日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#11

チーイリチャーでアミーゴ!!~『久松食堂』ほか

文・藤井誠二

 

金武のソウルフード、チーイリチャー

 『琉球新報』(2015年12月18日)にこんな記事を見つけて思わず、にやりとしてしまった。ここにも我々の同志がいるではないか。

 記事の見出しは、《「チーイリチャー」名物に タコライスに続け 金武の味》である。

『琉球新報』記事参照→http://ryukyushimpo.jp/news/entry-190531.html 

 

 チーイリチャーは豚肉や野菜を豚の血で炒め煮た料理である。記事に添えられた写真には三人の男たちが『久松食堂』でチーイリチャーをかっこむ姿があり、《黙々とチーイリチャーを食べる金武町民(中略)5分で完食した》とのキャプンションがある。我々も「三バカ」を名乗っているが、ここにも三人の男がいる。失礼なので、「三バカ」とは書かないけど、きっと気脈通じる同志であるに違いない。いつか六人で顔を合わせ、チーイリチャーをかっこみたいものである。

『久松食堂』の2代目の宜野智さんも記事でコメントをされているように、まさにチーイリチャーは金武のソウルフードである。僕は沖縄通いは長いが、チーイリチャーの存在に数年前まで気づかなかった。『久松食堂』の存在は知ってはいたが、なかなか立ち寄る機会がなく時間が経ってしまっていたのだ。

『久松食堂』で刻んだ生ニンニクをのせた、見た目はカレーライスのようなそれを数年前に食べてからというもの、私のチーイリチャー愛に火がついてしまった。テーブルに置かれた数種のタバスコをかけると味が七色に変化して、感動すら覚えた。そして『久松食堂』と並ぶ、うまいチーイリチャーがあるという情報を仕入れれば、すぐさま足を運ぶようになった。

 

okinawa11_01久松チーイリチャー

『久松食堂』のチーイリチャー

 

okinawa11_02久松食堂スパイス

『久松食堂』のテーブルに置かれたスパイスたち

 

 記事にも登場する『久松食堂』二代目の宜野さんに話をうかがったことがある。チーイリチャー目当ての客でごった返す昼飯時が終わったあとである。

 僕はこの白飯にチーイリチャーをカレーライスのようにかけるスタイルは、もしかしたらベースからやってくる米兵のリクエストではないかと想像していたのだが、それははずれていた。そもそも外国人はほとんど来店することはないという。「米兵は寿司を食いに近くの居酒屋に出てくることが多いです」と二代目は笑った。

 このカレーライスのようなスタイルや、刻んだ生ニンニク、タバスコをかけて食すのは戦前から続く久松食堂の初代からのオリジナルだったのだ。もともとコーレグースーと、タバスコを一種類しか置いていなかったが、二代目がタバスコが好きなこともあり種類を増やしていった。

「私は2005年に沖縄に帰ってきました。それまでは東京でコンビューター関連の仕事をしていました。親父がカウボーイになりたくて、ボリビアに親父と親父の弟で渡ったことがあるのですが、一年ぐらいで戻ってきたようです。私の祖父が牧場で成功していたので憧れたんでしょうが、やはり思い描いていたものと現実は違ったらしい」

 宜野智さんの父、博文さんはおそらく憧れをもって渡ったボリビアでチーイリチャーに似たものを食べて、刻みニンニクにタバスコというメキシカンな、ハイブリッドなチーイリチャーのスタイルを思いついたのだろう。

 

 

チーイリチャーをめぐる旅

 金武ではチーイリチャーを出す居酒屋に『じんじん』がある。そういえば僕たちが『じんじん』でチーイリチャーを食べた夜には、ベースからファミリーが来ていて、カルフォルニアロールのようなアメリカ風の寿司を食べていた。

『じんじん』の姉妹店に『菜菜(さいさい)』という惣菜店があり、チーイチリャーを好きなだけパックに詰めて買うことができる。ここでも刻んだ生ニンニクを添えてくれる。これは『久松食堂』の影響らしい。が、『じんじん』でカレーライススタイルの由来をたずねてみると、同店ではベース内からやってくる米軍関係者からのアイディアではないかと教えてくれた。うーむ。私たちは腕組みをして悩んでしまったのだが、まあ、美味ければいいのであると三バカなりに理解したつもりになった。

 

okinawa11_03じんじん 外観

金武の居酒屋『じんじん』のメニューにもチーイリチャーがある

 

okinawa11_04金武 「菜菜」のチーイリチャー

金武の惣菜店『菜菜』のチーイリチャー

 

