京都で町家旅館はじめました

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#09

「楽遊」界隈のお話

文・山田静

 

 明けましておめでとうございます!

 大晦日と元旦はおかげさまでわが宿の1畳の管理人室で夜を明かした私ですが皆さんお元気ですか!世界のみなさまにとっていいお年でありますように!(空元気)(疲労こんぱい)(眠い)

 初めてのクリスマス、初めてのお正月とまたしても季節に追いかけられながら過ごした顛末はまた次回以降に譲るとして、今回は「楽遊」界隈のお話をしたい。

 

 京都に詳しくない人が初めて当館にやってくると、「あれ?」という顔になる。というか、私がそうだった。

 なぜなら楽遊が位置する堀川・大宮五条周辺は、完全なるダウンタウンの商業地帯。五条通り・堀川通りは京都縦貫道や名神高速にも抜けられる幹線道路で、道幅が広く観光バスの乗降もしやすいため、1日じゅう自家用車、タクシー、トラック、観光バスに路線バスがびゅんびゅん通っている。道沿いには高層マンションやビルが並び、最寄りのJR丹波口駅近くにはユニクロやTSUTAYA、大型回転寿司などのチェーンが並ぶ複合商業エリアもある。東京でいうと立川あたりを思い出すような、郊外の大きめな街という風情なのである。

「ゲイシャガールはどこにいるのだ?」

 さすがにそんなことを聞いてくる外国人ゲストはいないが、狭い路地に町家が立ち並び、その合間から五重塔が……みたいなベタな古都の風情は、ぱっと見、ほぼない。

 この街並みはどうやってできてきたのだろうか。聞きかじった範囲だけれども、ご紹介してみよう。

 

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堀川五条の交差点。右に行くと京都駅、左に行くと二条城、直進すると東山。五条通りはここまでが「国道1号」、この先は「国道9号」となる。

 

 

公営マーケットがそのはじまり

 平安時代から幕末までの京都の古地図と現代の地図を比較して眺められる『京都・観光文化時代MAP』(光村推古書店)によれば、このあたりはそもそも商業地帯として発展したらしい。平安時代、当館から南に徒歩10分・いまの西本願寺の場所には「東市(ひがしのいち)」、庶民の暮らしを支える公営のマーケットがあった。朱雀大路(丹波口駅あたりを南北に通っていた)を挟んだ反対側には「西市(にしのいち)」もあったが、西京(右京)が衰退するとともに廃れ、東市が中心となったようだ。

 ちなみに東市の伝統を受け継いだわけでもないだろうが、丹波口駅に隣接する京都市中央卸売市場は、1927年に開設された日本初の中央卸売市場(何かというと「日本初」なのもまた京都)。業者用の市場だが、だいたい月に1度のペースで一般開放日があり、買い出しに来る地元の人々でにぎわう。鮮魚や乾物などのお得な売り出しはもちろん、「麩つめ放題」「魚おろし教室」など、市場ならではの手作りイベントが楽しい。開催予定は京都市のWEBサイトで確認可能で、次回は1月14日・2月18日の予定だ。

 

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中央卸売市場の一般開放日「食彩市」。鮮魚、乾物が主で、惣菜や食器類も買える。麩のつめ放題はなかなかの盛り上がりだった。

 

 

 さて話が逸れた。16世紀ぐらいになると、古地図は今の堀川五条界隈のイメージにぐっと近づいてくる。織田信長に敗れ大坂天満に移っていた本願寺が、豊臣秀吉の都市計画により現在の西本願寺の場所に移転。牛若丸と弁慶が対決した五条通りの「五条橋」は南に位置する六条坊門通りに移され、やがて六条坊門通りは「五条通り」、もともとの五条通りは「松原通り」と呼ばれるようになった。ちょっとややこしいが、松原通りで牛若丸と弁慶のマスコットキャラクターをよく見かけるのは、そんなわけなのである。そして当時、楽遊から京都東急ホテルまでは、1971年に山科に移転した日蓮宗寺院・本圀寺の広大な敷地の一部となっていた。

 幕末になると、周辺はいささかものものしい雰囲気に包まれていたかもしれない。すぐ西に位置する壬生寺は新撰組の本拠地で、彼らは最も勢いがあった時期、西本願寺を屯所としていた。さらに新撰組もよく出入りしていたという花街・島原も楽遊の目と鼻の先で、きっと隊士たちは肩で風を切ってご近所を歩いていたことだろう。ちなみに島原には今も置屋兼お茶屋「輪違屋」が残り、当時の面影は「角屋もてなしの文化美術館」で垣間見ることができる。数年前には島原太夫も復活して、観光イベントなどでもその華やかな姿を披露している。

 

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ひょこっと顔をのぞかせる西洋風の建築巡りも京都の町歩きの楽しみ。これは西本願寺に隣接する「本願寺伝道院」。もとは真宗信徒生命保険会社の社屋だったものを、僧侶の教育の道場に転用したもの。重要文化財。

 

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西本願寺は現在、伝灯奉告法要(新門主就任を内外に伝える法要)の最中。5月までは境内に「おてらカフェ&まるしぇ AKARI」がオープン。食事や買い物も楽しめる。

 

 

