台湾の人情食堂

台湾の人情食堂

#11

よく働き、よく笑う、美しい人々との出会い

文・光瀬憲子

   

 日本人は勤勉だ、働き者だとよく言われるけれど、台湾に行くたびに「台湾人のほうが働き者なんじゃないかな」と思うことがある。特に旅先で出会う飲食店のご主人や女将さんはがんばり屋さんが多い。そして、とっても幸せそうなのだ。どれくらい働けば幸せでいられるのか、台湾人はそのバランスをよく知っているような気がする。

 台湾には小さな食堂や屋台がたくさんあり、その多くが家族経営だ。代々続いてきた店を受け継いでいる人もいれば、一大決心して脱サラし、飲食店経営に転じた人もいる。台湾で屋台料理をつまむとき、食堂に座るとき、カウンターの奥で鍋を振る人たちの姿を見てみると、美味しい料理だけではなく、その店の空気まで好きになる。

 

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タロイモのおやつを蒸す、切り分ける姿が美しい(台南)

 台南の國華街で小さな店の前を通りかかった。店と言っても扉などはない半屋台。市場の入口の狭いスペースにカウンターがあり、そこで若い女性と父親らしき中年男性が作業をしている。『川記』という芋粿(ユーゴエ、写真)と蝦仁肉圓(シャーレンロウユェン)の専門店だ。店で出すのはこの2種類のみ。80年前からずっとそうだという。

 カウンターには丸椅子が3、4脚並んでいる。芋粿とは、刻んだタロイモともち米の粉を混ぜて蒸した素朴なおやつ。『川記』ではこれに肉そぼろのあんかけをかける。蝦仁肉圓はエビの剥き身が入った具材を片栗粉の生地で包んだ蒸し団子。やはりあんかけソースで食べる。

 屋台では娘さんが蒸しあがった大きな芋粿に包丁を入れていた。真剣な眼差しで、時間をかけて、すべてが同じ大きさになるよう丁寧に芋粿を切り分けていく。単純作業かもしれないけれど、80年守り続けてきた味を、こうして切り分けて客に出すことに真面目に取り組む彼女はとても美しいと感じた。彼女が切り分ける芋粿も同じくらい美しく、芸術品のようだった。

 

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母から息子、そして孫たちへ(台東)

 

 家族経営の伝統を守る人たちは台東にもいた。台東市内で緑豆のスイーツ店を経営する男性だ。大通りに面した小ぎれいな店は彼がオープンしたが、もともとは彼の母親が引いていた屋台が発端だった。緑豆湯とは、緑豆の汁粉で、冬は温かく、夏は冷たくして飲む。屋台の女将さんはすでに80歳を超えているが、いまも小さな屋台を守り続けている。まだ30代の頃、屋台を引きながら女手一つで3人の子どもたちを育てた。その息子が緑豆スイーツを引き継ぎ、店を大きくしたのだ。

 いま、その店内では孫たちも働いている。笑顔で店を盛り上げるお父さんと息子を見ているだけで、幸せな気分になる。台湾西部に比べると、東部の街は取り残されたように静かだ。商売を続けるのはけっして楽ではないはずだが、母の緑豆の味を受け継ぎ、さらに次の世代へ伝え、笑顔をつなげていくコツを彼らはよく知っている。

 

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なにかとかまってくれる感じが心地よい(嘉義)

 台南に次ぐ食都、嘉義には、旅行者にやさしい飲食店が多い。台南のような古都でなく、台北や高雄のような大都市でもない嘉義は、農業が盛んな素朴な土地だ。山岳地帯には先住民も多いため、嘉義人は周囲との調和を大切にする。民族や文化の異なる人に優しい。だから旅人にも愛情をもって接してくれる。

 台湾では一般的な肉料理、黑白切(豚モツのスライス、写真)を、嘉義人は魯熟肉と呼ぶのだが、嘉義には『黒人魯熟肉』という専門店がある。常に行列ができる人気店でありながら、店員はとても大らかで、高飛車なところがひとつもない。注文にとまどっていると、片言の英語で食べ物を説明しながら、おすすめをピックアップしてくれる。そして「どう? 口に合う?」「嘉義ではほかにどんな物を食べた?」「台湾は楽しい?」と世話を焼いてくれる。

 

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路地裏酒場に灯ともる頃(彰化)

 

 嘉義のすぐ北には彰化という街がある。彰化県の彰化市は、嘉義をさらにコンパクトにしたようなところで、そこに暮らす人々も飾り気がない。この街に、人のいいご主人が経営する居酒屋がある。倉庫をそのまま店舗にしたような殺風景な『木樹大腸圏擔』は、店名にもなっている糯米腸(糯米の腸詰め)が看板メニューだが、豚モツのスライスや台湾の家庭料理を小皿で出している。どの料理も絶妙な味付けで、酒が進む。メガネをかけた丸顔の店主が常連客を迎える。コの字カウンターのなかで熱心に豚モツをスライスしながらも、客から一杯注がれれば照れ笑いしながら美味しそうに酒をすする。

 初めてこの店を訪れたとき、日本人である私を歓迎し、店主自ら酒とコップを持って私の席まで来て乾杯してくれた。「こんな店へようこそ」と謙遜しながらも、客の笑顔があふれるこの素朴な店を大事にしていることがよく伝わってきた。そして常連客のおじさんたちも同じくらいこの店を愛しているのだ。日々通い詰めるファンもいるという。こんなに腰が低く、客を大切にする、気さくな店主は見たことがなかった。薄暗い路地裏だが、この一角にだけぽっと明かりが灯っているようだ。

 

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台北の下町、雑居ビルに咲く花

 

 首都台北にも素敵なご主人や女将さんはいる。誰もが忙しく、足早に歩く大都会だが、下町は艋舺(万華)には雑居ビルの2フロアで小さな旅館を切り盛りする若女将がいる。童顔で丸っこい顔をした彼女は、あべ静江の若いころにちょっと似ている。一泊1000元前後(4000円弱)の安宿だが、なかなか清潔感があり、寝泊まりをするだけなら申し分ない。艋舺の繁華街にも近い好立地である。

 女将は生粋の艋舺っ子。美味しい食堂から安いマッサージ店まで、艋舺のことを知り尽くしていて、地図を片手に丁寧に教えてくれる。このホテルもやはり家族経営らしく、ホテルのフロントのすぐ横には女将さんの家族が暮らす部屋がある。夜になると受付の周りをパジャマ姿の小学生がウロウロしていたりする。そこになんとも言えない安心感がある。深夜近くにフロントに電話をかけて毛布の追加を頼むと、上下ジャージ姿で部屋まで届けてくれる。部屋数もそこそこあって、言葉の通じない外国人まで出入りするこの旅館の管理はけっして楽な仕事ではない。それでもフロントにはいつも彼女の笑顔がある。

 

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 台湾の人々は、働くことの大変さだけではなく、楽しさも次の世代に上手に伝えている。お金を稼ぎながらも、家族とともに過ごすことの大切さを知っている。だから息子や娘も、孫たちも、家族の仕事に誇りをもつ。どんな小さな店でも、旅館でも、それを守り続ける一家が多い。飲食店でテーブルを拭く少年や、夜市の屋台で腸詰を焼く少年を見ながら、こうして店は続いていくんだな、また来よう。そんな気持ちになる。

 

 

*本連載は月2回(第1週&第3週金曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:光瀬憲子

1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『ビジネス指さし会話帳 台湾華語』『スピリチュアル紀行 台湾』他。auポータルサイトの朝日新聞ニュースEXでコラム「翻訳女」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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