日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#10

畜肉たちの肉汁曼荼羅~『中川牧場食堂』

文・仲村清司

 

牛汁、豚汁、馬汁、あひる汁の合戦

「よっしゃあ~! これぞ男の肉料理やないけ!」

 テーブルにドーンと運ばれてきた肉汁たちを眺めやりながら、僕は快哉を叫んだのであった。

 牛汁、豚汁、馬汁、あひる汁──。沖縄本島中部、読谷村の渡久地にある中川牧場食堂のいずれ劣らぬ名物料理である。

 この異種4品の肉汁を藤井誠二氏、普久原朝充氏とシェアしながら食おうというのである。それにしても豪快すぎる。いずれの汁も大ぶりにカットされた肉がバスンバスンと息苦しいほどの密度で重なりひしめきあい、なにかこう、たぎっているようにも見えてしまう。

 藤井氏と普久原氏もその光景に圧倒されたようで、「む〜」とか「う〜」とかうなりながら、それらを目で追っている。

 それもそのはずなのである。牛、豚、馬、あひるの肉汁が丼に盛られて一堂に会すシーンなど、ごくフツーの人生を歩んでいれば、まず目にすることなどないからだ。

 

okinawa10_1中川牧場牛汁

気迫に満ちた牛汁

 

okinawa10_2中川牧場豚汁

続いて、具だくさんの豚汁

 

okinawa10_3中川牧場馬汁

筆者の大好物、馬汁。帰り際に馬刺しもブロックでも購入した

 

okinawa10_4中川牧場あひる汁

全員が旨さに感動した、あひる汁。コリコリした食感は昔のカシワ肉のよう

 

 それにしても気迫に満ちた盛りつけである。なにやら畜肉たちが織りなす前衛アートを目の当たりにしている感すらある。

「どいつもこいつも肉ヅキならぬ、肉ヅラのいい汁ですね」 

 藤井氏が肉汁たちの第一印象を捉えてそういった。的確な表現といっていい。こういう珍景なればこそ、より目が冴えてくるのだろう。

 ヌラヌラとぬめる牛の表皮、不気味な姿をさらけ出したアヒルの毛穴、電灯の光に官能的に照り映える豚の脂肪、活断層が面陳されているような馬肉の節目……。肉ヅラを巨細に眺めていると、肉全体よりも肉の微細な部位のほうについ目が行ってしまう。

「抽象画を見る思いがします」

 普久原氏は肉汁をそのように例えた。なるほど、沈着冷静な彼らしい指摘である。その意見にうなずきつつも、僕の頭のなかには密教寺院で見かける紋様が浮かんでいた。

「これはまさに胎蔵曼荼羅の世界だな。宇宙の真理である大日如来を丼に例えれば、そのなかに浮かんでいる牛、豚、あひる、馬はさしずめ生きとし生けるものを育む母胎の化身を映したもので、……」

 などと、わけのわからぬ理屈をこねている時間はなかった。

「さあ、食べましょう」

 あっさりと藤井氏が僕のゴタクにくさびを打ち込むように宣戦布告を告げたからだ。そうして、彼は間髪入れずに豚汁の中に箸を突っ込んだのである。

 それを合図に普久原氏もあひる汁に浮かぶ肉塊に食らいついた。

 こうなっては僕も遅れをとるわけにはいかない。我が対戦相手はタウリン1000ミリグラム級の覇気でもうもうと湯気を立ち上らせている馬汁である。

「ファイトぉ! イッパーつ!!!」とばかりに僕はいちばんデカい肉をたくしあげ、ぐいと噛みちぎった。転瞬、箸先に残った半身(はんみ)は反り返り、その反動で汁の滴が中空に跳ね飛んだ。

「おのれ、こしゃくなッ!」

 こうしてテーブルはたちまちのうちに人間と畜肉たちの合戦場と化した。

 

 

少年時代の汁料理の思い出

 僕たちは4種の肉汁を交互に回しながらそれぞれの味を確かめあった。

 牛肉や馬肉は噛み込む力を跳ね返すほど歯ごたえがしっかりしている。それでいて、咀嚼すると筋目から肉の壁がほろりと崩れるといった感じで、噛めば噛むほど肉本来の味が伝わってくる。

