ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#10

ヴァッレ・ダオスタ/モンブラン・トレイル(前編)

文と写真・田島麻美

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 3月末、時計がサマータイムに切り替わると、周囲のイタリア人たちがそわそわし始める。「夏のヴァカンスどうする?」というフレーズが挨拶がわりになって来るのもこの時期だ。イタリアには美しいビーチが無数にあり、最初の数年は私もイタリアの海に夢中になった。しかし、年々騒々しくなるビーチと温暖化で上昇する一方の気温に辟易し、最近はもっぱら「もっと涼しい山の上で、静かなヴァカンスを」と切望するようになった。
 スイス、フランスとの国境には、世界に名だたるヨーロッパアルプスが連なっている。中でも最高峰のモンブラン、モンテローザ、そしてマッターホルンなど名峰の麓にあるヴァッレ・ダオスタ州は『天国に一番近い州』とも呼ばれ、自然の美しさには定評がある。夏山のヴァカンスの魅力の数々を、今回から二回に渡ってご紹介しよう。 

 

夢にまで見た憧れの避暑地クールマイユール

 

 

   

 「夏の高級避暑地」として有名なクールマイユールは、ヨーロッパアルプスの最高峰モンテ・ビアンコ(フランス語でモンブラン)の麓にある。ローマからまずはミラノへ移動し、ミラノから高速バスを乗り継いでクールマイユールに着いたのは夕方。家を出てからほぼ8時間が経過していた。バスターミナルには、イタリア人、フランス人、カナダ、オランダ、アメリカ、オーストラリアなど、実に国際色豊かな人々が集っている。誰も彼もよく履き込んだトレッキングシューズにトレッキングポール、そして重そうなリュックといういでたちで、「さぁ、登るぞ!」という気合いに満ちている。
 案内所でもらった地図を頼りに中心街を目指して歩き始めると、いきなり急な登り坂が現れた。登山用の装備を詰めたキャリーバッグとリュックが重い。最後の階段を登りきると頭がクラクラしてきた。こんなんで、明日からあの山に登れるだろうか…? 登山ビギナーの私は不安でいっぱいになりながら、背後にぐるっとそびえる4000m級の山々を見渡して途方に暮れる。後からのんびりと歩いて来た相棒は、そんな私を横目で見て言った。
「そんなに急いで歩いちゃダメだよ。ここはもう標高1200m以上の高地なんだから」。
 それを先に言えよ! 中心街と聞いてローマやミラノと同じような街を想像していた私は、標高のことなどこれっぽっちも考えていなかった。
 街のメインストリートは、のんびりとそぞろ歩きを楽しむ人々で賑わっていた。小さな子どもや犬を連れた人たち、お年寄りたちも皆マイペースでまったりと歩いている。端から端まで、のんびり歩いても15分ほどの小さなメインストリートだが、さすが高級避暑地らしく小粋なブティックやカフェがぎっしりと軒を連ねている。ウィンドーショッピングだけでも十分に楽しめることを確認し、ホテルに向かった。

 

 

 

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クールマイユールのメインストリート。街のどこからでもアルプスの雪山が見渡せ、爽快な気分を味わえる。

 

 

 

モンブラン・トンネルとシャモニー

 

 

   

  クールマイユールを拠点に周囲の山々をできる限り制覇しようと目論んでいた私たちだが、山の天気は変わりやすく、生憎の雨に見舞われた。ヴァカンスは始まったばかり。ここで無理して見知らぬ山道を歩いて怪我でもしたら、残りの日々を楽しめなくなる。その日1日をどう過ごそうか悩んでいた時、ハッと思い出した。
「確か、お隣フランスのシャモニーに行くバスがあったはず!」
 急いで案内所でもらったガイドを調べると、あったあった! モンブランはイタリアとフランスの国境にそびえていて、両国を結ぶモンブラン・トンネルを使えば1時間ほどでフランスへ行けるのである。「今日はシャモニーでショッピングに決めたわ!」と小躍りする私を呆れ顔で眺めていた相棒は、小さなため息をひとつつくと渋々腰を上げた。

 


 

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(上)クールマイユールのバスターミナルから出ているシャモニー行きバス。チケットは往復で購入しておくと便利。(中)イタリア・フランス国境の検問。車中でパスポート・コントロールがある。(下)モンブランの中を通るトンネルは全長約12キロ。渋滞がなければ30分ほどで通り抜けられる。

 

 

 「国境の長いトンネルを抜けるとフランスであった」。
シャモニーのバスターミナルに降り立った時、日本文学の名文を思わずつぶやいた私を相棒は怪訝そうに見つめ、「ケ !?(なに?)」と詰問した。まったく、情緒も感動もあったもんではない。子どもの頃、テレビの旅番組で「ヨーロッパ人の優雅な高級避暑地」として紹介されていたクールマイユールとシャモニー。雄大なアルプスの雪山、色とりどりの花々で飾られた山小屋のバルコニー、サングラス姿で太陽を浴びながらテラスでワイングラスを傾ける美しいマダム。ずっと憧れていた光景が今、目の前に広がっている。ああ、なんて素敵なんだろう! バスで1時間ほど移動しただけなのに、シャモニーの街はどこもかしこも「フランス」の空気が満ちている。フランスだから当たり前なのだが、物理的な距離が短いがゆえにイタリアとフランスの文化の違いがより明確にわかり、日帰り海外旅行気分を味わえる。
 

 


 

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シャモニーのメインストリート。おしゃれなブラッセリーやフランスの高級ブランドのショップが並ぶ。

 

 

 

