究極の個人旅行ガイド バックパッカーズ読本

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#09

バックパッカーの旅と「自己責任」〈前編〉

文と写真・『バックパッカーズ読本』編集部

 いま現在も、治安良好とはいえない地域を旅しているバックパッカーはおおぜいいる。そんなひとりひとりが安田純平さんの事件を身をもって考えたはずだ。
 海外に出ること自体が「自己責任だ」なんて叩かれかねない風潮だが、そんな空気にめげずバックパッカーは自由に旅をしていい、するべきだと思うのだ。
 もちろん危険を回避し、できるだけ安全に旅をするに越したことはない。そのためにはどんなことに気をつければいいのだろう。タビリスタでも連載をしている旅行作家の下川裕治さんとともに考えてみた。

 

 

自己責任論に発展する国や社会がいびつ

 10月23日、3年間に渡りシリアで拘束されていたジャーナリストの安田純平さんが解放された。シリア内戦を取材中、現地武装勢力に拉致されていたもので、身代金目的の人質とだったとみられる。解放交渉がこじれ続けたために、拘束も長期化したようだ。
 この件を機に、また炎上したのは実に日本らしい「自己責任論」だった。どうしてここまでひとりの報道者を憎むことができるのだろうというバッシングの嵐は、いまも吹き荒れている。
 この自己責任論について、旅行作家の下川裕治さんはこう話す。

「海外旅行というものは基本的に自己責任。それ以外はありません。むしろ薄気味悪さを感じるのは『自己責任論』を話題にする社会とそれを抑えようとしない国家の存在です。日本という国は、海外に出た日本人を保護する能力は脆弱です。それをごまかすために『自己責任論』がある気がしてなりません。
 一時、日本にいる外国人が死亡したときの対応に、何回か立ち会いました。大使館員が来て、迅速に対応するのがアメリカとイラン。海外にいる自国民の保護という面では、アメリカはかなり高い。でも、国内で自己責任論は論議されません。以前、海外で死亡した日本人の遺体引き取りに向かいましたが、助けてくれたのはアメリカ大使館。日本大使館は棺ひとつありませんでした。
 国際化の時代と言われますが、アメリカやイランなど自国民保護能力が高い国はごくわずか。それは戦争とも関わることで、一概に高く評価できるものではありませんが。一部の国を除き、自国民保護能力に大差はありません。そのグループに日本も入ります。しかしそういう国で自己責任論が語られるという話は聞きません。自己責任論が語られる先には、日本という国家の保護回避の意図を感じます。
 自己責任は当然のこと。被害に遭った日本人を国家が保護するのは当然のこと。その能力に違いはあっても、それがスタンダードです。自己責任論に発展する国や社会がいびつだと思います」

 

01
バックパッカーの旅は自己責任だ。だがそれは他者に声高に言われるものではなく、自分の内に秘めているもの

 

 

パスポート発給費用の内訳にあるもの

 僕たちの持っているパスポートには、こう記載されている。
「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。日本国外務大臣」
 パスポートは身分証明というだけではなく、日本政府が諸外国に持ち主の身の安全と保護とを求める書面でもあるのだ。
 だが、万が一のときに救助などで日本国民の血税を使うではないか、自己責任で海外に行って事件に巻き込まれたバカのために我々の税金を使うな……という声もあろう。しかし僕たちは、パスポートを取得した時点でこのお金をすでに払っている。
 とあるツイートがバズっている。
〝あんまり知られてないけど、パスポート発給費用16,000円には邦人保護費が含まれてるよ〟(@chuanlijing
 国会においてパスポート発給費用の内訳について質疑がなされたことがあるが、これに対して「旅券法第二十条の規定に基づいて、旅券の発給に必要な直接的経費に加え、邦人の保護・援護措置等の諸活動に要する経費に当たるいわゆる効用分を勘案し、手数料の額を定めている」と、政府答弁がなされている。
 日本国政府が、邦人保護に関わる費用はすでにいただいていますよ、と言っているのだ。

 

 

2004年のイラク・バックパッカー殺害事件

「取材だろうと危険地帯には行くべきではない」と、ジャーナリストという活動そのものを否定する風潮にはもはや驚きを感じるが、そのあたりの論争はさんざん諸メディアやSNSなどで繰り返されているのでそちらにお任せしたい。僕たちが今回の件で想起したのは、2004年にイラクで殺害された香田証生さんのことだ。
 戦争の終結宣言が出されたものの、まだまだ混乱が続き、危険きわまりないイラクに、彼は向かった。そこでやはり武装勢力に拉致されるのだ。その目的は身代金ではなかった。日本政府に対し、イラクに派遣されていた自衛隊の撤退を要求した。もちろん日本としては受け入れられる話ではない。武装勢力の要求を拒否しつつ解放交渉を進めたが、香田さんは殺害されてしまう。
 彼はジャーナリストや国連などの関係者ではなかった。単なるバックパッカーだった。
 その最後の足取りを追い、下川さんは『香田証生さんはなぜ殺されたのか』(新潮社)を書いている。


02
日本以外の社会では自己責任論は起きない。日本特有の現象である

 

 

外務省の安全情報も参考にはなるが

 この事件を機にいっせいにバックパッカー・バッシングが巻き起こったのは今回と同様だ。例え危険地帯に足を踏み入れずとも「個人で海外を旅をしているだけで無自覚」なんてムチャクチャな叩かれ方をしたものだが、それから日本の世論はあまり変わってはいない。
 しかし、そんな逆風に負けずに旅をしてほしいと思うのだ。「知らない場所に行ってみたい」という好奇心は、人間の進化の原動力だ。だからこそアフリカで産まれた人類は、長い時間をかけてあまねく大陸に進出し、南米の果てまで到達したのではないか……というのはおおげさだろうか。
 もちろんバックパッカーひとりひとりに待っている家族や友人がいる以上、2004年の時点でイラクに向かうのはやはり無謀だったと思う。あれほどのバッシングに晒される理由にはまったく当たらないが、やはり自重すべきだったのかもしれない。
 そして僕たちは安田さんのようなジャーナリストではない。戦場でなにが起きているのかという興味は大切だと思うが、越えてはならないラインはあるようにも思う。
 そのヒントともなるのは外務省が発出している海外安全情報だ。諸外国でどんな紛争や騒乱、テロが起きているのか、邦人が巻き込まれた事例などが詳しく紹介されている。その危険度によって、

 

レベル1 十分注意してください
レベル2 不要不急の渡航は止めてください
レベル3 渡航は止めてください(渡航中止勧告)
レベル4 退避してください。渡航は止めてください(退避勧告)

 の4段階にわかれている。旅行会社はこの区分にしたがってツアーを催行するかどうかを決めているといわれる。
 安田さんが叩かれた理由のひとつは「こうして国からルールが提示されているのに、破るとはなにごとか」というものがある。シリアは当然ながらレベル4だ。が、これは国からの強制力があるものではない。
 それに、あまり実情を反映していないという意見もある。たとえばバックパッカーに人気の国のひとつラオスは、全土にレベル1が発出されている。だがラオスに行ったことのある人なら、きわめて平和でのどかな国であることを知っているだろう(もちろんどんな国でも犯罪はあるものだし、最低限の注意はすべきなのだが)。一方でバックパッカーも巻き込まれる強盗事件が多発している南米にはほとんど危険情報が出ていない。またレベル4の地域に行ってみても、意外に平穏だったりもする。
 とはいえ目的地を決める前に、ざっと見ておくといいのではないだろうか。バックパッカーの聖地といえるタイをチェックしてみると、その南の果てのほうにポツンとレベル3の地域があるのはなぜか。10月からビザが免除となって行きやすくなったミャンマーでも、気をつけなくてはならない地域がある。そのあたりを知るきっかけにはなる。

 

05
日本人旅行者で賑わうバンコクも、海外安全情報では「危険度レベル1」が発出されている

 

 

*本連載は月2回(第1週&第3週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*タイトルイラスト・野崎一人 タイトルデザイン・山田英春

 

 

『バックパッカーズ読本』編集部

格安航空券情報誌『格安航空券ガイド』編集部のネットワークを中心に、現在は書籍やWEB連載に形を変えて、旅の情報や企画を幅広く発信し続けている編集&執筆チーム。編著に究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』シリーズなど。

 

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