旅とメイハネと音楽と

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#11

モロッコの「青の町」シャウエンの旅〈後編〉

文と写真・サラーム海上

 

『バブ・スール』オーナー、サイード氏に会う 

 友人たちは一足先にタンジェに戻ってしまい、僕一人シャウエンにとり残された。一人でないとできないこともある。まずはショッピングでもしようか。

 

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モロッコ北部の町、シャウエン

 

『レストラン・バブ・スール』でも使っていたフェズ製の陶器の皿を買いたいな。バブ・スールのウェイターに頼んで、旧市街中心の広場の脇にある陶器のお店まで案内してもらった。

 フェズ製のお皿は鮮やかなブルーの線による幾何学模様が特徴的な陶器。中東の陶器はトルコではアヴァノス、チュニジアのナブール、モロッコではサフィとタムグルート、そしてフェズが有名だ。イスラエルにもトルコ製とよく似た陶器がある。僕はそれらを一通り買ってはみた。トルコ製はカラフルだが、非常にもろく、簡単に欠けてしまうので、飾り用と考えるほうが良いだろう。それに対して、モロッコのフェズ製は色合いは地味だが、相当に丈夫で、少々乱暴にあつかっても、電子レンジに入れてもびくともしない。しかも、値段も安いから、モロッコに来る度に少しずつ買い足してきた。

 お店には大小様々なフェズ製の陶器が壁一面に並んでいた。店員の若いアニキがカモである外国人旅行者を前にもったいぶった商売トークをし始める前に、僕は大皿2つ、メゼ用の小皿2つ、小鉢2つを選んだ。

「メゼ用の小皿は幾らですか?」

「一つ1000円です」

「少年よ、よく聞きなさい。私はお前が生まれるはるか昔からモロッコに来ている。そして、この皿はフェズ製で、フェズでは400円で売っていることを知っている。だからこの皿はここでも400円だ」

「わかりました、サー。では500円でいかがでしょうか?」

 怒らずに、慇懃無礼に答えたのが功をなしたらしく、いきなり言い値の半額になった!

「ではこの大皿はいくらだ? 800円か?」

「ええ、800円です」

「では小鉢は?」

「300円です」

「すると6個で3200円になるな。私は遠く日本から来たのだから、2500円にまけなさい」

「いえ、サー。3000円でお願いします」

「よかろう、3000円を払おう。だが、私に特別にこの小鉢をもう一つプレゼントしてくれよ」

「わかりました、サー……」

「それと日本に持って帰るから梱包は丁寧にしてくれよ」

「わかりました、サー……」

 と、30年近くモロッコに通っているとさすがに買い物の交渉には強くなったという、ちょっとイイ小話でした。

 

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フェズ製の陶器のお店。店員の若いアニキと値段交渉

 

 さて翌日の午前11時、バブ・スールを再訪すると、入り口に人懐っこい目をしたオッチャンが立っていて、流暢な日本語で話しかけてきた。

「貴方が久恵さんのお友達ですか? 私がサイードです。よろしくお願いします」

 バブ・スールのオーナー、サイードさんはシャウエン郊外の生まれ。12歳からシャウエンのホテルでアルバイトを始め、高校の授業で日本と東南アジアの文化に興味を持ち始めた。20代で初めて日本、中国、東南アジアを訪れ、日本人の心や日本語に心酔し、縁あって20年間も暮らすこととなった。

「仕事で紀尾井町にも出入りしてました。安倍さんも知り合いよ~」

「日本でどんな仕事をしていたんですか?」

「それは秘密ね(笑)」

 しかし、五年ほど前に故郷の平和な生活が恋しくなり、日本を引き払って帰国した。シャウエンに戻った彼が最初に始めたのは屋台のポップコーン売り。ポップコーンは大人気となり、彼はポップコーン製造機を6台に増やし、無職の若者に貸し出した。

「日本から帰ってきて、いったい何やってるんだ?と人にはいろいろ言われたけれど、全部無視してポップコーン売りを一年続けました。ポップコーン売りは誰にでもできることですが、何よりもスタートすることが大事と町の若者に伝えられたと思います」

