越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#09

ラオス・ボーテン~中国・モーハン

文と写真・室橋裕和

 

  のんびりとしたラオスから中国に入ると、一気に世界が荒々しくなる。中国パワーに揉まれながら国境を越えて、雲南省の奥地を目指す。

 

 

ラオス側の国境の街、ボーテンの光と影

 ラオス北部の街ルアンナムターをバスで出発して、1時間ほど山中を走ったろうか。「雲南」と漢字で書かれたナンバープレートをつけたトラックが目立つようになってきた。道路標識もラオ語に英語と中国語が併記されている。
 やがて中国資本と思われる工場や商店が増え始め、中国からの物資を満載した大型トラックがあふれるようになり、漢字がラオ語を圧倒していく。
 国境まではまだ20キロほど手前なのに、中国は完全にラオスを侵食しているのだった。貿易のトラック運転手たちが利用する施設が点在し、いくつもの街を形成しているが、もちろん中国人の経営だ。ゲストハウス、雑貨屋、ランドリー、保険会社、金貸し、修理工、ガソリンスタンド……さまざまな店が並ぶが、ラオス人の姿はわずかばかりだ。
 国境まで5キロほどの場所には、ラオス側の税関が設置されているが、ここはトラックが集まる巨大ターミナルのようになっていた。税関のチェックを受けたトラックが、続々とラオスに走っていく。その先にはベトナムもあるし、2013年に開通した橋を越えればタイだ。インドシナ半島と中国の結節点であるこの国境は、まさに物流の道として機能していた。

 

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ラオス北部ではとにかく中国から来るトラックが多い。逆に中国に向かうトラックは少なく、両国の国力の差を見る思いだ

 

 しかし活発な貿易の一方で、ここにはゴーストタウンも広がっている。ラオス側の国境の街ボーテンは、ホテルやレストラン街、マンションなどが無人のまま放置され、廃墟マニアが喜ぶ裏テーマパークとなっているのだ。
 発端は2000年代前半のこと。ラオスは国内の国境地帯に経済特区を設置し、外国企業の誘致を始めた。特区内では関税や所得税の減免、工業用地の賃料の割引などの優遇措置が受けられるとあって、南部のサワンナケート国境では日本のトヨタ紡織が進出し話題になった。
 そしてこのボーテンでは、中国企業がカジノタウンを建設したのだ。バクチが大好きな国民性なのに(それゆえに?)中国国内で賭博は違法。それならば国境を越えた先で、とカジノをつくったところ、これが大当たりした。リゾートホテルや大型免税店があっという間に立ち並び、投資用のマンションまでもがラオスの山深い国境地帯につくられたのだが、観光客の急増は治安の悪化も呼んだ。ドラッグや売春が横行、暴力事件が多発し、とうとう殺人まで起こった結果、カジノは閉鎖された。あとには撤去の見通しすら立たないビル群が残されたというわけだ。
 ピンクやレモンイエローの派手な建物が山の中に佇む姿は実にシュールだ。どれもこれも不気味に沈黙しているのだが、ときおり何をしているのか暮らしている様子の中国人も見かける。そして廃墟の中でたくましく営業している食堂もあるのが中国人のタフなところだろう。トラックの運転手あたりが立ち寄るのかもしれない。もちろんラオ語はいっさい通じないが、1杯10元(約160円)の麺を食べて気合を入れ、国境を目指す。

 

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打ち捨てられたピンクビルでは廃墟探検が楽しそうだ

 

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一見すると普通のビルに見えるがすべて無人で内部は荒れ放題

 

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閉鎖されたカジノのひとつ。周囲にはマッサージ屋やレストランの残骸が

 

 

