ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#11

 新たな日本茶をつくる旅3−四万十でできた河原茶と「あにき」と

ステファン・ダントン

 

                                                                                         

 

 

四万十河原茶の完成

 

 

 

   四万十をはじめて訪れた2012年の12月から数ヶ月後の2013年春、四万十河原茶は完成した。ブレンドの内容、香り、味、そしてパッケージデザインが調和したパーフェクトな商品ができあがった。
 

 

 

 

四万十河原茶1

商品化された四万十河原茶。
 

 

 

 

 現地で日常的に飲まれている番茶をアレンジして都会でも、海外でも受け入れられるようなお茶にすることが目標だった。
 四万十では河原茶と呼ぶカワラケツメイを乾燥させた番茶は、一般家庭やレストラン、役所での打ち合わせでも必ず出される日常のお茶だ。野生的な土の香りとほのかな苦みと甘みは、いつ飲んでもおいしかった。東京に住む外国人の私にとっても文句なしの味わい。
 東京にこのお茶を持ち帰って飲んでみた。何かが違う。四万十の空気や料理や人々がつくり出す土地の香りの中で飲む河原茶はパーフェクトにおいしい。ただ、東京ではこのデリケートな香りや味わいはかき消されてしまうのだ。
 「田舎の繊細なお茶を、都会の刺激的な環境でも負けないようにアレンジしよう」
 私は考えた。四万十に私を連れていってくれたHさんと一緒に考えた。
 まずは、カワラケツメイを焙煎して香ばしさをプラスしてみた。マメ科植物独特の香りと調和し引き立ててくれる素材を探した。
 

 

 

 

四万十山中の茶畑

四万十で素材を探す。

 


 

 

   

 四万十特産の食材を加えながらHさんと一緒に試飲を繰り返した。爽やかなゆず、ピリリとした生姜がベストマッチだった。そこに少し唐辛子の刺激を加えてみた。
「Hさん、どうかな?」
「いいね。河原茶に刺激と四万十らしい香りが加わって新しい感じだ」
「高知の焼酎や日本酒を割ってみようか?」
 何度か会ううちに意気投合したHさんと私は、あうんの呼吸で新しいお茶と新しいアレンジを実験してみた。
「完璧だね、ステファン!」
「最高だね、Hさん!」

 

 

 

 

四万十河原茶 茶葉

四万十河原茶の茶葉。

 

 

 

 

  「四万十河原茶」と名付けたそのお茶のパッケージにはくすんだ赤と黄色を使った。日本全国、とくに東京に向けてつくったゆず・生姜・唐辛子のブレンドは赤。海外に向けてつくったバージョンは、ゆずだけをブレンドしたから黄色にした。

 

 

 

 

四万十河原茶(ゆず)

海外向けにつくった四万十河原茶(ゆず)。

 

 

 

 

四万十河原茶を都会へ、海外へ

 

 

 

 できあがった四万十河原茶を、東京では主におちゃらかの店舗やイベントで売り始めた。高知では高知龍馬空港でお披露目をし、各地で行われる物産展でも高知県のブースで扱われるようになった。
 四万十と東京、田舎と都会をお茶でつないだという実感があった。そのつながりをつくったのはHさんと私だ、という実感もあった。
 四万十河原茶を海外へ紹介するチャンスは2013年の夏にやってきた。クールジャパン事業の一環として「日本茶を海外に紹介する」役目をいただいたのだ。これまで「海外の人にも親しめる日本茶の入り口」を目指してつくってきたフレーバー茶とあわせて、新たにつくった四万十河原茶の評価を海外で試すチャンスだった。Hさんには販売顧問として参加してもらった。事業期間は9月から翌年の3月まで。タイ、シンガポール、フランスで行われる日本の食に関する展示会に出展することにした。ただ、クールジャパン事業への参加決定から展示会出展申請までの時間が短すぎた。
「間に合わないかもしれない。どうしよう?」
Hさんは、
「高知県のブースは申請済みだから、そこで四万十河原茶も出そう」
即決だった。

 


       

 

 

四万十河原茶と私

展示会にて(Hさん撮影)。
 

 

 

 

 

   いつだってそうだった。アイディアを出し合うとき、それを行動に移すとき、私たちは二人とも「どうやったら利益になるかを考えるよりも先に、愛情こめてつくった製品をどうしたら多くの人に知ってもらえて好きなってもらえるか」を考えていた。
 私たち二人に共通しているのは、お客様に「『遊び』をもった商品に興味をもって、『冒険』心をもってチャレンジして、『体験』することで、『満足』してもらう」ことが、商売の基本だと考えていることだ。
 だから、まずは自分が楽しく自由にチャレンジする。
「人生を楽しむために仕事をする。仕事のための仕事なんてつまらない」
 こんな人生観も一緒だった。
 Hさんとともに仕事をするうちに、仕事仲間から友達以上の兄弟と仕事をしているような気持ちが芽生えていた。
 

 

 

 

 

 

一人の旅と二人の旅と

 

 

 

 このコラムを書き進めながら改めて気づいたことがある。いろんなところを旅してきて、記憶の中には各地の鮮明な風景や出来事が広がっているのに、意外と写真が残っていないのだ。
 私はいつだって、自分の五感をフル回転させてその場所の全体を感じたい。目で見る。鼻で嗅ぐ。口で味わう。耳で聞く。体全体でその土地や人に触れたい。感じたことのすべては、ときにはスケッチやメモで残すこともあるが、ほとんどは私の頭の中で再構築されて、映画のような形でストックされていく。写真が少ないのは、カメラを取り出し構えてしまうと、その瞬間映画のシーンが途切れるような気がするからかもしれない。
 
 私が常に一番大事にしてきたのは自由であること。

 自分の行きたい場所へ自分の感覚に従って向かいたい。だからいつも一人で旅をしてきた。写真が少ないのはそのせいもある。
 私は一人旅が好きだ。人生という旅だって自由に行き先を決めてきた。でも、その旅の途上で出会った人たちと、旅程のある区間をともにすることで大きな収穫を得てきたことも事実だ。ともに楽しむことで旅はもっとすばらしいものになる。
 四万十に関わる旅の途上で出会ったHさんと私は、その旅の長い行程をともに歩く仲間になった。ひとつ年下だけど頼れる「あにき」のようなHさんと私は、「大きな岩も二人が力を合わせれば動かせる」といい合って笑いながら、さまざまなチャレンジを続けていく。

 

 

                      

                         

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回公開は9月4日(月)です。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。2017年路面店オープン予定。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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