東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#11

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈8〉

文・下川裕治

乗りにくいローカル線、スラートターニー~キリラッタニコム

 バンコクから南に向かう路線のなかで残っていたのは、スラートターニーからキリラッタニコムに向かう支線だった。

 しかし乗りにくい路線だった。スラートターニーを発車するのが16時55分。1時間ほど走って終点のキリラッタニコムに着く。戻ってくるのは翌朝。朝6時15分にキリラッタニコムを発車する。つまり夜の間、列車はキリラッタニコム駅に停車しているのだ。

 鉄道マニアの間では、“究極のローカル線”などとオーバーな表現が使われていた。というのも、キリラッタニコムに宿がなかったからだ。

 しかしタイである。問題だらけだが、結局はなんとかなる国だった。宿がなくても、路上に立っていればスラートターニーまで戻る車があるような気がした。これまでもそんなことは何回もあった。いや、ひょっとしたら宿もあるのかもしれない。万が一、それらがだめでも、駅でひと晩すごせばいい。

 しかし今回は妻がいた。駅での夜明かしにつきあわせるのも悪い。

 スラートターニーの市街で、一応、タクシードライバーに話をしておいた。もし、車がなかったら、キリラッタニコムまできてほしい、と。彼らにしたら、とくに問題がある話ではなかった。運転手は携帯電話番号が書かれた名刺を渡してくれた。

 

 

ホームも駅舎もない無人駅が続く

 列車は4両編成だった。木製のボックス席車両とロングシートの車両があった。何分遅れて発車してもなんの問題もない列車だったが、定刻の16時55分にスラートターニーを発車した。まもなく、バーントゥンポーに停まった。この駅で幹線から分かれていく。

 支線に入ると一気に家が消えていった。アブラヤシやゴムのプランテーションがはじまる。小刻みに停車していくのだが、ホームや駅舎がない無人駅ばかりだ。天井が抜けた駅舎が放置されたところもある。5つ目だったろうか。バーンドンリアップの駅の周りに数軒の家があり、4人ほどが降りていった。

 乗車した日は日曜日だった。平日には帰宅する高校生で少しは活気が出てくるのかもしれないが。ただぼんやり、車窓を眺めるしかなかった。乾季のせいか、茶色に変色したゴムの葉が夕日を浴びて輝いている。窓から吹き込む風が心地いい。9つめの駅が終点のキリラッタニコムだった。運賃は8バーツ、約25円だった。

 

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無人駅。ホームもない。壁には文字が消えた時刻表があった

 

 

キリラッタニコムはとことん優しい駅だった

 さて……。駅舎のなかにいた駅長らしきおじさんに宿について聞いてみる。

「1軒あるよ」

 ノートに地図を書いてもらった。駅があり、そこから線がひょろひょろと描かれているだけだった。交差点が記されているわけでもなく、ただ1本の線だけなのだ。これではさすがにわからないと思ったのか、途中に□を書き、横にAmとアルファベット。アンパー、役場である。駅長の頭にあるのは、道筋だけで、2次元の地図が描かれていない。これだけで、どうやって行けというのだ。

 するともうひとりの駅員が、ホームの木の剪定をしていたおじさんを呼んだ。

「バイクで送ってあげろよ」

 剪定おじさんは僕と妻のために、2往復してくれるという。

 僕が先に送ってもらった。途中にはセブン-イレブンが1軒、ロータスエクスプレスが1軒、役場の前に郵便局。その間に商店が続いている。キリラッタニコムはそこそこの町だった。ホテルはバイクで5分ほどのところにあった。平屋だが、部屋の前には駐車スペースがあるモーテルのつくりだった。1泊450バーツ、約1000円だった。

 剪定おじさんが妻を迎えに駅に向かっていった。やはりタイの田舎である。宿の主人と話をする。

「2年前にこのホテルをつくったんです。お客さん? ここの前の道はプーケットに通じているんです。だからトラックの運転手や車でプーケットへ行く家族連れが多い。もう1年も住んでる人もいるけど」

 夕飯はセブン-イレブンの向かいの食堂でとった。

 翌朝は朝6時に列車が出る。10分ほど前に駅まで行くと、駅長や職員、剪定おじさんが皆、そろっていた。この列車を送り出すと、夕方まで1台の列車もやってこない駅である。ここで働かないと……といったところだろうか。

 発券窓口に行くと、そこに印字された切符が30枚ほど置かれていた。どれも運賃のところは「0バーツ」と書かれている。

 この列車も政府の方針で打ち出された無料列車のひとつだった。これには政府の補助があるから、国鉄は乗った場合の運賃を申請しなくてはなからない。無料でも切符を発券しなくてはいけないのだ。

 しかし外国人は違う。

 駅長と目が合った。意図がわかったようだった。「それ、2枚もってっていいよ」。顎をしゃくるようなポーズをつくり、タイ人らしい笑みをつくった。

 とことん優しい駅だった。  (つづく)

 

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キリラッタニコムの駅舎。プーケットまで線路が延びる話は、とうの昔に消えている

 

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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