無国籍地帯を歩き、中国側のイミグレーションへ

 ボーテン国境は黄金の仏塔を模した堂々たるゲートだった。トラックの排気ガスにまかれつつ、仏塔の内部にあるイミグレーションに向かう。出国スタンプをいただき、両国の間に広がる300メートルほどの無国籍地帯を歩く。国境線を示す石碑では念入りに写真撮影を行った。
 そしてスキーのジャンプ台みたいな巨大で奇抜なデザインの中国側イミグレーションが見えてくる。ハコモノはあくまででっかく。中国の様式美である。
 ブースで出迎えてくれたのは、かわいい中華美人だった。幸先がいい、とパスポートを差し出してみたのだが、どうにもチェックに時間がかかる。シブい顔をしてしきりに触っているのはパスポートの増補部分だ。国境マニアはパスポートにハンコやシールがたまっていくことに喜びを感じるのだが、次第にページが埋まっていく。そこで日本大使館などで予備のページを付け加えてもらうわけだが、それを偽造かなにかと疑っているようなのだ。
「○×#△□×!」
 美人ちゃんは中国語で何事かまくしたててくるのだが、さっぱりわからない。国際国境で外国人を相手にしても英語ひとつ使わないところに「あ、中国に来たんだな」と実感する。「あのですね、この部分は……」説明をしなくてはと思い、カウンターに手を伸ばしてパスポートを取り上げようとすると、ペンでぴしゃりと叩かれ、また怒鳴られてしまう。上官らしき男たちも集まってくる。これはまずいかな……。
 一瞬、入国拒否の悪夢も脳裏を横切ったのだが、一人の男が自信満々に頷きながらなにやら言い放つと、美人ちゃんは納得していない様子ながらも入国スタンプをプレゼントしてくれたのだった。

 

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しびれる看板。ラオス側国境ゲートをアジアハイウェイが貫いてゆく

 

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こんなハデで大きなゲートも珍しい。手前はラオスと中国を結ぶ国際バス

 

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正式な国境線を示す石碑。反対側にはラオスの表記がある


 一連のやり取りは、入国審査ブースのすぐ目の前に座り込み、エアコンの効いた館内なのに平気でタバコを吸っている闇両替の皆さんに目撃されていた。
 カモが来たとばかりに近づいてきて両替レートを示してくるのだが、どう考えたってボッタクリである。交渉をしてみるが、男女数人がかりで取り囲まれ、叫ばれ、電卓をつきつけてくる。このエネルギーとけたたましさ、ラオスとは迫力が違う。よおし、と腹に力を入れて、負けじと電卓を叩く。スマホを取り出してレートを調べ、彼らの鼻先に差し出す。
 結局いくらか不利なレートではあったが1万円を600元でチェンジすることで我々は妥結した。ようやくか……と思ったのもつかの間、連中は5枚の100元札の間に1枚の1元札をまぎれこませた6枚の紙幣を手渡してくる始末。「なんでそういうことするかな!」日本語で指弾すると、「テヘッ」とばかりにかわゆく照れ笑いをするのであった。
 入国早々すでに疲れていたが、次に立ちふさがったのはバスターミナルのお姉ちゃんであった。イミグレーションをクリアするとすぐにモーハンの街が広がっていて、街路の左右に商店街が並びなかなかに賑わっているのだが、その一角にあるバスターミナルでは、これも当たり前のように英語が通じない。
 そこでノートに漢字で「景洪」と目的地を漢字で書いてみるのだが、返ってくるのは早口の中国語。さっぱりわからず困り果てていると「ハア~」とため息をつき、スマホに夢中になってしまう。けっこう美人なのにこのシビアさ、ドMにはたまらないだろう。
 助け舟を出してくれたのは少数民族風の運転手だった。ここ雲南省は人口の3割以上が少数民族といわれている。
 モーハンからまずモンラーに行く。モンラーで乗り換えて景洪。モンラー行きのバスは13時に出る。そんなことを漢字で書いて説明してくれた。あと1時間か……と思っていると、さっさと乗れと運転手が急かす。
 そうか、時差があったんだ。ラオスと中国の間には1時間の時差がある。国境を越えると同時に1時間、時も越えていたのだ。
 時計の針を進めて、バスに乗り込む。いよいよ中国も本番だ。少数民族の里をたどりながら、いくつか国境も訪ねていく。

 

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中国側の国境事務所はなかなか前衛的なデザインだった

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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