・ダオスタ州特産のサラミ「モチェッタ」である。
 豚肉、牛肉、カモシカやエゾシカの赤身肉をニンニク、ローリエ、ローズマリーやたくさんのアルプスのハーブで味付けして乾燥させたサラミは、日持ちする上軽くて持ち歩くのにとても便利。必要なカロリーを手早く摂取できるだけでなく、味も絶品である。モチェッタの存在を知って以来、我々の山登りのランチは「モチェッタ、チーズ、パン」が定番になった。

 


 

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(上)山小屋で食べられるメニューの一部、「ソーセージの煮込みポレンタ添え」。素朴な山の家庭料理だが、味は街の有名レストランも脱帽するほど。(下)山のお弁当の定番、ヴァッレ・ダオスタ特産のサラミ「モチェッタ」。見かけはただの干し肉だが、噛んだ瞬間思わず笑顔がこぼれる美味しさ。
 

 

 

二日がかりのモンブラン・トレイル・コース
 

 

 山道での足慣らしも済み、食料の調達にも慣れた頃、いよいよ二日がかりのモンブラン・トレイル・コースを歩くことにした。
 ここで話は少しそれるが、『ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)』というレースをご存知だろうか? これは、毎年8月に行われる国際的なトレイルランニングのレースで、モンブランを取り巻くイタリア、フランス、スイスの3つの国境の山岳地帯を走り抜ける「鉄人レース」である。全長約170キロ、高低差10,000メートルにも及ぶ行程を46時間半の制限時間内に走り抜けなければならないという過酷なレースなのだが、毎年参加希望者が後を絶たないそうだ。
 私がトライしたコースもこのウルトラトレイルの一部だった。しかし、最初の山歩きでアップダウンの辛さが身にしみていた私は、最初の難関である高低差800mの登り道をどうしても避けたかった。それを除いても最低6時間は歩き続けなければならないコースなのだ。ビギナーの私の足では、その前に2時間の登りはキツすぎる。恐れをなしていた私を救ってくれたのは「スキーリフト」だった。よく考えてみれば、モンブラン一帯はアルペン・スキーのメッカである。夏場も動いているリフトはたくさんあり、これらを利用することで一気に2000m付近まで登ることができるのだ。
 リフトのお陰で最初の難関をウキウキ気分で通過した私は、モンブラン・トレイルのルートへ最初の一歩を踏み出した。
 


 

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モンブランに連なる山脈と渓谷の一帯が見渡せる素晴らしいトレッキング・コース。片側だけで折り返せば日帰りも可能。(下)アルプスに放牧されている牛たちに混じって山道を歩く。牛がいるエリアでは、どれほど澄んでいても川の水は糞で汚染されているので飲んではいけない。


 

 

  「ブォンジョルノ!」「ハロー」「グーテンターク」「ボンジュール!」。山道を歩いていると、実にさまざまな人種とすれ違う。3つの国の国境にまたがるこの山脈は、まるで大都会のように国際色豊かである。7,8歳くらいの子どもを連れたフランス人の家族、犬を連れて一人で歩いている60代の女性、生後間もない赤ちゃんを背負って歩いているドイツ人の若い夫婦。のんびりマイペースで歩く人たちの横を、ウルトラトレイルに挑戦するアスリートがものすごいスピードで駆け抜けていく。誰もかれもがマイペースに大自然を謳歌していた。子どもの頃、『サウンド・オブ・ミュージック』という映画を観て、「アルプスを歩いて国境を超えるってどういうことだろう?」と不思議に思っていた私だが、この光景を見て初めて「なるほど」と納得した。
 4000mを超える壮大な山脈のパノラマは見飽きることがなく、突如出現する登り坂も「この先の景色が見たい!」という欲求に押されて難なく登ってしまうほど素晴らしい。さらに、思いがけないサプライズもたくさん用意されている。滅多にお目にかかれない野生動物たちだ。普段は人気のない高地の岩場で暮らしている彼らも、夏場は餌と水を求めて、小さな赤ちゃんを連れてハイキング客のいるエリアまで降りてくる。「スタンベッコ(アルプスアイベックス)」はアルプス山脈に生息するヤギのような動物で、私たちがランチをとっていた湖に赤ちゃん連れで水を飲みに降りてきた。道の周囲に広がる草花の陰からは、可愛いアルプスマーモットがひょっこり顔を覗かせ、ほっぺたをパンパンに膨らませながら一心不乱に草を食べている。まるで夢のように平和な世界が、目の前に広がっていた。
 

 

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アルプス山脈に生息する野生動物「スタンベッコ」(上)と「アルプスマーモット」(下)。日頃は人目につかない場所で暮らしている彼らだが、夏の間は食料を求めて下界へ降りてくる。穏やかな登山客に慣れているせいか、至近距離で見ることができた。


 

 

   

  目安としては6時間のコースだったが、途中ランチ休憩や野生動物鑑賞に時間を取られたことと、何よりのんびりペースで歩いていた私は今夜の宿である山小屋に着くのに8時間かかった。夕暮れまでに山小屋に入り、リュックを置いて靴を脱ぐ。外のベンチで夕食を食べに来たスタンベッコの親子を眺めていると、大きなリュックを背負った人たちが続々とやってきた。皆一様に日焼けし、疲れ切っている様子。
 山小屋では、世界中の登山愛好家たちと、その日のルートや翌日のプランの意見交換を楽しんだ。
「明日、この山の向こうの道を歩こうと思っているんだけど」。食堂に貼られた大きな地図を指差しながら私が言うと、近くにいた若いイタリア人カップルが、「僕らは今日そこを通ってきたよ!」と答えた。聞けば彼らは明日、私たちが通ってきたばかりのルートを歩く予定だと言う。お互いにそれぞれのルートの見どころや注意点を確認しあい、夜9時の消灯時間に部屋へ引き上げた。その夜はベッドに横たわりながら、天窓の向こうに広がる満点の星空を楽しんだ。こんなにたくさんの星を見たのは何年ぶりだろう? 眠りに落ちるまでの間に大きな流れ星が3つ、山小屋の上を横切っていった。
 翌朝、夜明けとともに起きて荷造りをし、朝食をすませるや否や歩き出した。今日のコースは昨日よりもさらに長く、登りも厳しい。小さくなっていく山小屋を、一度だけ振り返って見た。それから前を向き、今日これから目にするであろう絶景の数々を想像しながら再び山を登り始めた。

 

 

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茶色い屋根はヴェニー渓谷のコンバル湖にある山小屋。低地に見えるが、山小屋は標高1968Mに位置する(上)。早朝のヴェニー渓谷コンバル湖の風景。雪の山脈、周囲の大自然の全てが湖の鏡に写り込み、幻想的な美しさに包まれる。

 

 


 
 


<参考サイト>

・トゥール・ドゥ・モンブラン http://www.autourdumontblanc.com/it/
 

 

 


 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマからミラノ、トリノまでユーロスター。クールマイユールまではそこから高速バスで3〜4時間。
 

      

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は5月11日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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