京都で町家旅館はじめました

京都で町家旅館はじめました

#10

西と東の食文化に戸惑う

文・山田静

 

「だし巻きはやっぱり必要だろう」

「そうですねえ、やっぱりだし巻きがなくちゃ」

 うんうんとうなずきあう私以外のスタッフ。

 え、そうなの? そんなに?

 

 前回も書いたように、当館の朝食はいたってシンプルだ。まるき製パンの総菜パンと甘いパン、川勝総本家の漬物、それに白いご飯とたまにちりめん山椒入りのおにぎり、トースト、フリーズドライのお味噌汁、たまに果物、以上。

「これは寂しくないですかね」

「手作りのお味噌汁とかあるとうれしいんだけど」

「だしをね、ていねいにとって」

「無理っす」

 開業前にあれこれと議論はあったものの、なにしろ全員が素人のスタッフ、米の研ぎ方すら知らない大学生たちも混じっている。オペレーションも固まっていないうちからヘタに最初から頑張るとロクなことにならないどころか、事故を起こしかねない。

「いや、当面これでいいよ。これにだし巻きがあれば完璧だろ」

 前職が飲食関連で、唯一料理に関してプロであるところのマネージャーの鶴の一声でメニューは決まった。

 といって、だし巻きなんて作ったことがあるスタッフのほうが少ないのが実情だ。まず作り方を覚えないといけないし、逆に料理に慣れたスタッフが自己流でつくるのを避けるため、試行錯誤の結果、you tubeの「おいしいだし巻きの作り方」をみんなで見て(ネット社会バンザイ)、レシピを書き起こし、毎日の朝食担当が手作りすることになった。

 最初はおっかなびっくりだったスタッフも、一度うまくいくと調子にのって、近ごろは人気の仕事のひとつになっている。たまに色が黒くなっていたり不格好だったりするのも手作り感があってなかなか味わいがあり(ということで自らを説得している)、おかげさまでたまにお褒めの言葉をいただいております。

 世間の優しさよ……。

 

だし巻きコーナーがあるなんて

 だがここで元も子もないことをいいますと、

「え、だし巻きそんなに大事なんだ?」

 ってのが、私こと東女の正直な感想なのだった。

 生まれ育った家庭がそんなに卵料理にこだわっていなかったせいもあり、自身は卵焼きにほとんど思い出も思い入れもない。まして「だし巻き」となると、「西方面のご当地料理的な……?」という認識。

 本稿のために改めて卵焼きとだし巻きの違いを確認してみると、明確な定義はないようだが、砂糖などで甘めに味付けた溶き卵を薄焼きにしてくるくる巻くのが卵焼き、だしを効かせてふんわりと焼き上げくるっと巻いて、巻き簀で形を整えるのがだし巻き、ってことらしい。

「えー、朝ご飯といえばだし巻きでしょう」

「お弁当にもぜったい入ってますよ」

 自分の認識の薄さを伝えると、関西出身者から口々に言われた。そんなもんかねえ、と思いながらスーパーに行くと、そんなもんなんだった。

 切れてるだし巻き卵。

 京風だし巻き。

 京のだし巻き。

 手作りだし巻き。

 手焼きう巻き。

 切れてる厚焼き卵。

 ……名称もメーカーもさまざまなだし巻きの山ができている。もちろん、そのスーパー自作のだし巻きもある。この店だけかと思ったら、近隣のスーパーどこにも、お総菜売り場の一角に「だし巻き」コーナーがあるのだ。

 なにこれ、東京でこんなコーナーないんですけど。

 そう思ってスタッフに聞くと、

「え、全国どこのスーパーにもあるんだと思ってましたけど……?」

 と不思議そうに言う。

 なるほどこれは、「だし巻きがないと話になりませんよ」ってなるわけだ。

 卵といえば、卵サンドも不思議なんである。京都の喫茶店で卵サンドを頼むと、厚焼き卵やスクランブルエッグが挟まったものが出てくる。が、東女に言わせれば、これは「厚焼き卵サンド」であって、ゆで卵を刻んでマヨネーズで和えたものが挟まっているのが「卵サンド」のはずだ。

 だが最近、雑誌やテレビの京都特集でちょいちょいこの京都の卵サンドが取り上げられるようになり、いまやご当地グルメのひとつとして数えられている。

「東京に行ってね、卵サンド食べると物足りないんですよ」

「ねー。卵の味があんまりしない。なにあれ」

 京都出身の知人たちも言う。

 なんだ、この京都人の卵愛は。

 

山の芋に菊菜、それなに?