建物疎開で劇的に変わった景観

 五条通が今のような広い通りになったのは太平洋戦争末期のことだ。延焼防止を目的とした建物疎開で、五条通りや堀川通りでは多くの民家が移転、建物は取り壊された。

「あんときに(町内の)お地蔵さんがなくなったんやないかと……なにしろ全部壊されたから」

 ご近所の長老は言う。「文化財を守るために京都は空襲されなかった」などとまことしやかに言われるけれど、実際には空襲の被害はあり、学童疎開も行われた。亀岡や南丹波に疎開したご近所さんから、「よく畑を耕してたなあ」と、当時の思い出を聞いたことがある。

 と、まあ、そんなわけで、現在の歩道くらいの広さだったという五条は8車線に拡張され、戦後は重要な幹線道路となり、道の両脇にはドライバーが立ち寄るような食堂やガソリンスタンドが増えていった。

「高い建物もどんどんできましてなあ。昔は大文字焼もうちから見えたものやけど」

「昔はろおじ(路地)がもっといっぱいあったんやけど」

 これもまたご近所の先輩のお言葉。移転にともない大きなマンションやビルが道路脇ににょきにょきと出来たものの、ちょっと路地に入ると小さなお寺(本圀寺の関係で日蓮宗寺院が多い)や古い町家が並んでいるのは、そんな歴史があるからだ。

 こうして今の形になった現在の堀川・大宮五条界隈は、いわゆる伝統的な街並みとは異なるだけに、個性的でマニアックなスポット、あるいは昔ながらの名店が点在する場所として、知る人ぞ知る(知らない人のほうが多いような気もするがそこは気にしないことにする)エリアになっている。

 例えばクリエータービル。焼き物の町・五条坂に通じる道で、かつては焼き物や織物などものづくりの職人が多く住んでいたという五条には、今もクリエーターが集う場が点在する。たとえば楽遊のウエルカムティーの茶器を制作いただいた「うつわhaku」さんが工房兼ショップを置く集合ビル・増田屋ビルは、一見入りにくい雰囲気だが、古書店「書肆 砂の書」や家具店「HappyRock!!」など個性的なショップが入る。鯛焼きが激ウマの人気カフェ「マルニカフェ」が入る「つくるビル」はアーティストやクリエイターのアトリエやショップが集結した「つくり場」で、イベントも盛んに行われている。

 

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楽遊のウエルカムの器は「うつわhaku」製。色が異なる茶器、氷の結晶が散ったように見える小皿、どちらもとても美しい。

 

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その「うつわhaku」が入る増田屋ビル。ぱっと見、入りにくいが入館は自由。

 

 グルメも侮れない。当館の朝食に並ぶ「まるき製パン」はメディアの“京都パン特集”の常連だし、「川勝総本家」は町家の建物もかっこいい漬物の名店だ。

 京都はどこもそうだが、小さな店構えではっとするような美味を提供する店も多く、例えばご近所の定食屋「金時」はいつも「正しいご飯とはこういうことだ」と納得させられる、きちんと作られた一品一品と温かいもてなしが外国人ゲストにも好評。おでんの「すず菜」は出汁のおいしさが染みる京都らしいおでんやおいしいおつまみがずらりと並び、ホテルサイトでの当館口コミでも「おでん屋が美味しかった」と一緒に褒められているほどの(なんか人の店に便乗してるみたいでアレですけれども)評判の高い居酒屋だ。

 

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朝食に提供しているまるき製パンの惣菜パン、甘いパンはどちらも大人気(休業日は「進々堂」などやはり近隣の人気店のパンを提供している)。

 

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「金時」のポテトコロッケ定食(お造りは別)。素朴だが丁寧な味わいでどれも美味。

 

「この街ごと、フィールドとして考えるといいよ」

 開業前、楽遊の微妙すぎるロケーションや、7室しかない規模の小ささと人力の少なさでいったい素人の自分になにが出来るのかと、東京から来た客人に「すず菜」でえんえんと愚痴っていたら、その客人に言われた。

「このおでん、すごく美味しいじゃない。こんなの東京にないよ。パンも美味しかったし、面白い店もいっぱいある。これは来ないと体験できないよ。自分たちだけで何かするんじゃなくて、町全体を楽遊のフィールド、遊び場にする、って考えて、お客さんに紹介していけばいい」

「なるほどねえ」と思ったものの、そのときは具体策までは思い浮かばなかった。だが手作りの近隣マップを作ってみたり、夏祭りに参加してみたり、周囲を散索したゲストたちの声を聞くうちに、少しずつ、「ここのメリットを活かす」ことのよさがわかってきた気がする。まだ「気がする」だけだけれども。

 というわけで、今年の「楽遊」の元旦の朝食テーブルには、「金時」特製のプチおせちも登場した。黒豆、なます、卵焼きと全部「金時」のお母さん手作り。どんな名店のどんな高額なおせちよりも、楽遊らしいのではないかしらん。いや、きっとそうだ。

 眠い目をこすり盛り付けしながら、また今年もぼちぼち頑張りますかね、とやんわり気合いを入れたお正月であった。

 

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楽遊の元旦の朝。用意したのはプチおせちとちょっぴりのお酒。今年もよろしくお願いします!

 

 

*「京都市中央卸売市場第一場」→http://www.city.kyoto.lg.jp/menu2/category/33-0-0-0-0-0-0-0-0-0.html

*「角屋もてなしの文化美術館」→http://sumiyaho.sakura.ne.jp/page/art_museum.html

*「増田屋ビル」→https://www.facebook.com/masudayabuilding/

*「つくるビル」→http://www.tukuru.me


 

*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は月1回(第1週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『成功する海外ボランティア』など企画・編著書多数。2016年6月開業の京都の町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」の運営も担当。

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