東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#10

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈7〉

文・下川裕治

タイの鉄道乗り潰し旅、苦行は続く

 東南アジアの鉄道を完乗する──。タイからはじめたのだが、それは予想を超える苦行だった。中部タイ、イサンと呼ばれる東北タイ、そして南部タイの支線を乗り潰してきたが、まだいくつかの支線が残っていた。

 そのひとつが、バンコクから南に向かう路線の中間あたり、スラートターニーから西に向かう支線だった。終着駅はキリラットニコムである。距離は31キロほどだろうか。

 バンコクから南に向かう路線には何回か乗っている。マレーシアのバターワースを結ぶ列車に乗った回数が多いだろうか。最近はLCCを使うことが多くなり、その頻度は減ってきているが。

 バンコクのトンブリー駅から各駅停車で南下していったこともある。1日目はランスワンまで。翌日、ハジャイまで行き、そこで1泊。3日目にやっとスンガイコーロクまで辿り着いた。

 

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スラートターニー駅。緊張感に欠ける朝の点呼

 

 

タイには時刻表に載らない裏列車がある……

 この旅でひとつの教訓を得た。それはタイの列車には、時刻表には載らない裏列車があるということだった。

 タイ国鉄の公式サイトの時刻表には、タイ語版と英語版がある。その内容が違う。とくに各駅停車は、「外国人はまず乗らない」と勝手に解釈して、英語版から省かれていることがある。そういうことをしていいのか……という問題はあるのだが、そこには外国人需要がないという、勝手であっても、一応、論理はあるから、認める。

 当然、タイ語版の時刻表のほうが詳しくなるのだが、それにも載らない列車がある。

 ランスワンに着いたとき、翌日の切符を買おうと窓口に立った。時刻表では、ランスワンから南に向かう各駅停車はなく、急行や快速列車に乗るしかないと思っていた。ところが駅員はこういったのだった。

「明日の朝ならありますよ」

「はッ?」

 駅員は1枚の時刻表をくれた。タイ語の時刻表だったが、そこにははっきりと、朝の7時50分に出発するハジャイ行きが載っていたのだった。

 地元の人しか乗らない列車だから、公式サイトの時刻表に載せなくてもいい? そういうことなのだろうか。いや、公式サイトの時刻表に書き込むスペースがなかったのだろうか。悩んでしまった。しかしこういうことをやっていていいのだろうか。

 それから僕は、タイ国鉄の時刻表というものを100パーセント信用するのをやめた。駅に行けば、なにか列車はあるかもしれない。そう思うことにした。タイの国鉄がそういう時刻表をつくっているのだから、しかたのないことだった。

 

 

タイの車内販売システムはアジア一!

 しかしバンコクから南下していく各駅停車の旅は飽きなかった。車内販売が充実しているのだ。

 タイの各駅停車の車内販売は、タイ国鉄がとり仕切っていない。沿線に住む人たちが乗り込んできて販売するスタイルだ。そこにはタイというかアジアらしい流儀がある。沿線住民が、列車内で販売する許可を出すのは、列車の車掌である。

「車内で売らせてくださいよ。その代わり車内清掃をしますから」

 すぐに成立となるわけだ。車掌は仕事が減るから断る道理がない。まあ、うるさいことをいえば、国鉄職員という公務員の職権乱用ということになるのだが、各駅停車には、その種の杓子定規が入り込めないゆるい風が吹いている。

 車掌は次々にいい寄る車内販売住民を断らないから、その数は増え、車内販売同士の競争がはじまる。こうして車内販売の食べ物の逸品が生まれてくる。

 その筆頭が5バーツ、約16円のそばである。ビニールで具入り汁なしそばを包み、それを新聞紙でくるみ、割りばしが添えられている。そばはしっかりと香辛料が効いていてなかなかの味。量は少ないが、5バーツと聞いて、つい頼んでしまう。

 次いで10バーツ丼である。バナナの葉で舟型の容器をつくり、そこにご飯を入れ、上からグリーンカレーやレッドカレーなどをかけてある。さまざまな具載せ丼をトレーに並べて売り歩くのだ。

 列車旅、とくに各駅停車は時間がかかる。暇なのだ。その隙間に、すっと入り込んでくる値段設定と量なのだ。この列車に乗ったのは5年前。そばや丼が値あがりしていなければいいが。

 しかし沿線住民の車内販売にはひとつの弱点があった。その日のうちに家に帰らなければならなかった。そこで、西村京太郎ばりの時刻表トリックを使うことになる。

 それを目撃したのは、ランスワンを発車してから5時間ほど進んだバンコンハットという駅だった。僕らが乗る列車の物売りが、次々に列車から線路の上に降りはじめた。すると反対側に逆方向に向かう列車が入線し、そこからも、物売りが次々に降りた。

「なるほど……」

 彼らは待ち合わせを利用して、逆方向列車に乗り移る。こうすれば夕方には家に戻ることができる。

 欠点ばかりが目立つタイの列車だが、物売りたちはアジア一ともいえる販売システムをつくりあげていた。 (つづく)

 

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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