越えて国境、迷ってアジア

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#106

タイ=ミャンマー国境を北上せよ〈2〉アジア最強の市場を発見?

文と写真・室橋裕和

「古き良きアジア」がいまも残るミャンマー南部の地方都市ベイ。この街の市場が実に風情あって、人々の生活の息づかいに満ち、しかもやたらとフォトジェニックだったのだ。

 

マレー半島のいちばん狭い部分を走っていく 

 タイ・バンコクあたりから南に突き出して、マレーシア・ジョホールまで伸びるマレー半島。およそ1100キロの連なりの中で、最もくびれる場所を、僕は旅している。
 そこはクラ地峡という。いちばん狭い部分では、東西の幅が20キロほどしかない。太平洋とインド洋をわかつ、細い細い回廊だ。
 それほどに狭いクラ地峡を、さらにふたつの国で分け合っている。東側がタイで、西側がミャンマーだ。マレー半島の中央部を南北に走る山岳地帯を国境としている。そのミャンマー側を、僕はバスで北上していた。
 予想以上のまともなバスではあった。エアコンばっちり、各座席にはモニターとUSBまでついている。車掌も親切に、お菓子とジュースを配ってくれた。しかし、車窓を見れば雨期真っ只中のザンザン降りで、おんぼろの家が肩を寄せ合う粗末な集落ではあちこちで浸水し、地面はドロドロにぬかるみ、人々はなすすべもなく天を見上げている。村そのものが水に呑まれているようなところすら通り過ぎる。日本であればシリアスに報道されるのかもしれないが、雨期のミャンマーでは日常的なのだろう。そんな豪雨の中、たよりなく細い道路をバスは北上していく。
 しかし、クラ地峡を挟んだ反対側のタイは、だいぶ世界が違うことを僕は知っている。あちら側も何度も走ったことがあるが、インフラは整備され、排水設備もミャンマーよりはしっかりしており、広々としたハイウェイがマレー半島を貫いている。通りすぎる街はミャンマーよりはるかに立派なタウンハウスが並び、コンビニがいつだって営業している。
 狭いクラ地峡の東西では、なんだか時代が違う気すらしてくる。タイとミャンマーの国境地帯は、経済格差がはっきりと目に見えてしまう残酷な場所でもあるのだ。

 

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アンダマン海に面したベイの中心部は、たくさんの船が停泊する港でもある

 

メルギー諸島とを行き来する船のターミナル 

 しかし経済的に立ち遅れているということは、それだけ懐かしきアジアが保存されているということでもある。12時間のドライブを終えてたどりついたベイの街を見て、改めてそう思った。
 まず目を奪われたのは街の西側、アンダマン海にびっしりと浮かぶ小舟の群れだ。漁船も混じるが、ほとんどは交通手段としての船のようだ。
 ベイの沖合には800ともいわれる島々が浮かんでいる。メルギー諸島だ。小さな島にだってそれぞれ人の暮らしがあるわけだが、そんな諸島と大陸とを結ぶ場所がベイなのだ。
 だから街の西岸はいわばバスターミナルとか自転車置き場のノリなのだろう。個人の船から数人が集まれば発着するもの、定期運航しているボートまでさまざまな船が行きかい、壮観だ。小雨の中、この港の営みを見ているだけでも飽きない。

 

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こうした小さな港というか岸壁がベイのあちこちにある

 

古いけれど、カラフルで活気ある市場 

 ベイの街で何よりも圧倒されたのは、市場だ。木材とトタンでつくられた、古びているが巨大な建物の中に、こまごまとした日用品や生鮮の店がみっちりと隙間なく並ぶ。
 暮らしに必要なありとあらゆる店が密集しているのだが、商品の並べ方がどこもなかなか凝っていて、実に見せる。壁一面にスナックを飾りつけている駄菓子屋。ズダ袋にさまざまな種類の唐辛子を入れて盛りに盛っている乾物屋。天井までうずたかく石鹸やシャンプーを積み上げている店。色とりどりのサンダルや布地を全面に並べている店はまるで万華鏡のようだ。

 

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こんな感じの迷路が四方に延びる。ベイの市場は東南アジアでもとくに色彩豊か

 

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生鮮市場もやはりさまざまな色が息づく

 

 こんな店が迷路のように続き、ロンジーという巻きスカートをまとった女性たちが威勢よく闊歩する。なんとカラフルなのだろう、活気があるのだろうと夢中になって、僕はこの市場を歩き回った。
 まるで映画のセットのようにすら見える。何十年か前の時代の空気をそのまま閉じ込めたかのような市場なのだ。こういう場所こそ世界遺産にすべきではないのかと思った。
 そのたたずまいだけではない。店にドッシリ陣取るおばちゃんたちは、誰もが柔らかな笑顔で出迎えてくれる。外国人と見て子供たちが集まってきたりもする。

 

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なんというか木造の古いデパートのようにも見えるし映画のセットのような感じもする

 

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市場内のメインストリートの歩きやすい広さもいい

 

古いけれど温かみのある街 

 

 昔はどこもこうだったかもしれないと思い出す。タイでもベトナムでもマレーシアでも、人々は見知らぬ外国人にも気安く、距離が近かった。街は手づくりの温もりがある個人商店が中心で、日本人からすれば物珍しい品が並んでいた。それが経済発展によってずいぶんと変わっていった。どこも日本と同じような商品ばかりのコンビニとショッピングモールが増えていくなあと、旅を重ねるほどに感じる。生活はどんどん便利になるけれど、その反面、その土地土地の生活の匂いが薄くなっていったようにも思うのだ。
 そんな勝手な郷愁を持つ旅人からすると、ミャンマーにはまだまだ昔ながらのアジアが残っている。「古き良き」というのは現地の人々に対しては失礼な言葉だろうと思うけれど、そこに甘えさせてくれる国だなあと実感する。

 

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アジアの市場好きならベイは絶対に気に入るはず

 

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ベイの港そば、ゲストハウスの受付にいた女の子

 

あの国境は果たして開いているのか? 

 このベイから東に進んで、クラ地峡の中央にそびえる山脈を越えれば、そこはタイだ。#47で紹介したシンコン国境へと到達する。国境からは20キロほどでマレー半島を横断してタイ湾に出る。インド洋から太平洋まで1日で旅できるコースなのだ。
 2018年にこの国境まで行ったときは、まだ外国人の越境は許可されていなかった。地元自治体からタイとミャンマーの両政府に陳情はされているという話だが、実現には至らず、タイ人とミャンマー人だけが通過できる国境だった。
 もしかしたら今回は……と淡い期待があったのだが、残念ながらまだ国際国境への格上げはされていなかった(2019年9月時点)。現地の旅行会社を訪ねたが、
「この国境を通ってミャンマーに来るタイ人に向けてツアーの販売やガイドのアテンドなどの業務をしているけれど、外国人はまだ通れません」
 とのことだった。とはいえ、いずれこの国境もコロナ次第で開いて、マレー半島の縦断ではなく横断ルートが実現する日が来るだろう。

 

(続く)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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