韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#101

冬の滋味、牡蠣と父の思い出

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父が愛した牡蠣と大根のスープ 

「今、何が美味しいですか?」

「クル(牡蠣)が旬だから、クルポッサムやクルジョンはどう?」

 行きつけの大衆酒場で最近、よく交わされる会話だ。

 

01

冬の人気食材、クル(牡蠣)

 

 暦の上では立春だが、まだまだ牡蠣が美味しい。韓国でも、季節メニューとして牡蠣料理を出す店が多い。サンチュなどの葉野菜でキムチと茹でた豚肉、生牡蠣を巻いてたべるクルポッサムと、牡蠣に小麦粉と溶きタマゴの衣をつけてゴマ油で焼いたクルジョン(チヂミ風)が代表的なメニューだ。

 

02クルポッサム。ソウルでは鍾路3街の南側にあるクルポッサム横丁が有名だ

 

03鍾路3街の人気シュポ『ヨングァン食品』のクルジョン

 

 牡蠣の季節になると、今はソウルから遠く離れた康津(全羅南道)に住んでいる父を思い出す。

 あれは1970年代の後半、私が小学校4年生の頃だった。腹膜炎の手術を受けた父は晩秋から冬にかけて自宅で療養をしていた。そのとき、消化力が弱かった父がよく食べたのが、牡蠣と大根を煮たクルムクッ(牡蠣大根汁)だった。

 糖分をためこんでいる冬の大根と、冬の海の滋味を背負った牡蠣をいっしょに煮たスープが不味いわけがない。今でこそそう思えるが、当時の私にその味は大人過ぎて、ありがたみは感じられなかった。

 父は回復するまで、毎日のようにクルムクッをすすっていた。ときには海苔を入れたり、オデンを入れたり、あきないように変化をつけながら。

 海のミルクと呼ばれるくらい滋養豊かな牡蠣のおかげか、高麗人参に負けないといわれる大根の薬効のおかげか、父の顔色はみるみるよくなっていった。

「旬の牡蠣だからいいのよ」

 母がよく言っていたのを思い出す。

 この頃、私に新しいあだ名が付いた。

 仕事を持っていた母親は、ときどき私に「牡蠣を買ってきて」と市場におつかいに行かせた。

「アニョハセヨ? カキ1キロください」

「クルアガシ、また来たか。お父さんの具合はどうだ?」

「はい、おかげさまで少しずつよくなっています」

 鮮魚店の主人と、隣接する店のおばさんたちは、牡蠣をよく買いにくる私をクルアガシ(牡蠣娘)と呼んで可愛がってくれた。父のために買い物を手伝う私を孝女(孝行娘)だと称えてくれたが、私は内心恥ずかしくて仕方がなかった。孝行どころか、母に小遣いをもらっていたからだ。とんだ孝行娘である。

 

04

殻ごと、蒸し煮される牡蠣

 

 牡蠣嫌いの牡蠣娘も中学に入り、高校を卒業する頃は味覚が変わっていった。とくに大学生になって酒を飲むようになると、牡蠣の美味しさがわかるようになっていた。

 ソウルの東のはずれ、千戸洞に冷たい風が吹くこの頃、かつての牡蠣娘の血が騒ぎ出す。

 東ソウル市場の裏にある行きつけの大衆酒場の女将に頼んで、牡蠣と大根のスープを作ってもらおうか。

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

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