越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#103

コロナ禍でも行ける「海外」

文と写真・室橋裕和

 コロナ禍が続き、海外への道は閉ざされたままだ。いったいいつ、旅に出ることができるのか。こらえきれなくなった僕は、ついに腰を上げた。思い切って社会の禁を破り、「海外」に出かけてみることにした。
 

神奈川県最南端の島へ 

「どうしても海外に行きたい!」
 もう自粛生活はうんざりなのである。僕はパスポートを取得した四半世紀前からずっと、年に3、4回は海外を旅してきた。それは取材だったり遊びだったりさまざまだが、ともかく旅こそが日常だったのだ。それが数えてみれば、もう半年以上も日本に幽閉されているではないか。
 ストレスを溜め込んだ僕は梅雨明けのある日、世間からの非難を覚悟で出発することにした。
 まず向かうのは品川駅である。そこから京急本線の快速特急で関東平野を南下していく。車窓からだんだん高層ビルが消え、神奈川に入ると少しずつ山が目立つようになる。同じ首都圏であるのに、なんだか空気が緩んでいるようにも感じる。
 およそ1時間で三崎口駅に到着した。さらにバスに乗り換えて、起伏のある三浦市内を走り、海峡にかかった大きな橋を越えると、そこは神奈川最南端。城ヶ島だ。

 

01
城ヶ島の北岸から、対岸の三崎漁港と城ヶ島大橋を望む

 

自然と海鮮豊かな城ヶ島 

 釣り人が多い。それにダイビング客だ。とはいえ平時に比べればずいぶん少ないんだろう。「密」になりようもない。マスク姿でレジャーを楽しむ姿がなんだか異様だ。
「これでもだいぶ、お客さんが戻ってきたんだよ」
 食堂のおばちゃんはマグロ三食丼を運んできて言った。でかい。三崎名物のマグロはたっぷりと肉厚で、刺身、ヅケ、ねぎとろがほかほかの飯に乗っている。
「はいサービス」
 ノリの佃煮も出てきた。ほかにも採れたてのシラスや、その場で焼いてくれるサザエやハマグリなど、城ヶ島は海鮮が豊富だ。それにこの潮風の香りは、コロナでささくれた心をいくらか癒してくれるのだ。
 城ヶ島の南部は岩礁が細かな入り江をつくっている。思い思いの場所にテントを張り、磯遊びをする家族連れが見える。そこからハイキングコースを歩いていくと、神奈川県の最南端の岬に突き当たる。
 目の前には東京湾が広がる。その対岸に、かすかに見える陸地。千葉県だ。かつての安房国である。だからここは安房埼と呼ばれているのだ。
 こういう端っこ、境界線に来るとやはり昂る。とはいえ、目的地はここではない。僕は橋を渡って本土へと戻り、三崎漁港へと向かった。

 

02
三崎や城ヶ島に来たらマグロは外せない。観光需要にわずかながら貢献する

 

03
城ヶ島灯台と島の西北部。ごつごつした岩礁が入り組み複雑な地形をつくっている

 

ついに念願の海外に到着 

 本来なら観光客でごった返しているのだろう。三崎漁港に並ぶ海鮮のレストランや土産物屋にもお客はまばらだ。閉めている店も目立つ。
 そんな界隈を抜けて、僕は西海岸線通りを歩く。すぐに観光地の装いとも無縁な、素朴な漁港が見えてくる。
 陸地に入り組んだ小さな湾のまわりに、やはり小さな漁船が20隻くらいだろうか。どれも係留されており、人の姿はない。蝉の声だけが降ってくる。漁港を囲むようにささやかな住宅街が広がり、その背後には小高い山が迫る。とにかく静かだった。
 ここが「海外」なのである。
 正しくは神奈川県三浦市海外町。「かいと」と読む。ちゃあんと「海外」のバス停だってある。地域の集会所は「海外会館」だ。いわば「珍地名」として知られているのだ。
 が、せっかく「海外旅行」に来たものの、これで見るものは以上終わりなのであった。あとは珍しい地層が露出している場所があるとかで地質マニアにはたまらないかもしれないが、シロウトにはやや難易度が高い。
 もう少し歩いてみようと、漁港を回りこむように山のほうに伸びていく道をたどる。新興住宅地といった様子だ。高台からは海がよく見える。やはりひたすらに静かで、東京とは別世界のようだった。どこからか風鈴の涼やかな音が聞こえた。

 

04
「海外」のバス停。京急バスが走っている。乗降客はわずかばかり

 

05
「海外」も三崎漁港の一部のようだ。観光客の多い三崎の中心部から徒歩15分程度

 

06
「海外」は静かで小さな漁港だった。歩いている人をまったく見かけなかった

 

どうしてこの地名がつけられたのか 

 なぜまた「海外」なんて地名になったのか。それには諸説あり、よくわかっていない。「海の外に広がっているから」なんてざっくりした話もあるようだ。
 ただ古代から、近畿を中心とした日本各地に「かいと」地名はある。「区分けされた場所」を意味する言葉らしい。垣根に囲まれた屋敷とか農地、堀をめぐらせた村などを指した。そこから派生して、たんに小さな集落や、特定の領地を表すこともあったという。
 5~6世紀になって漢字が入ってくると、「かいと」は「垣内」「垣戸」「海渡」さらには「街道」「海戸」など、さまざまな表記をされるようになっていった。「海外」もそのひとつだと考えられているのだが、由来がよくわかっていないというのも遠い古代を想像させてくれてなかなかに楽しい。
 そんなことを妄想しつつ、海を眺めて見知らぬ街を散歩するだけでも、立派な「旅」だろうと思う。きわめて小さな「海外旅行」ではあるけれど、いまはこれで満足しておこう。
 帰路、岬に戻った僕は産直センター「うらりマルシェ」でマグロの味噌漬けと粕漬けをみやげに買った。これを食べながら、まだ遠い海外を夢想するとしよう。

 

07
地元の人たちからすればなんてことない住所なのだろうが、そそられてしまう

 

08
海外に行きたい欲求を少しだけ晴らせた旅だった

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

*好評発売中!

『最新改訂版 バックパッカーズ読本』

発行:双葉社 定価:本体1600円+税

 

cover

 

 

 

BorderAsia00_writer01

室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

最新刊『バンコクドリーム Gダイアリー編集部青春記』

(イーストプレス)発売中!

タイ・バンコクに編集部を置き、風俗から秘境旅、戦場ルポやグルメ、政治経済まで雑多な記事を満載し、アジアの伝説と呼ばれた雑誌「Gダイアリー」で編集記者として働いた日々の記録。Gダイ名物ライターの素顔から、雑誌作りの裏側、タイの政変に巻き込まれた顛末、「アジアの雑誌」との分裂騒動まであますことなく伝える。アジアを目指す男たちが愛したGダイが、いま甦る!

紀行エッセイガイド好評発売中!!

ISBN978-4-575-31280-5

最新改訂版 バックパッカーズ読本

     

越えて国境、迷ってアジア
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー