東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#09

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈6〉

文・下川裕治

タイ南部の支線鉄道旅、難所が続く

 タイの未乗車区間に乗る旅が続いている。タイ南部、カンタン駅からバンコクに折り返す列車に乗った。途中のトゥンソンまでが未乗車区間になる。予定通りに発車した列車は、午後の1時頃、トゥンソン駅に着いた。

 ここから先が難所だった。というのも、トゥンソンからナコンシータマラートに向かう列車は、朝の8時台と9時台に1本ずつあるだけだった。トゥンソンに泊まらなくてはいけなくなる。しかしトゥンソンから未乗車区間がはじまるカオチュムトンまではそれほど距離がなかった。

「きっとバスがある」

 トラック型のソーンテオというバスになってしまうかもしれないが、なにかしら交通手段があるような気がしたのだ。

 カオチュムトンからナコンシータマラートに向かう列車は、午後5時14分発である。時間は十分にあった。

 トゥンソン駅前の日陰で暇そうにしているバイクタクシーの運転手に訊いてみた。

 バスがカオチュムトンの近くまで行くようだった。となると、バスターミナルに行かなくてはならない。はじめてで怖いという妻に、なんとかバイクタクシーに乗ってもらった。

 バスはナコンシータマラート行きの赤い路線バスだった。運転手は途中のピーブンで降りれば、そこから4キロほどでカオチュムトンの駅だという。またバイクタクシーである。妻の表情がこわばったが、バイクタクシーがなければ、移動も難しいのがいまのタイの田舎だった。

 そのままバスに乗っていればナコンシータマラートに着くというのに、あえて降りなければならない。未乗車区間を乗り潰すということは、どうもそういうことらしい。

 

 

駅の窓口が閉まっている……

 カオチュムトンの駅には4時近くに着いた。

 なんとかうまくいった。

 しかし駅の窓口は閉まっていた。トイレの掃除をしていた駅員に訊いてみる。

「あの……窓口は?」

「今日は終わったけど」

「はッ?」

 そんなはずはなかった。午後5時14分発があるはずだ。時刻表をとり出した。たしかにある。よく見ると、午後3時以降、この駅に停車する列車はこの1本しかない。しかしだからといって、窓口を閉めることはないだろう。1便だが、列車はある。

 ひょっとしたら……。再び時刻表を眺めてみた。この列車はスンガイコーロクとナコンシータマラートを結ぶ各駅停車だった。

 数年前だと記憶しているが、当時の政権が一部の列車とバンコクの路線バスの無料化を打ち出した。列車の場合、一部とは各駅停車の列車の一部だった。選挙を控えた政策だと野党から非難を浴びた。その後、野党が政権をとり、やがていまの軍事政権になるのだが、一部列車の無料政策は続いていた。乗ろうとしていた列車は、無料列車だった。

 これで窓口を閉めてしまった理由がわかった。しかし困るのは外国人だった。無料になるのはタイ人だけだったのだ。

 そう駅員に伝えた。ほどなくして駅長らしき人が出てきた。ズボンは制服だったが、すでにTシャツに着替え、すっかりくつろいでいる雰囲気だった。

 悪いことをいってしまった。黙っていれば無料で乗ることができる列車である。駅員にしても、黙っていればすむことだ。もう仕事はしたくない。駅長は口を開いた。

「本当に乗るのか」

 そういわれても困る。この列車に乗るために、僕ら夫婦は日本からやってきたのだ。

 思いだす言葉があった。この駅まで乗せてくれたバイクタクシーのおじさんだった。駅に着くとこういったのだった。

「本当に乗るのか。バスのほうが快適だよ」

 真顔で心配してくれた。

 なにかある……。

 

ローカル線の無料化政策の果て

 駅長は窓口を開け、切符を売ってくれた。ナコンシータマラートまでひとり8バーツ、約28円である。申し訳ないと頭をさげた。

「本当に乗るのか」

 その意味がわかったのは、30分遅れでやってきた列車に乗り込んだときだった。ごみが散乱していた。木製の椅子だったが、壊れているものが多かった。貧しそうな客ばかりだった。髪の毛を染めた若者は不良のにおいがする。おじさんは勝手にたばこを喫い、吸殻を床に捨てた。

 ひどい列車だった。

 無料ということは、列車のなかに流れる規約を崩してしまう。おそらく車掌も掃除の職員も乗っていないのだろう。無料列車である。タイ国鉄も経費をかけたくはない。

 タイ人という民族は、やらなくてもいいことはまずやらない。無料になったとたん、列車とか駅に流れるある種の張りつめた糸が切れてしまっていた。

「下流列車」

 吹き込む風でごみが舞う車内で呟いていた。ナコンシータマラートまでの駅はほとんどが無人だった。駅舎の屋根は抜け、壁の板もない駅舎……。見てはいけないものを見てしまった気がした。

 列車の無料化は、タイのローカル線を荒廃させていた。      (つづく)

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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