風まかせのカヌー旅

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#11

ウォレアイ滞在記4 女だけの歓迎会

パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代

 

 

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 翌日ウォレアイを出発するという日の午後3時。

 私たちは、マイスが停泊している正面の浜に建つカヌー小屋へと向かった。

 今日はここで、ウォレアイのとあるファミリーの女性陣による私たちの送別会が催されるのだ。

 

 小屋の広さは20畳ほど。太くがっしりとしたパンの木でできた柱と、うまい具合に格子状に組まれた梁の上には、乾燥させたヤシの葉で葺いた屋根が乗っている。

 床は、枯れたヤシの葉のくずが敷き詰められ、その上に乾燥させたパンダナスの葉で編んだマットレスやベニヤ板が置かれていた。

 小屋の中ではすでに、30人ほどの女性たちが正装姿で座って、てんでにお喋りをしていた。

 年齢はたぶん、20代は3、4人ほど。30~50代が中心だろう。

 髪はみな黒く、くるくるとカールしている。長い髪の人も短髪の人もいるが、みな、複雑に編み込まれたきれいな花かんむりを二重、三重につけていた。

 その額や頬には、オレンジ、ショッキングピンク、イエローなど、カラフルなお化粧。ターメリック粉や口紅で思い思いの模様を描いているのだ。

 上半身は裸。腰には色とりどりの手織りの腰巻き、ラバラバを巻いている。

 花かんむりとターメリック化粧、そしてラバラバ。これが女性の正装の3種の神器である。

 私たちクルーも全員揃って小屋の中で座っていると、唐突に小屋の外から大きな歌声が聞こえた。

 驚いて振り向くと、正装女性三人組がよく通る声で歌いながら、座の中央に躍り出て、その直後、小屋の中の女たちも一斉に手拍子を打ち鳴らし、大合唱が始まった。

 力強い歌声の中、まずは、若くてきれいな女性がクルー全員に花の首飾りをかけてまわる。

 続いて、リーダーらしきおばちゃまが歌いながら、なぜか舶来品の香水をセサリオにぷしゅーと振りかけた。まるで水鉄砲でも発射するみたいに。

 セサリオが思わずうわっと声を上げてよけると、女性たちからひゅーひゅーと歓声が上がった。

 と、今度は唐突にとあるおばちゃまが立ち上がり、歌に合わせて腰をぐいぐいと振った。そして一節歌い踊って座ると、すぐさま別のおばちゃまが立ち上がり、またもや腰をぐいんぐいん。

 座っている女性たちも盆踊り風の手振りをつけて、てんでに盛り上がる。まるで温泉宿の宴会だ。

 

 歌が続く中、セサリオにうながされ、私たちクルーは一人ひとり立ち上がり、すべての女性にお礼の握手をして回った。みんな、楽しそうに歌いながら、笑顔で挨拶してくれる。

 あるおばあちゃんは、私が手を差し出すと、体ごと抱き寄せ、ほっぺをくっつけてぎゅうっと抱きしめてくれた。

 離島の年配女性は、こんなとても熱い別れの挨拶をしてくれる。気恥ずかしくも嬉しい瞬間である。

 

 

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女性たちの踊りには決まった振りがついていて、こういう会の前には揃って練習する。カヌー小屋でなく、浜辺や小屋の周りを移動しながら歌い踊るバージョンもある。[ PHOTO:Aylie Baker ]

 

 ちなみに、ここで歌われていたのはセサリオの父上、マウ・ピアイルクのナビゲーターソング、E-MAUという曲。

 1999年、マウがハワイからサタワルへ大航海をしたときの様子が歌われたものだ。

 まだセサリオのナビゲーターソングがないため、この歌を歌ってくれたのだろう。

 かつてサタワルに滞在中、この曲はなんども聞いたので、私もメロディは知っている。

 マウはこの歌を女たちが歌ってくれるとたいそう喜んで、家にあるお菓子をたくさんバラまいた、という話を聞いたことがある。 

 

 ナビゲーターソングというのは、航海を終えて島に戻ったナビゲーターから聞いた土産話をもとに、妻や姉妹など、身近な女性が歌詞を作って歌にするもの。

 もともと文字文化がなかったミクロネシアでは、大事な事は歌にして伝承して来た。

 たぶんナビゲーターソングは、その航海を成し遂げたナビゲーターを賞賛するとともに、その航路の情報、つまり航海日誌のようなものを次世代に伝承する意味合いもあるのだと思う。

 歌詞が重要な分、メロディの種類はあまりたくさんないようで、一つのメロディがかなり流用されていて、同じメロディの歌詞違い、という曲がいくつも存在する。

 曲調はゆったりしたものだが、音階の高低は案外激しい。構成はとても単純で、Aメロを4回繰り返し、Bメロを2回繰り返す、それを2回繰り返すといった感じ。

 たぶん、歌うべき航海の物語が豊富であるほど曲が長くなるのではないかと推測している。

 

