ブルー・ジャーニー

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#101

アルゼンチン はるかなる国〈20〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

「『インディオが残したものは地名だけ』だった」

 

 重力を断ち切ってしまったかのような悠々とした飛翔。コンドルはクジラのように時間の流れを変える。

 地球上の飛ぶことができる鳥のなかでもっとも重いコンドル。成長の体重は約15キロ。広げた両翼の幅は約3メートル。

 生息地はアンデス山脈(アルゼンチン、エクアドル、コロンビア、ペルー、ボリビア、ベネズエラ)。標高3000〜5000メートル、人間が近づけない絶壁の岩陰に営巣する。寿命は50年を超え、つがいは一生連れ添う。

 

2001

 

 ──コンドルが群れて、ある場所を旋回しつづけているとき、ほれぼれとするほど美しい飛翔をみせる。地上から飛び上がる場合を除けば、かれらのうち一羽として翼をはばたかせる光景にぶつかったことはない。わたしはリマの近くで、一度も目を離すことなくぶっ通しで三〇分ほど、数羽のコンドルを観察しつづけた。鳥たちは大きな弧を描いて旋回し、一度として翼を動かすことなく上昇と下降をくり返した。(『ビーグル号航海記』チャールズ・ダーウィン)

 

 コンドルが羽を上下させるのは、飛んでいる時間のわずか1パーセント。1度も羽ばたかずに5時間跳びつづけ、170キロ余りを移動した個体も記録されている。

 

2002

 

 1877年、アルゼンチン陸軍大臣フリオ・アルヘンティーノ・ロカは兵を率いて“砂漠の征服作戦”に取りかかった。見渡す限りの平原だったから進軍は早かった。パンパに住んでいたインディオ20万人のうち18万人が、物語りを残す間もなく殺された。

「先住民族たちは彼らの言葉で《アルエマプー》とよぶ、地理学者も知らない、どこともわからぬ遠い土地へ移動してしまった(W・H・ハドソン)」

 だれもいなくなった土地はロカと部下たちのものとなり、貧富の格差はさらに拡大した。

 パンパを横断したゲバラとグラナードは、50年余り前のロカの足跡を目の当たりにした。

 メダノス、チョエレ・チョエル、チチナーレス、チポジェッティ、ネウケン、アロジト、「不屈の種族であったインディオが残したものは地名だけ」だった。アンデスの麓の、なんの使い道もないような、事実なににも使われてない土地にも私有地であることを示す鉄柵がはりめぐらされていた。

 年に1度、羊毛の刈りこみの時期が来ると、地主は、国内各地、隣国チリにチラシを配布。定員を大きく超える労働者を集め、オークションを実施。労働者は、首を横に振ることができず、チラシに書かれていた──それでも十分に安い──金額よりもさらに安い賃金で働くことになった。

 一事が万事だった。からくりを知ったグラナードはゲバラに言った。

「おまえの言ったことは当たっているよ、エルネスト。コインの裏表だ。民と国が、国内外の資本主義者の安楽のために、酷使され、搾取されているんだ」

 

2003

 

2004

 

 ルート40が7つの湖(実際は11ある)が連続し、セブンレイクロードと呼ばれる区間に入ると、みるみるうちに緑が濃くなる。ポデローサⅡ号が、ようやく走りきったパンパのはずれ、低木が生える“不毛のパンパ”の年間降水量は約600ミリ。その先、アンデス山脈の懐に入ると、年間降水量は約6000ミリに達する。樹齢1000年を超える巨木をはじめ、さまざまな植物が生い茂り、雨の日はとりわけ美しい。直径1.5メートル 、“貧乏人の傘”と呼ばれるシダの葉は、実際、不意の雨に見舞われた人びとの傘になる。

 

2005

 

 ──非常に古い森に囲まれたいろいろな大きさの湖に沿って進んだ。自然の香りがぼくらの鼻の奥をなでた。ところが不思議なことが起きた。湖と森と、よく手入れされた庭のある小さな一軒家という景色に、辟易としてきたのだ。景色をざっと見渡しても、山の真髄そのものには深入りすることなく、退屈な均一性だけがやっとつかめる程度だ。深入りするにはその場に数日間は滞在する必要がある。(35日目 ゲバラ記)

 

2006

 

 スケジュール表もお金もないのに南米大陸を1周することなどできるはずがないと思ったからだろう。出発しようとしているゲバラに叔父は言った。

「バリローチェに着いたら電報を打ってくれ、電話番号で宝くじを買うから」

 バリローチェはアンデス山脈の麓、ナウエル・ウアピ湖湖畔にスイス人によってつくられた町で、教会などの一部を除き、建物は木造に決められている。

 そのバリローチェまであと100キロを切ったところでチェーンがはずれ、数時間格闘したがギブアップ。約1キロ先の丘の上の牧場に行き、フォックステリアをつれたオーナーもしくは切り盛りしていると思われる女性に事情を説明、許可を得てポデローサⅡ号を運び入れた。「かなり急な丘だったので、超人的な努力が必要だった。もうこれ以上バイクを動かせないと思うほどクタクタに疲れた」

 マテ茶を煎れ、一休みしていると管理人が言った。「このあたりにはチリのピューマが出るんです。チリのピューマはどう猛なんです!」

 チリとの国境はバリローチェのすぐ裏手だった。

 それにしても。グラナードは思った。どうやってアルゼンチンのピューマとチリのピューマを見分けるのだろう。

 トラクターの部品を使ってなんとかチェーンを修理、牧場の使われていない小屋の干し草がその夜のふたりの寝床になった。

 

2007

 

 体長1.5メートル前後、南北アメリカ大陸に生息するネコ科の哺乳類で、アメリカライオン、ヤマライオン、クーガーなどとも呼ばれるピューマ。

 狩猟者としてのピューマは勇猛で、小さなものより大きなものを好む。荒野であればペッカリー、獏、ダチョウ、鹿、グアナコなど、強い武器、速い足を持つ動物を容赦なく──たいていの場合首の骨をへし折って──倒す。家畜でもっとも好むのは馬、ついで羊。チリのピューマが荒々しいのは、獲物となる哺乳類の種類が少ないためだろうとダーウィンは述べている。

 だがピューマはよほど特別な事情がない限り、人間を攻撃することはない。人間を傷つけたり威嚇したりすることがないばかりか、原則として人間に対して自らを守ることさえしない。(いっしょに犬がいなければ)無抵抗に殺される。

 パンパに生まれ育ち、“ラ・プラタの博物学者”と呼ばれたハドソンは言った。

「ピューマは自分を正しく書いてくれる伝記作家に恵まれない点ではきわめて不幸な動物である」

 

 明け方、妙な音でふたりは目を覚ました。出入り口の方向、暗闇に目がふたつの目が光っていた。

 ゲバラは枕代わりにしていた袋からリボルバーを抜き、引き金を引いた。

「あのピューマをやっつけたぜ、ペラオ(※ゲバラの愛称)」

 頭に銃弾を撃ちこまれたのはチリのピューマではなく、アルゼンチンのピューマでもなく、きれいにブラッシングされたフォックステリアだった。

 

(つづく)

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『ジュビロ磐田、挑戦の血統(サックスブルー)』、共著に『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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