 具の旨み成分が濃厚に引き出されたダシも出色の味だった。なかでも全員の舌を「むむむ」とうならせたのがあひる汁である。

 鶏系ならではの独特の風味があますところなく抽出されていて、なんと申せばよいのか、汁一滴の中にも越えてはならない一線を越えてしまった肉とダシの抜き差しならぬ関係が潜んでいることを痛感されられるのだ。

 とにもかくにも、いずれもただならぬ仕上がりで、僕たちは汁をすするたびに激しくうなずき、肉を咀嚼するたびにガッテン、ガッテンを繰り返したのだった。

 ついでながら、丼鉢の縁のぎりぎりまでそそがれた汁の加減も好感がもてましたな。これぞ「THE・汁料理」といった風姿で、確かに「具だくさんの汁」ではあるが、「汁だくさんの汁」でもあるのだ。おそらく二日酔いの脱水症状にはバツグンの仕事ぶりを発揮してくれるに違いない。

 とまあ、そんなことを考えているうちに、少年時代に食べていた汁料理のことがよみがえった。

 こんな肉の暴れ食いのようなことをやっているから誰も信じないだろうが、子どもの頃、小児結核を患った僕は、学童期を通じて虚弱体質であった。戦後まもない時代に開発された新薬によって結核は完治したものの、薬の副作用によってその後も食欲不振や胃腸障害が続いた。それがために、発育期に栄養がとれない状態に陥ったのである。

 自分では覚えていないけれど、週末になるときまって発熱する子どもだったということはよく聞かされた。祖父にいたっては「このままでは人間にならない」と初孫の将来を激しく嘆いていたらしい。

 そこで祖父は決断した。

──薬にたよって対症療法を繰り返すより、体質改善でいっそ体を作り替えるべきだ。

 そのような経緯があって「処方」されたのが沖縄の肉汁系の料理だったのである。親戚が養豚場を営んでいたので豚肉はたやすく手に入る。祖父にはそんな算段もあったのだろう。

 こうして、虚弱児の肉汁サイボーグ化計画が始まり、沖縄汁料理界の竜虎というべきテビチ汁(豚足を煮込んだ汁)とソーキ汁(豚のあばら肉の煮込み汁)が日曜日の朝の定番料理となった。供される量もハンパではなく、ここに掲載されている中川食堂牧場の汁物とひけをとらないものがあった。

 ただでさえ食べ物を受け付けない少年である。食べきれないときもある。そういう場合の祖父の一言がこれだった。

「具は残しても、汁は全部飲みなさい」

 豚足のコラーゲンや豚の脂身は独特の食感があって、子どもが喜んで食べるようなものではなかった。が、汁ならなんとかなる。僕は祖父の厳命を遵守した。結果的に祖父の作戦は功を奏することになる。

 小学校の高学年になると、みるみる体格がよくなり、風邪ひとつ引かない健康優良児に変身したのである。まさに「人間になった」わけだが、肉食生活が続いたために、肉ヅキまでよくなり、中学に上がる頃には小肥満型の油ギッシュボーイになっていた。

 いまふりかえると、我が家は汁家族であった。肉汁系の汁物以外にも、チムシンジ(豚のレバーと根菜を煮た汁)やイカスミ汁、魚汁、中味汁(豚の臓物を煮込んだ汁)なども頻繁に食卓に上り、さらには、虫下しに効くといわれるマクリのおつゆ(沖縄でとれる海人草という海藻を煎じた汁)、ヨモギを絞った汁まで飲まされた。

 

 

汁物=シンジムン=煎じた料理

 沖縄の汁物は「シンジムン」とほぼ同義の料理といっていい。シンジムンとは「煎じたもの」という意味で、漢方医学でいう薬膳に相当する。たとえば、前述したチムシンジは料理名に「シンジ」がそのまま入っているように、汁物=シンジムン=煎じた料理ということになる。

 シンジムンの調理法は食材を煎じるように煮ること。煮ることによって複数の食材から染み出る栄養分がより濃厚になっていく。ようするに沖縄の汁物は食材の栄養素を余すところなく抽出した料理というわけである。

 沖縄では古来、こうした料理をクスイムン(薬になるもの)と呼んだ。なかでも汁物は豊富な栄養素が含まれたエキスなので、薬効があると信じられていたのだろう。

 祖父が「汁は全部飲み干せ」と命じた理由はまさにそこにあったというわけだ

 事実、シンジムンは古くからクンチ(滋養)をつけるための料理として重宝され、体調不良や病気の予防薬として飲まれてきた経緯がある。

 祖父はおそらくそのことを体験的に知っていたかと思える。出身地の相撲大会で優勝した経験をある祖父は、西郷隆盛を小ぶりにしたような体つきで四肢が丸太のように太くがっしりしていた。