 西と東の食文化の違いはよく言われることだけれど、スーパーをひと巡りすると、細かい違いを実感する。

 たとえば野菜の呼び方だ。

 山芋コーナーには「山の芋」、里芋コーナーには「こいも」、春菊は「菊菜」(ただし品種がちょっと違う)と表示されている。ネギは「ネギ」だけど、ご存じのとおり京都は青いネギが主流なせいか、白いのにはわざわざ「白ネギ」と書いてある。

 お総菜コーナーに行けば、俵形であるべきいなり寿司は三角だし、おにぎりのところには「おむすび」と記載され、コーヒーミルクの札には「フレッシュ」とある。

 細かいことが微妙に違う西と東。京都暮らしも10カ月以上になるが、今だにこういうのを見るたびに、いちいち「おっ?」となってしまう。

 明らかに関東にないものばかりがずらりと並ぶのは、調味料コーナーだ。

 最初に目を奪われたのは「パーポー」。なにこの陽気な名前、と思ったら老舗のタマノイ酢が出している八宝菜の素で、ほかにも酢豚の素やらエビチリの素やら種類豊富だ。関西人に聞くとみんな知っていて、どうやらご家庭の味らしい。

 ソースの多さにもびっくりした。ウスターソース、お好みソース、焼きそばソース、とんかつソース、串カツソース、どろソース。

 ……そんなにソースをかけるものがあるのか。京都って薄味が自慢じゃなかったのか。

 

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山の芋、と明記された山芋。里芋がこいも、とか、芋の名前だけ妙に違うのはなぜなのか

 

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ネギ好きとしては、京都暮らしで最もうれしいのが青ネギが安いこと

 

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ロゴもかわいい「パーポー」

 

こってり系だって京都の味

 そう。料理が薄味と言われる京都だけれども、暮らしてみるとそうでもない……というか、ダシのおいしさを生かした料理は確かに多いが、濃い味も大好きだ。

 たとえばカレーうどん。寒い京都では「あんかけうどん」が昔から愛されていて、その流れでカレーうどんも発展したと聞いたことがある。実際、だしで延ばしたカレーでうどんを煮て、とろりとさせた京都の濃厚なカレーうどんはなかなかの美味で、うどん屋に入るとつい頼んでしまう。これに牛すじとかが入っているとボリュームも満点、薄味あっさりとはほど遠い。

 京風中華、というのもある。京都に伝わった中華料理が発展したあっさり風味の中華料理は、味を広めた店の名前をとって「鳳舞系」と呼ばれ、今もその流れを継ぐ京都市役所近くの「鳳泉」、あるいは太秦の「開花」などの人気店が点在する。「鳳泉」のクワイの実が入ったシュウマイ、カラシの効いたエビカシワそば、「開花」のさっぱりした酢豚など、どれも京都以外でお目にかかったことのない独特の美味である。

 そしてそもそも、京都といえば「餃子の王将」や「天下一品」という、ガッツリ飯発祥の地。当館から徒歩10分、四条大宮の駅前には1967年にオープンした「餃子の王将」1号店があり、ちょっとした観光スポットにもなっている。「天下一品」は勤務していた会社が倒産した現社長が1971年に廃材で組み立てた屋台でラーメンを売り始めたのがそのスタート。ちなみに当館最寄りの、東海から関西で展開するラーメンチェーン「横綱」も京都発祥だ。1972年、京都の南区で屋台からスタートしたとホームページには書いてある。高度経済成長時代の京都、アツかったんである。

 

 さて、というわけで今回は特になんのオチもまとめもないのだけれど、京都の味、まだまだ奥深そう。当館の朝食も、ちょびっとずつ、そんな京都の味を体験できる場として発展していければな、と思うのだった。

 

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当館ご近所のうどん屋「春日井」の牛すじカレーうどん

 

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ラーメン「横綱」五条店は深夜まで営業しているので、夜遅く着いた腹ぺこゲストの心強い味方

 

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京都市内も珍しく積雪した1月半ば。朝の雪かき風景を日本語・中国語のFacebookに載せたところ、「彼はなんて薄着なの」「若いから寒いのも平気なのね」「がんばって」と、雪が珍しい台湾からの、スタッフへの同情コメントが……。『楽遊』は薄着の若者をこき使うブラック企業ではありません(笑)


 

*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は月1回(第1週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『成功する海外ボランティア』など企画・編著書多数。2016年6月開業の京都の町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」の運営も担当。

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