風まかせのカヌー旅

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#10

ウォレアイ滞在記3 超エコ!? 天然の水洗トイレで転がる

パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム

 

文と写真・林和代

 

 

 

IMG_1011

 

 ウォレアイ島に着いた最初の夜、シルビアのお宅で寛いでいると、不意にエリーが言った。

 「トイレ行きたくなっちゃった」

 そうだった。実は、離島に来た外国人女性にとって、最重要課題がこのトイレ問題なのだ。

 家人が寝てしまう前に聞いておかねば。

 あわててシルビアに尋ねると、彼女は案内するわ、と立ち上がった。

 家族が集う東屋風のリビングの前を通り過ぎ、二本のヤシの木の間に張られた洗濯物干用のロープをひょいとくぐったシルビアは、リビングを迂回する格好で、背後に広がる暗い森の中に分け入った。

 草を踏み固めただけのケモノ道。そんな小道を10メートルほど歩くと、シルビアが言った。

「あそこにバナナの木があるの、見える? あのへんで」

 

 基本的に、離島にトイレはない。近年少しずつでき始めているが、普及率はまだ2割程度。

 島の人々はふつう、バナナの木のたもとや、浜辺、あるいは海で用を足す。それは知っていたが、かつて何度か滞在したサタワルの家にはトイレがあったので、私自身、屋外トイレの経験は、あまりない。

 でも、これだけ暗ければ気にならぬ。初めての離島で微妙に戸惑うエリーに、私が先にして来るね、と言い残し、私は二人と離れてバナナの木に向かった。

 枯れ葉や雑草がいっぱいの柔らかな地面を踏みしめつつ近づいたその木は、私の身長の3倍もある大きなバナナツリーだった。

 低い位置に生えている、巻きスカートにできそうなほど大きなバナナの葉に隠れるようにしゃがみ込み、ふと見上げたら、木々の隙間からちらちらと星が顔をのぞかせていた。

 虫たちの鳴き声を聞きながら、湿った土と葉っぱのにおいに包まれて用を足す。

 うん。悪くない。

 島の女性は基本ノーパンなので小に紙は使わないが、私は使ったティッシュを、ちょっと先のくぼみにぽいと放り投げた。そこは、いつか土に返るであろう「可燃ゴミ」の捨て場になっているので大丈夫。

 このトイレ、使ってみればまるで問題ないのだが、あまりのんびりしているとお尻が蚊に食われてしまうのがちと難点である。

   

 

IMG_1664巨大なバナナの木。中央にバナナがたわわになっている。バナナの実は大事な食料であり、大きな葉っぱは食品を包んだり食器としてもよく使われる。なのだが、どこの島でもバナナの木のたもとを小のトイレとして使ったり、ゴミ捨て場にしている理由はなぞである。

 

 

 翌日の午後。私は、久しぶりに便意をもよおした。

 確か、大と小は別の場所なハズ。再びシルビアに尋ねると、やはり専用のビーチがあるようだった。

 よーし。ならばついでに海水浴だ!

 私が着替えのラバラバとタオルを用意していると、エリーが何してるのと尋ねて来た。

「プープー(大)をしに、専用ビーチに行くんだよ」

「えっ!? やだ私、ゆうべあのバナナのところでプープーもしちゃった! どうしよう!」

「大丈夫だよ。気にしない、気にしない。きっと大きなバナナがなるよ」

 私がそういっても、ああ、せめてちゃんと葉っぱを被せてくればよかった、と無声音でうろたえるエリーはなかなか可愛らしい。

 

 炎天下、シルビアに連れられた我々は、メインロードを歩いた。ひたすら歩いた。 

 そして約20分。ぐったりし始めた頃、ようやくたどり着いたのは小さな白砂のビーチ。

 数十メートルむこうに隣の島の岸辺が見える。島と島の間には、セルリアンブルーの透きとおった海が、太陽を浴びてきらきらと輝いていた。

 私たち以外誰もいない。私はすかさずTシャツと下着を脱いで、ラバラバひとつになった。

 離島に来た途端、不思議なくらいあっさり外で脱げる自分になっていることががちとこわい。

 

 

IMGP0853島では主に朝夕、海に入る。トイレ、お風呂、洗濯、夕涼みなど、いろんなことをする。

 

 

 私は、水しぶきを上げながら海へと入った。

 灼熱地獄ウォーキングをした後だけに、ヒンヤリした水が心地よい。

 海底の白砂も、すこぶるなめらか。

 シルビアたちともかなり離れた。ではそろそろ。

 私は浅瀬でしゃがみ込んだ。すると、あら、あらら。

 強い流れを受けて、私の体はあえなくころんと転がった。

 島と島に挟まれた水路のせいか、その海は、まるで川のようにびゅんびゅん流れていたのだ。

 流れに対して真っ正面に向いたり、真横に向いたり、様々な体勢で挑んでみるも転がるばかり。

 首まで浸かると深すぎるのか。

 そこでやや浅い方へ移動し、再度しゃがんでみると、胸まで水に浸かる深さ。これならいけるかな。と思ったのもつかの間、おっとっと。転がりはしないが、安定して踏んばることができない。そんな風によたよたを繰り返すうち、気がつけばビーチの端まで流されていた。振り向くと、深い外海がすぐそこに!

 こんなことのために大海原に流されて救助、なんて失態を演じるわけにはいかぬ。

 私はあわてて立ち上がり、歩いてビーチ半ばまで戻りつつ、白砂の海底を注視。そしてようやく死んだサンゴの固まりを一つ発見した。これにつかまればいけるハズ。

 ただ、そのサンゴは表面はとげとげしており、素手でしっかりつかめるのは根元だけだった。そこをつかむと、顔が水没するが致し方ない。

 私は大きく息を吸って止めると、サンゴの付け根をがしっとつかみ、水中に没し、ふんばった。

 すると……おお!

 ものの数秒で、事は成し遂げられた。

 すぐに顔を上げて振り返ったが、強い流れのおかげで、プープーの姿はどこにも見えない。

 皆様がご存知かどうか分からぬが、プープーは海に浮く。だから流れがないところで致すと、その場にぽっかり浮かんで漂い続ける。うっかりすると、移動する私について来ることもある。

 そういう意味において、この海はまさに、広大なる天然の水洗トイレなのだ。

 


IMG_0973ウォレアイは、いくつもの小さなサンゴ礁の島が輪っか状に集まる環礁である。そのため、写真のような島と島の隙間があって、そこが激しい流れを生む水路となる。文末の囲みにウォレアイ環礁の衛星写真リンクがあるので参照されたし。

 

 清々しい気分で海から上がると、エリーがまるで濡れていない事に気が付いた。

 なんでも彼女は海に入らず、ビーチ際の岩陰で致したらしい。

 島の流儀としては、これも正しい。満潮になれば、波がすべてを洗い流してくれるから。

 しかし、私にはこんな思い出がある。

 サタワル島でビーチを散歩していると、急に誰かがフェンニガット(うんち)! と叫び、そこに落ちてるから踏むな、と、まるで危険物か何かのように激しく注意喚起されることがよくあった。

 その記憶のせいか、自分のモノが誰かに目撃されることに抵抗があった。別に名前が書いてあるわけじゃないが、できることなら誰にも見られず、踏まれることもなく、さっさと遠くへ流してしまいたい。

 そんな私にとってこの専用ビーチはたいへん正しいのだが、いかんせん遠すぎると思う。

 けれど、これもまた離島ライフなのである。

 

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*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/


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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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