ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#09

新たな日本茶をつくる旅1−静岡と沖縄をつなぐ

ステファン・ダントン

 

                                                                                         

 

 

はじめての沖縄へ

 

 

   2010年の2月、東京の冬らしくどんよりグレーに曇った空を見上げながら、私は羽田空港に向かっていた。寒い朝だった。目的地は、初めての土地、那覇。2月といえども暖かいだろうと予想していたから、機内で着席したらすぐに着ていたジャケットをカバンに詰め込んでシャツ一枚になった。かわりにかばんからは愛用のシステム手帳を取り出して、今日これから会う人のことや話すことを考え始めた。
 

 

2月の沖縄はシャツ1枚で のコピー

2月、シャツ1枚で沖縄を訪れる。

 

 

 

 

静岡空港と那覇空港をつなぐお茶
 

 

   

 

 那覇へ向かったのは、新たにつくったフレーバー茶「黒糖ほうじ茶」をプレゼンするためだった。

 さかのぼること3ヶ月。2009年12月、沖縄県からかかってきた電話がきっかけだった。
 「富士山静岡空港が開港したのはご存知だと思います。那覇空港との直行便が就航することを記念して独自のお茶をつくっていただけないでしょうか? サラゴサ国際博覧会のために開発された「サラゴ茶」は、緑茶とバレンシアオレンジのフレーバーを組み合わせて、日本とスペインのつながりを表現されていたと思います。そのような形で静岡と沖縄をうまくつなげるようなオリジナルのお茶をつくってほしいのです」
 私の答えはもちろん、「わかりました。考えるよ。いつまで?」
 「来年の2月には、沖縄県庁でプレゼンできるようにお願いします。それと、製品はスプレータイプの粉茶と決まっていますが、緑茶でもほうじ茶でもかまいません」
 「スプレータイプの粉茶ってなに?」と疑問を持って調べると、抽出したお茶を瞬時にフリーズドライする製法で、水やお湯に非常に溶けやすいようだ。

 開発期間は限定されていた。さらにこれまで経験のなかった粉茶を製品化するというルールも設定されていた。だからこそおもしろかった。日本茶で沖縄と静岡をつなぐ。そのための一番魅力的な組み合わせをつくるゲームのようだった。
 私は考えた。
「沖縄の特産といえば何がある? パイナップルやシークワーサーといった南国の果物? あるいは黒糖? 泡盛もある」
 お茶はどうしよう。
「果物と組み合わせるなら緑茶がさわやかだろう。まったりした甘さの黒糖に負けないのはほうじ茶か、あるいは紅茶かもしれない」
 沖縄の碧い空と海を思い浮かべながら、静岡の人も沖縄の人も笑顔でそのお茶を飲む様子を想像しながら、ありとあらゆる組み合わせを考え、試してもみた。急須で出して湯のみに注いだときの色と香りと味はどうか、水出しにしてグラスに注いだときの様子はどうだろうか。
 試行錯誤の結果、最終的に「粉茶にするならば、花びらやドライフルーツは使えない。シンプルでインパクトのある香りと色と味を求めるなら黒糖とほうじ茶が最高だ」と考えて「黒糖ほうじ茶」に決めた。
 アイディアを形にしてホッとした私は、冷たくした「黒糖ほうじ茶」をグラスに入れ、泡盛を加えてみた。黒糖の甘い香りとほうじ茶の香ばしい味わいと、泡盛。合わないはずがない。そこに糸唐辛子を浮かべると、ピリッとひきしまる味。海藻のたゆたう沖縄の海底のようなイメージのカクテルができた。
 「これから向かう沖縄の風土の中でこのお茶は活きるだろうか? 沖縄の人は、このお茶を気に入ってくれるだろうか?」
 

 

 

 

黒糖ほうじ茶をグラスに入れて糸唐辛子を入れると力強く涼やかなカクテルに

糸唐辛子を入れた黒糖ほうじ茶。

 

 

 

那覇の空気と「黒糖ほうじ茶」

 

 

  