 その後、三年前にポップコーン売りで貯めたお金を元にレストラン・バブ・スールをオープンした。

 

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レストラン・バブ・スール

 

「バブ・スールでは私たちが普段食べているもの、家庭で楽しんでいた美味しい料理と同じものをお客さんに出す。そして、満足してもらう。スタッフ、厨房、お客さん、この店に入った人全員が家族です。日本人、アメリカ人、お金持ち、貧乏な人、誰でもこの店に来てくれたら家族。忘れられなくなる料理を味わってもらいます」

 モロッコでは外食が続くと、油やスパイスの多さによって胃がもたれることが多い。しかし、友人の自宅にお呼ばれになると、胃腸にやさしいタジンやクスクスを味わえる。モロッコで長く旅行するには友人を作り、家庭料理を食べると良い。友人ができなければ、家庭料理と銘打っているレストランを見つけることだ。

「モロッコでは、家庭の外で美味しいものを見つけるのは難しいです。それは多くのモロッコ人の心が壊れているからです。アメリカンドリームのようにお金持ちになる、そんなことばかり考えているからです」

 

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お店に来たお客さんは「家族」だそう

 

 せっかくなので、前回述べたバブ・スールの料理を食べて浮かんだ疑問をサイードさんにぶつけてみよう。

 まずはタジンに煙突状の蓋がないのはなぜか?

「モロッコ北部では元々タジンには蓋がなかったんです。タンジェなどのレストランでタジンに蓋がされているのは、カサブランカやマラケシュなど南部から来たシェフたちが働いているからです」

 

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調理中のカタクチイワシのタジン

 

「へぇ~! では、スペイン料理のアヒージョをタジンと呼ぶ理由は?」

「1920年から56年までモロッコ北部はスペインに支配されていたんですよ。なので、スペインからの文化がたくさん入っています。ちなみにシャウエンには14世紀のスペインから伝わった料理も存在します。山の中の小さな町ですが、シャウエンは500年以上の歴史があって、外部には伝わらない色んな秘密があるんですよ」

「お店で人気の料理はなんですか?」

「人気なのはタンジーヤ(羊肉の壺入り蒸し焼き)やモロズィーヤ(牛テールの煮込)、カタクチイワシのタジン、それからジャベル・ティー(山のお茶)、山で採れた数種類のハーブを使ったお茶です。私の父は毎朝起きると、山からいろんなハーブを摘んできて、それを薬にしたり、料理に使っていました。のどの渇きに効いたり、腹痛に効いたりします」

 

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ハーブを使ったジャベル・ティーも人気

 

「そのほか、変わった料理では牛のおチンチンや脳みその煮込みもあります。冬には身体が温まるし、天然のバイアグラとも言われているんです。でも、夏はダメ。頭がおかしくなっちゃうから(笑)

 ちなみにシャウエンは『地中海の食文化の町』とも言われ、乾燥空豆のスープ『バイサラ』が町を代表する料理です。当店のトリップアドバイザーのページでも『ホワイトスープ』という名前で話題になっています」

「バイサラはさすがにノーマークでした! ちなみに一杯いただけますか?」

「もちろんです。熱いのでやけどに気をつけて」

 5分後、白いトロトロのクリームシチュー状のバイサラが前日のタジン鍋に入れられて運ばれてきた。表面はブクブクと泡立っていて、蒸気が立っている。これはうかつに食べたら大やけどしそうだ。

 

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サイードさんと、乾燥空豆のスープ・バイサラ。

 

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タジン鍋で供される。熱いのでヤケドに気をつけて!

 

 モロッコパンをちぎって、グツグツのシチューをすくい、フーフーと息を吹きかけて十分に冷ましてからいただく。優しい豆の味ににんにくやオリーブオイルが混じっていて素朴で美味い!