 EーMAUは大航海だけあって曲も長い。途中、歌詞があやふやになると、リーダーのおばちゃまが大きな声で次の歌詞を早めに歌ってみなをリードしていた。

 そういえば、マイスがウォレアイに入港する時、浜辺でこの歌を歌ってくれた女性がいたが、あれはきっとこのリーダーのおばちゃまだったのではないだろうか。

 

 セサリオはこの歌にじっと聞き入っているようだった。

 彼は若い頃、この曲に歌われている大航海に、マウと一緒に参加していたのだ。

 自分が参加した航海が歌われた曲を聞くと言うのは、どんな気持ちがするんだろう。

 

 ようやくこの曲が終わると、リーダーのおばちゃまはタバコを取り出して中身をぽいぽいと投げた。

 それを女たちがきゃあきゃあとはしゃいで拾いあう。

 歌ってくれた女性たちに、ごほうび的に振る舞われるのが、お菓子やこのタバコである。

 離島では女がヤシ酒を飲む事はほとんどないが、タバコはOK。もちろん、吸う人も吸わない人もいるが、それ以前に紙巻きタバコは、離島においてちょっとしたお金に相当する価値があるのだ。

 

 しばしの休憩を挟み、再び別の歌が始まった。聞けばこの曲、リーダーのおばちゃまの親戚であるウォレアイの有名なナビゲーターの歌らしい。

 その人がどこへ出かけ、どんな航海をしたのか、知りたいけど、さっぱり歌詞の意味が分からない。

 ああ、ちゃんと離島の言葉を勉強しておけばよかった。こんな時、つくづくそう思うのであった。

 

 

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花でいっぱいのディランとオサム。ディランはどこでも人気ナンバー1。花飾りを誰よりも多くもらって得意げだ。[PHOTO:OSAMU KOUSUGE]

 

 


*離島情報コラム1 船便と宿

 

今後、ヤップ州の離島に関する地理、歴史、基本情報などを少しずつ文末にてご紹介する事にした。

タイトル下の★離島の地理歴史など基本情報はコチ

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 今回マイスが立ち寄るヤップ州の離島に、旅行者は滅多に来ない。

 なぜなら、かなりハードルが高いエリアだから。

 まず宿問題。ヤップ州の離島では、ヤップ本島にほど近いユリシー島にホテルが一軒あるのみ。

 相当不定期らしいが、ヤップ本島から飛行機も飛んでいるので、もし気軽に離島の雰囲気を味わってみたいならユリシーが便利だろう。フライト次第では10日の休みで足りるはずだ。

 ただ、それ以外の離島に宿泊施設は一切ない。もし泊まりたければ、まずヤップに行って、離島出身者を見つけて仲良くなり、あなたの故郷の島に泊めて下さいとお願いするしかないのである。

 更に難しいのは交通手段。1、2ヶ月に一度、ヤップから出る連絡船があるのみなのだ。

 その船は、ヤップ本島からウォレアイやイフルクなどの離島に立ち寄りながら東へ進み、終点のサタワルで折り返し、再び離島を巡ってヤップに戻る。ヤップからサタワルまで片道10日ほど。途中で天候が荒れ、立ち往生することもしばしば。ヤップの出航も平気で1、2週間遅れたりする。

 私が初めて連絡船でサタワルに行った時、出航は3週間遅れた。それから10日かけてサタワルに着き、1ヶ月ほど滞在して次の船をキャッチ。10日かけてヤップに戻った。

 全行程で3ヶ月弱かかったが、たまたま次の船が早く来ただけで、運が悪ければサタワルから2〜3ヶ月出られない、なんて事も十分あり得る。

 こんな感じなので、相当のんきな旅人でないとサタワル旅行は難しい。

 ただ、このウォレアイなら、ヤップから5日で到着。その船がサタワルまで行ってまたウォレアイに戻ってくるまでの10日ほどウォレアイに滞在し、戻りの船でヤップに帰る作戦なら1ヶ月半ほどの休暇で実現しそうな気もする。

 ただし、島に上陸するにも酋長の許可が必要。だから、勝手に船で出かけるのはお勧めしない。     やはりヤップで誰か知り合いを作ってガイドして頂かねばならないので、なかなか厄介である。

 ちなみに、ヤップ州の船のほか、ミクロネシア連邦の船もヤップーポンペイ間を結んでいるが、これまたかなり不定期で、旅行者には使いづらい。

 要するに、極めて不便なのだ。

 でも、こんな地域だからこそ、伝統航海術と伝統カヌーが今も現役で残っているのである。 

 

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地元の重要な足であるヤップ州の連絡船「ハッピルマハール」の船上の様子。10年ほど前に中国から寄贈された新造船だが、すでに不調続きで現在は稼働していないとか。先代の日本が寄贈した中古船は、見た目はオンボロだったが、30年以上も立派に働いていた。


 

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*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/


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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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