 豚血の入手が難しくなっている現状については、本連載#09「モーニングでいただくブラッドスープ」を参照してほしい。老舗の『久松食堂』でも豚血の入手が困難になったことがあったが、伝統を守りたいという地元のさまざまな声が支えてくれてチーイリチャーを出し続けることができる体制を整えている。

 レトルト化したいという声も出てきたことがあったそう。「名前をかしてほしいと頼まれましたが断りましたよ」と宜野さんは笑った。僕も町おこしのために、地元「B級グルメ」的な名物をレトルトや缶詰、レシピを真似して多くの飲食店で展開している地域をいくつか取材したことがあるが、「本家」の味はぜったいに再現できていなかった。むしろ、レトルトや缶詰、多くの飲食店で展開したせいで料理の評判を落としているとすら思ったものだ。ただし、「本家」の味と人気はどこの地域でも不動だった。宜野さんの判断は正しいぞ。

「豚の首肉を5時間から6時間煮てやわらかくして、ニンジンとキャベツと煮込みます。血は一週間に一度入って、それで(大鍋で)三回分を仕込みます。じつは東京のある番組からメニューみたいなものを出してくれないか頼まれて、それでチースパを出したところ地元で人気が出て、2015年の春ぐらいから正式メニューにしたのです。チーイリチャーの大盛りですか? できますよ。ですが残して持ち帰るのはダメです。一度、若い男性に、ボウルに盛って出したことがありますよ」

 チースパはご飯のかわりに沖縄そばの麺。そしてタコライスのようにチーズを散らす。さっそくいただいたが、チーイリチャーの和え麺ですな。太めの麺との相性もいい。

 

okinawa11_05久松チースパ

『久松食堂』のチースパ

 

okinawa11_06チースパ

チースパを食べるときにかき混ぜると、こんな感じになる

 

 チーイリチャーを供する店は中部に集中しているのだが、まず、意外かもしれないけれど、沖縄自動車道路の中城サービスエリア(下り線)の中にある食堂『まーさん道』にチーイリチャーがある。金武スタイルのようにニンニクも付けてくれて、美味しい。調理している年配女性に聞いたら、どこかで作った出来合いのものではなく、当店のキッチンで仕込んでいるという。

 

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『まーさん道』のチーイリチャー

 

okinawa11_11_2まーさん道

『まーさん道』でチーイリチャーを食す筆者

 

 それから、名護博物館(1984年オープン)の初代館長の島袋正敏さんにお話をうかがっていたところ、島袋先生がいちばん美味いと太鼓判を押したのが、宜野座村にある『仲間商店』がつくるチーイリチャーだという。私と普久原君はすぐにクルマを飛ばして、その共同売店に辿り着いた。が、時間のせいか品切れ……とほほ。

 そして次の機会を狙うことにしたのだが、何かの用事で一人で中部を走っていたときに、『仲間商店』のチーイリチャーを食べることを思いつき、クルマを飛ばした。時間は昼時。ぜったいにある。店に入り、惣菜コーナーをのぞくと、パックに盛られたチーイリチャーがあった。僕はそれを買い込み、白飯もパックで売ってもらい、食べる場所をさがした。しばらく走ると海を一望できる道の駅があり、そこのテーブルで、自然に顔が緩んできてしまうのをなんとか抑えながら、食べ始めた。海風が心地よい。

 大降りにカットした豚カシラ肉、ダイコン、ニンジン、そして近所の農家でつくっているというニンニクの葉っぱがくたくたになるまで煮込まれている。ビーフシチューを連想してしまう濃厚さ、肉の旨み、そしてニンニクの葉っぱがいいアクセントになっていた。

 それ以来、僕は近くを通ることがあると必ずここのチーイリチャーを買うようになった。じつは僕のナンバーワンはここの『仲間商店』なのである。『仲間商店』は佇まいがすばらしい。宜野座村のポスターに使われるほどの、人のぬくもりが絶えずあふれているような、名共同売店なのだろう。

 

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宜野座村の一つの「顔」にもなっている『仲間商店』(写真・深谷慎平)

 

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『仲間商店』のチーイリチャー。ご飯もいっしょに買って食べる

 

 他にもある。辺野古の『まるみつ食堂』もちょっと那覇からは遠いが、なかなか美味しかったし、金武の「チーイリチャー街道」にもじつはまだ足を運べていない店が数軒あるのである。名護にも何軒もチーイリチャーを出している店がある。チーイリチャーの旅は終わらない。ああ、俺の血が騒ぐ。