  イタリアよりもずっと軽やかな印象の街並みに感激しつつ、小雨の中ウィンドーショッピングを楽しむ。そろそろ小腹が空いてきた。どこかで軽めのランチを取ることに決め、川沿いの可愛いビストロに席を見つけた。
「ボンジュール」メニューを持って来たキュートなウエイトレスの声に、我々二人は凍りついた。しまった。フランス語、わからん!!
「あ〜、ブォンジョルノ。イタリア語、わかります?」と聞いてみたが、素っ気なく「ノ」と言われた。慌てて英語でその場をしのぎ、とりあえずメニューを受け取る。表記は全てフランス語…。どうしようかと思案していた我々の隣に、幸いシャモニー在住のイタリア人女性がいた。「あの、簡単なパニーノとビールを注文したいんですけど」と助けを求め、お隣の女性にバゲットサンドとビールを注文してもらった。ほっ、これで一安心。
 アボガドやトマト、レタスとベーコンを挟んだバゲットは焼きたてでパリッとした食感がたまらない。本場のフレンチフライをつまみつつ飲むビールも最高。澄んだ山の空気の中で食べる食事はこの上なく美味しい。
 通りを歩きながら見て来たお菓子屋さんのウィンドーが気になっていた我々は、食後のカフェはパティスリーで楽しむことにして場所を移動。フランスのお菓子はイタリアのそれと比べると見かけからしてとても洗練されている。味もただ甘いだけではなく、フルーツの酸味や隠し味のほろ苦さなど、様々な風味が絶妙なハーモニーを醸し出す。店先で見かけて一目惚れした「アルプスのベリーのタルト」は、まさにフランス菓子の王道を行く出来栄えで、普段はドルチェに食指を動かさない我々もすっかり虜になってしまった。
 

 

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(上)パリッとしたバゲットと新鮮な食材がヘルシーなバゲットサンドはフランスならではの味。(下)山のベリーをふんだんに使ったタルト。甘さ控えめの上品なドルチェ。

 

 

 

モンブラン山頂を間近に見られる「スカイウェイ」体験

 

   雨のシャモニーの翌日は、一転して快晴。こんな上天気の日に絶対に見逃せないアクティビティがここにはある。クールマイユールとシャモニーを山を越えて結ぶ『Skyway』だ。2015年6月にオープンしたこの高速ロープウェイは、標高1300mのクールマイユール駅から2200mのモンフレティ駅を経由し、モンブラン山頂を間近に見られる標高3466mのエルブロンネル展望台まで一気に連れて行ってくれる。さすがにモンブランに歩いて登るのは無理だが、これなら私でも山頂を拝めると、喜び勇んで切符を買った。
 朝8時半の運転開始直後に行ったのでほとんど並ばずに乗れた。動き出すと一気に上昇を始め、周囲の氷河や谷間の風景に見とれているうち、あっという間に乗り継ぎ駅のモンフレティに到着。ここには展望カフェテリアやおみやげ屋さん、さらには高山植物を集めた植物園もある。1000mの標高差を一気に登ったので、体を慣らすためにしばし休憩。お年寄りや血圧が不安定な人は、最低でも30分ほどの休憩をとって体を慣らしておかないと、展望台で高山病になる危険があるというから注意が必要だ。

 

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Skyway乗り場までは、クールマイユールのバスターミナルから市バスで。360℃回転しながら上昇するロープウェイ。渓谷の絶景やアルプスの氷河など、息を呑むパノラマが楽しめる。
 

 

 


 最終地点の展望台まで、アルプスの大パノラマを楽しみながら登って来ると、眼下は一面の雪景色。8月上旬とはいえ、ここの標高は3466m。展望台の気温計は−7℃を指していた。寒さでかじかむ手をこすりつつカメラを片手にオープンデッキへ出て、思わず「うわーっ、すごい!きれい‼︎」と叫んだ。
 ヨーロッパアルプスの女王、4810mのモンブラン山頂が目の前に神々しくそびえている。真っ白な雪をいただく雄大な姿は、どれほど眺めていても見飽きない。うっとりとその美しさに見とれていた私だが、10分もすると背筋がゾクゾクして来た。やはり氷点下に軽装では長時間は耐えられない。
 少しだけ屋内で暖をとった後、今度は反対側の展望デッキに出て息を飲んだ。快晴に恵まれた幸運に心から感謝!そこに広がっていたのは、荘厳なアルプス山脈を180℃見晴らせる圧巻の大パノラマだった。左手前方に見えるのは、鋭利な山頂が雄々しいマッターホルン。その右隣には、夕陽でバラ色に染まることからその名がついたスイスの最高峰モンテ・ローザ。ぐるっと山脈を目で追って行くとグラン・パラディーゾの姿も見える。凍える寒さもしばし忘れ、空の上からしか望めないだろう絶景を目と心に焼き付けた。
(次回、いよいよモンブラン・トレイルのコースを歩きます。お楽しみに!)
 
 

 

 

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(上)標高3466mのエルブロンネル展望台。真夏でも気温は氷点下、防寒具は必須アイテム。(中)4810(最新の調査では4808)mのモンブラン山頂が間近に。その大迫力は圧巻。(下)アルプス山脈の大パノラマ。左手奥に見えるのがマッターホルン、その右手の雪山はモンテ・ローザ。


<参考サイト>

・「ヴァッレ・ダオスタ自治州観光局」オフィシャルサイト  http://valledaosta.jp/index.html

 


・「Skyway Monte Bianco」  http://www.montebianco.com/
 

 

 

 

 

 

 

 


 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマからミラノ、トリノまでユーロスター。クールマイユールまではそこから高速バスで3〜4時間。
 

      

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は4月27日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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