 アラブ諸国では茶色の乾燥空豆をドロドロになるまで煮込んだ「フール」が一般的だ。バイサラはフールのバリエーションだが、空豆の皮を使わないため、色が白くなり、空豆の臭みがなく、よりシンプルな味わいだ。これはたしかに家庭料理に違いない。バイサラとパンと数種類のサラダだけでお腹に優しい一食になる。

「バイサラに必要なのは乾燥空豆、にんにく、クミン、玉ねぎ、オリーブオイル、塩だけです。作り方はシンプルですが、いくつか秘密があるんです。まず、アクは全部しっかりとすくいながら弱火で2~3時間煮ます。そして、専用の木の棒をゆっくりゆっくり回転させながら豆を溶かすんです」

 サイードさんがバイサラ専用の調理器具を見せてくれた。枝の一部を放射状に切り残した細い木の棒で、泡立て器とミキサーの中間の役割を果たす。それを両手の掌で挟み込み、掌をこすり合わせて、ゆっくりと回転させるのだ。

 

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バイサラ専用の調理器具。掌で挟んで、ゆっくり回転させながら豆を溶かす

 

「もう一つの秘密は、おばあちゃんのバイサラが一番美味しいこと。それはゆっくりゆっくり作るから。若い人はこの棒を速く回転させちゃう。それじゃ美味いバイサラは作れないんです」

 なるほど、バイサラの作り方をインターネットで調べると、柔らかく煮た豆をフードプロセッサーやバーミキサーで溶かすと書かれているが、それでは美味いバイサラは作れないということか!

 バブ・スールを開いて三年、これまでサイードさんの元には日本の雑誌やガイドブックが次々と取材に訪れた。お店の入り口には女優の菅野美穂とサイードさんが一緒に写る写真が飾られていた。

 

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お店の厨房

 

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お店の入り口に飾られた写真

 

「お店には困っている旅行者、若者たちが毎日のように訪ねてくるんです。日本人が多いですが、中にはアメリカ人、オーストラリア人もいます。私はシャウエンを訪れる日本人のお父さんみたいですね(笑)。

 さてサラームさん、食事が終わったら、郊外の山に行きましょう。トレッキングの拠点の山に山小屋『Kalaa』を建てたばかりなんです。お店のお客さんに、山で採れるハーブに興味を持つ方がたくさんいて、彼らの為にエコツアーを始めたところ、それが評判となったんです。そこで10名ほどが泊まれて、野外でBBQも出来る山小屋を建てました。次回はぜひ、ゆっくり泊まりに来て下さいよ」

 

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山小屋に案内していただいた。今度は泊まりに来よう

 

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山小屋の周辺。ハーブ畑が広がる

 

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山の上で飲むハーブのお茶は格別の味

 

 

ホワイトスープ「バイサラ」の作り方 

 

今回はシャウエン名物バイサラ(乾燥空豆のスープ)を作ろう。

■バイサラ

【材料:4人分】

乾燥空豆(皮無しのもの、皮付きのものは皮をむく):カップ1

にんにく(みじん切り):2かけ

水:2リットル

塩:小さじ1

エクストラバージンオリーブオイル:大さじ1

クミンパウダー:少々

パプリカパウダー:少々

 

【作り方】

1.鍋に皮無しの乾燥空豆を入れ、水を加え、一晩おく。

2.鍋ににんにくのみじん切りを足し、蓋をして火にかけ、沸騰したら弱火にし、焦がさないように時々水を足しながら、アクをしっかり取り、2~3時間、水量が半分になり、空豆が崩れるまで煮る。ポテトマッシャーや泡立て器を使って、豆を完全に溶かし、塩で調味する。

3.2の半量をスキレットまたは耐熱皿に盛り、火にかける。ブクブクと泡だったら、火から下ろし、香りの良いエクストラバージンオリーブオイルをふりかけて出来上がり。好みでクミンパウダーやパプリカパウダーを散らし、熱々をパンですくっていただく。

*乾燥空豆「ファヴァ」はハラルフード店やインターネット通販などで手に入る。

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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