アジアは今日も薄曇り

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#10

台湾〈10〉萬榮温泉、阿里史冷泉

文・下川裕治 写真・廣橋賢蔵 

次から次へと温泉が出現する

 疲れが溜まっていた。谷底にある栗松温泉への険しい崖道に体力を吸いとられた。猛暑がそこに追い打ちをかける。

 轆轆(ルールー)温泉がキャンセルになり、泊まった下馬民宿の標高は1500メートル。久しぶりに涼しい夜で、よく眠ったのだが、疲れは澱のように溜まっている。

 しかし台湾では、次から次へと温泉が出現する。下馬民宿から台湾の東側の幹線に出、北上の途中、冨里というエリアの役所に寄ると、

「うちにも温泉はありますよ。そこの村長を呼びましょうか」

 と話が広がる。すると村長がやってきて、案内してくれるという。小さな流れの脇を進み、水害の跡のように大きな岩が重なり合う沢の前で立ち止まる。

「ここ、登るんですか」

 村長はにこやかに頷くのだった。汗を拭いながら、沢を20分ほど歩いただろうか。小さな崖から水が湧き出ている。手で触ると温泉だった。いまは小さな滝つぼができているが、ここをしっかり掘れば、荒々しい野渓温泉になると村長さんは説明してくれるのだが。

 さらに北上し、紅葉温泉旅社に泊まり、翌日、萬榮温泉に向かった。この温泉は萬里渓に沿ってあるはずだった。入り口は西寶村。しかし村に着いても、どの方向に温泉があるのかわからない。村の人に訊くしかない。

 わかってきたことは、河原を上流に向かって進んだところにあるということだった。川歩きバージョンか……と村の中心から坂道を降り、河原に出て呆然とすることになる。

 水量が多く、川の流れが速い。はたして渡ることができるだろうか。案内役の廣橋賢蔵さんが川に入ってみた。途中まで行って足が止まった。

「体をかなりもっていかれます。流れがかなり強い。カメラをもって川を渡るのは難しいかもしれない」

 別の渡河地点を探すしかなかった。いったん戻って川の対岸から中州に降りてみた。そこを進んだが、やはり速い流れにぶつかってしまった。諦める……そんな空気が支配しはじめたが、廣橋さんは心残りらしい。台湾の全温泉に入ることを目標にしている彼にしたら、ここまできて……という思いがある。

 僕はもうひとつ、気になることがあった。それは西寶村で聞いた言葉だった。先住民族の老人だった。

「萬榮温泉? 途中でヘビが出るぞ。食べるとうまいけどな」

 きちんとした日本語だった。

 結局、廣橋さんがひとりでトライすることになった。僕と中田浩資カメラマンは2時間ぐらい待った。

「川を渡った先で、さらに激流を3回渡りました。河原を歩くこと30分。岩肌にイオウが付着しているところを発見。ロープを伝って登ると、ほどよい温度の温泉が流れ落ちていました。そこが萬榮温泉。脇に浴槽跡がありましたが、崩壊状態でした」

 廣橋さんはそこで服を脱ぎ、足と尻の部分を湯に浸したという。

 

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冬になれば、川の水量が減る。行くならその時期に

 

温泉が流れ落ちる岩肌のイオウ。温泉好きはこういうところに関心がいくらしい

 

 さらに北上した。清水断崖を越え、蘇澳の街に入った。もう台北は近い。ここにも温泉があるはずだった。

 住宅街のなかに、その温泉はあった。これまでの山のなかの、険しい道や石段をくだった温泉とは違う。

 入り口に阿里史冷泉と書かれていた。男湯と女湯が分かれている。ということは日本スタイル。裸になって入ることができる。

「非住民70元」と書かれていた。が、入浴料を払う場所がない。なんだか得をした気分で、入口の暖簾をくぐった。

 これまで入ってきた台湾の温泉とは違っていた。地下に降りていくのだ。半地下スタイルの温泉だった。

 服を脱いで、湯に触ってみる。冷たい。冷泉だから当然である。すでに入浴中のおじさんが、22度だと教えてくれた。1年中、同じ温度だという。

 体を沈める。冷たい。気温が35度を超える気温のなかにいた体が、キューンと冷えていく。これは心地よかった。しばらく入っていると、体が冷えて外に出たくなる。ときおり、上についている送風機がまわる。

 浴室内に溜まったガスを外に出す装置だという。冷泉といっても、イオウなどの成分が含まれている。浴槽に降りる階段を降りながら、イオウのにおいがしたことを思い出した。

 次々に人がやってくる。入浴というより、体を冷やしにやってくる感じだ。仕事の合間にちょっと寄って、火照った体を冷やす。そんな温泉だった。

「これはいい」

 冷泉に浸かって呟いていた。

 

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阿里史冷泉の向かいには、子供用の温泉プールもあった。こちらも実質、無料です

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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