 

okinawa11_10辺野古 まるみつ食堂

辺野古にある『まるみつ食堂』。三バカで訪れた

 

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『まるみつ食堂』の店内に貼られたメニュー。木曜日のみ「血イリチャー」=チーイリチャーがある

 

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『まるみつ食堂』のチーイリチャー

 

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『まるみつ食堂』でチーイリチャーを食べる仲村清司さん

 

 

チーイリチャー人気は復活するか

 沖縄タイムス社から1979年に発行された『おばあさんが伝える味』という本によれば、「血イリチャー」は、許田ウトさん(当時86歳) という方が次のようにレシピを紹介している。

 

《昔は旧正月を迎えるために旧十二月二十七日に各家庭で豚を一頭つぶしました。それはそれは大きな楽しみで、子供たちは前日から「あしたは豚をつぶす日だ」とはしゃぎまわったものです。血イリチーはその豚の血と野菜を炒めた料理です。一頭の豚から約二升( 三・六リットル) の血がとれましたね。(中略)

 料理の出来、不出来は血のとり方にあって、それさえうまくいけばあとは味つけ次第です。ウムクジを水でとき、それに塩を入れます。その中に血をいれるとすぐに固くなり始め、ようかんのやわらかいもののようにどろどろした状態になります。ウムクジを入れないと後でゆでた時に表面にぶつぶつができるし、塩を入れないと固まり方が弱く水っぽくなるのでこの二点はとても大切です。ウムクジと塩の入った水に入れた血はかきまぜ、沸騰した湯の中に入れます。すぐ煮えますのでさっととって水を切ります。野菜は家にあるものを利用しましたが、大抵、ニンニクとその茎、チリビラ、ニンジンが使われました。それに豚の赤肉が加わります。材料は固いものから先に入れて炒め、全部入れて火が通ったら塩と醤油で味付けします。体にとてもいい料理のようで、特にイルスガー( 血色の悪い者) にはよく効くということです。》

 

 ウムクジとは沖縄で芋のでんぷんのことを言う。「血イリチャー」が滋養強壮の料理の代表のようなものだったことがわかる。僕はいくつもの店でチーイリチャーを食べ歩いているが、その作り方や味に差異がある。かつて家庭で食べられていた時代には幾万の味の違いがあったろう。家や地域や、おばあさんのそれぞれのやり方があったのだ。

 そして、できあがったチーイリチャーは仏壇にお供えをして、大切な豚をつぶしたことを先祖に報告するという。この行いにこそ、沖縄では豚を捨てるところがないと語り継がれてきた一つの所以があるような気がする。こういう歴史を知ってチーイリチャーを食べなくてはなるまい。「食」から学ぶということはそういうことだと思うのだ。

 冒頭に紹介した記事にあったように少しずつチーイリチャー人気は回復してきているというが、じっさいのところは沖縄のごく一部で残っているにすぎないというのが僕の実感だ。沖縄にはこうした――いまは絶命危惧種だが――伝統的な健康食、滋養強壮食がかつてはごまんとあった。そうした食を「沖縄食の文化遺産」に認定して、オール沖縄で復活と普及に取り組んでほしいものである。

 伝統食を食べていたことが日本一の長寿県といわれた所以だろう。しかし、それはいまは昔の話で、長寿県沖縄は完全なかつての幻影になってしまった。高齢者を除いた六五歳未満の死亡率が二〇一〇年に全国一で、男性は二人に一人が肥満だ。長寿率も女性はまだ三位をキープしているが、男性は三〇位以下に転落している。クルマ社会であることなども原因の一つだろうが、食生活の急激な変化が上げられている。僕はチーイリチャーを食べながら、長寿県沖縄の復権を祈念するのである。

 

okinawa11_13菜々

『菜々』で「チーイリチャー弁当」を買えて喜ぶ筆者。チーイリチャーをめぐる旅は続く

 

*『久松食堂』住所:国頭郡金武町字金武41/食べログはこちら→http://tabelog.com/okinawa/A4703/A470302/47007247/

*『じんじん居酒屋』住所:国頭郡金武町金武4244-1 

*『菜菜』住所:国頭郡金武町字金武409

*『まーさん道』住所:中頭郡中城村新垣1858 沖縄自動車道 中城PA下り線内

*『仲間商店』住所:国頭郡宜野座村字惣慶1190

*『まるみつ食堂』住所:名護市辺野古1010-48

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2016年内に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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