  那覇空港に到着すると、少し湿り気のある空気に南国独特の甘い花の香りが混じった匂いを感じた気がした。空港というのは独特な空間で、世界中ほぼ似通ったような金属質の空間に、空調でコントロールされた独特の空気が流れている。荷物を受け取って空港出口にはりめぐらされたガラスの向こうに、その土地の空や緑の中に人々の往き来する様子が見えたとたん、外の、その土地の空気や匂いが濃さを増す。どこの国のどこの空港でも一様に見える空間の外側の、その土地の特徴を感じ始めるこんな瞬間が私は大好きだ。
 空港から表に出ると、2月というのに広がる青い空と色とりどりの花が目に飛び込み、海風の中に甘い香りが漂っていた。
 まちの雰囲気も知りたかったし、お腹もすいていたから、腹ごしらえをしようと入った民家のようなレストラン。南国らしい庭園を望む庇の深い縁側に腰を落ち着けたら、ビールを一口。オリオンビールはあっさりとして爽やかで沖縄の空気にぴったりだ。
「濃厚な酒よりこんな味わいが沖縄には合うのかもしれない」
東京では見かけない魚の唐揚げをメインに海藻のスープや豚肉の炊き込み御飯といった沖縄料理の定食を、「黒糖ほうじ茶もこの料理に合うよな」、と確認しながら頬張った。
 
 

 

 

 

那覇での最初の一口はオリオンビール

 

那覇での昼食

上/那覇に着いて最初に口にしたオリオンビール。下/那覇での昼食。

 

 

 

 

 昼食後は、散歩だ。高台の首里城からまちを、海を見渡す。日本の本土とも、アジアの他の国とも違う南国のまち。青い空と海に挟まれた濃い緑と赤い瓦。湿った風と甘い香り。

 

 

 


       

首里城から海を見る のコピー

首里城から眺める碧い海と空。

 

 

 

 

   その夜、国際通りで入ったスナックでは、まちの人と泡盛でもりあがった。私は初めてのまちの夜はスナックで過ごすことに決めている。地元の人とリラックスしながら話ができて、そのまちの様子を肌で感じる絶好のポイントだからだ。
 翌朝、スナックでのリラックスした沖縄から一転、沖縄県庁へ向かった。この度の目的、県庁での「黒糖ほうじ茶」のプレゼンだ。県の関係者に向けて、静岡のお茶について、沖縄の特産品について、それらを結びつけることで新たな特産品をつくる意味、そして今回開発した「黒糖ほうじ茶」についてレクチャーした。かたい雰囲気のホールで真面目に話をした後は、実際の「黒糖ほうじ茶」を飲んでもらった。もちろん泡盛入りのカクテルも試してもらった。みんなの表情がやわらかくなっていく。楽しいムードになっていく。午後は国際通りに出て道行く人にサンプルを飲んでもらった。
「甘い黒糖の香りはするけれど、ほうじ茶の香ばしさがすっきりさせてくれるね」
「あったかいお茶でもおいしいけど、冷たくすると沖縄の気候には合うね」
「泡盛とよくあうね」

 

 

 

 

沖縄県庁 のコピー

 

沖縄県庁でのレクチャー

 

沖縄県庁の試飲(泡盛カクテルも)

沖縄県庁でプレゼンし、試食をしてもらう様子。

 

 

 

 

   製品化が決まった。
 その後に作ったラベルには、この沖縄旅行でとった写真を使った。自分の感じた沖縄のムードを「黒糖ほうじ茶」の顔にしたかったからだ。

 

 

「黒糖ほうじ茶」のその後。
 
 その後製品化された「黒糖ほうじ茶」は、那覇空港や静岡空港で販売されるようになったのだが、市中での販売はされなかった。また、ほんのわずかな期間で販売を終了してしまったのも残念なことだった。行政主導の記念事業という性格上仕方のないことではあったと思う。「黒糖ほうじ茶」は、けして人気がなかったわけではないし、愛情を込めて開発した大事なお茶だったから、私は販売を継続しようとしたが、まったく同じお茶を生産することは事情がゆるさなかった。そこで、粉茶ではなくほうじ茶葉に黒糖の香りをのせた「コクトウ」を作った。これは現在でも私の店「おちゃらか」で販売している。
 


 サラゴサ国際博覧会での「サラゴ茶」、静岡空港開港記念事業での「黒糖ほうじ茶」の開発を通じて、地域の特産品同士を組み合わせた楽しく魅力的な商品開発のおもしろさとこつをつかんだ私は、日本のさまざまな地域で、行政や商工会や大学などとも共同し、地域独自のフレーバー茶をつくることに力を傾けることになっていく。

 

 

 

                      

                         

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回公開は8月21日(月)です。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。2017年路面店オープン予定。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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