 若い頃の自分を「レスラーのような体つきをしていた」と自慢気によく話していたが、その体格を作り上げた栄養源も大好物のソーキ汁やテビチ汁だったそうな。

 僕はレスラーまではいかなかったが、祖父直伝の食生活の実践によって虚弱体質を克服することができた。薬食同源という言葉があるけれど、沖縄の汁料理はその調理法を鑑みても、その考え方や思想を最も合理的に体現した料理といえるかもしれない。

 

 

男三人、汗だくになって沖縄伝統汁物料理を食べる

 さて、『中川牧場食堂』である。その名のとおり、ここは牛、馬、ロバなどが放牧されている牧場内にあるお店で、敷地内には食肉加工販売所も併設されている。

 僕たちが食べている汁料理もおそらくその肉が使われているのだろうが、注目すべきはこの4種の料理がいずれも精肉を使っている点である。沖縄の汁物は内臓や骨まわりの肉、軟骨などの部位が使用されることが多く、精肉だけで調理されているのはめずらしい。

 僕自身、馬の精肉を汁物で食べるのは初めてのことで、こういう料理を出す店があること自体知らなかった。

 

okinawa10_5中川牧場メニュー

『中川牧場食堂』の店内の壁に貼られたメニュー

 

 それにしても、三バカの食いっぷりは猛々しい。巷間いわれるように肉は人を獰猛(どうもう)にさせるのか、益荒男(ますらお)と化した男どもは血湧き肉躍る汁合戦を展開している。

 酒づきあいがよすぎて、毎日が二日酔い気味という藤井氏は五臓六腑に栄養価の高い汁を大量にぶち込んで血中アルコール濃度を下げるという戦法に出たようだ。残存しているアセトアルデヒドを毛穴から大気圏の果てまでに放つような勢いで、あれもこれもと4種の汁を交互にあおるようにズズズイと飲み干していく。

 普久原氏は初めて食べるあひる汁がお気に召したようで、「臭みがないです!」「うまいです!」「舌からウロコです!」などとコーフンしながら、咀嚼した肉と汁をガブガブと胃の腑に流し込んでいる。

 彼があひる汁に魅了されているのがわかるような気がした。普久原氏は子どもの頃、小児喘息に悩まされた体験があって、それが遠因しているのか現在も食が細い。その喘息に効くシンジムンとして食されてきたのが「あひる汁」なのである。彼はまさに自分が患った病の特効薬を飲んでいるわけで、あひると相性がいいのはむしろ自然なのだ。

 

okinawa10_6中川牧場あひる汁アップ

あひる汁は、沖縄ではシンジムンとして食されてきた

 

 馬肉といえば目がなく、前世が馬だったと信じ込んでいる僕はやはり馬汁で攻めまくった。馬の効能はよくわからないけれど、フランスでは病人に医者が勧める食材として扱われているというから、それなりに栄養価の高い肉なのだろう。

 あとで調べてわかったことだが、馬肉には血液をさらさらにするリノール酸やα-リノレン酸成が豊富に含まれているのだそうだ。青魚に含まれる不飽和脂肪酸の仲間で、牛や豚には含まれない成分である。

 長年の不摂生がたたり、中性脂肪が標準値の10倍と診断され、このままでは脂肪肝必至と忠告されている僕にとっては必須の薬膳料理。となれば、馬汁こそ、「よろしく頼む!」とありがたく食わねばならぬ一品ということになる。

 ま、とにもかくにも、「二日酔い」「喘息持ち」「脂肪肝疑」の男たちががん首そろえ、真昼から汗だくになって、沖縄伝統の汁料理を一心不乱にワシワシ食っている姿というのはまことにもって人生曼荼羅風で、これはこれで趣のある風景ではないかとワタクシなんぞは思うのである。

 

okinawa10_6読谷中川牧場

読谷村の『中川牧場』に併設された食堂。看板イラスト右端に描かれたおっさんが妙に面白い

 

*お店の詳細は『中川牧場』のホームページをご覧下さい→http://nakagawabokujyou.itigo.jp/

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2016年内に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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