日常にある「非日常系」考古旅

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#08

東京遺跡探し~潜伏キリシタンGO!(中編)

文と写真・丸山ゴンザレス

 

 

 

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「何なら東京駅にでも行ってみなよ。“潜伏”ではないけど、あそこにもキリシタン遺跡がある。あとは、そうだな……、どうしても“潜伏キリシタン”の遺跡が見たいなら、お前さんの得意な場所にもあるよ。せっかくだから探してみな」

 

 東京都内にある“隠れキリシタン”の遺跡を調査するため、考古学研究室の先輩、太郎さんこと、深沢准教授の元を訪れた。そこで「隠れ」と「潜伏」キリシタンの違い(前編参照)などをレクチャーしてくれた太郎さんは、こんな言葉を私にかけて、「そこのところ詳しく」と食い下がる私を軽くいなして去っていった。

 

(得意な場所って言われてもねぇ……)

 

 行政が設置した案内看板でもあればいいが、墳丘を持つ古墳や、石垣を伴う城跡でもない限り、適当に歩いていて遺跡を見つけることはできない。日本では遺跡を発掘してから埋め戻して原状回復するのが基本だし、開発に伴うものだと、そのまま破壊してしまうからだ。さらには、日本では古代から現在に至るまで木造建築物が主流であるという特徴がある。海外のように石造建築が主流ならば、遺跡がその場に残存されていることも多いのだが、ほとんどの木造建築物はそのまま保存されているはずもなく朽ち果てる。せいぜい礎石(基礎の石組み)が残っている程度である。

 

 少し話が逸れるが、現代の建築物で2000年後に遺跡になっている建物はあるものなのかと想像することがある。数十年のスパンでのスクラップ・アンド・ビルドを前提としている現代の建物は、2000年後には跡形も残っていないだろう。

 

 建物があった場所を掘り返して、新しいものを建造する。その繰り返した果てに残るものは、なんだろうか。仮に2000年や1000年前の日本と比べて、最もあり得ないものとはなんだろうか。

 

 あくまで私の予想ではあるが、タワーマンションの基礎部分ではないかと思う。

 

 高さ100メートル以上の建造物がどんな大地震でも倒壊しないように設計されているわけだから、その基礎部分は地下数十メートルの固い地盤に達するまで杭が打たれている。はるか未来、なんらかの原因で建物自体の情報が失われて、タワーマンションの基礎だけが地中深くから発見される。そのときの発見者たちは、タワーマンションをどのように想像するのだろうか。そんなことを想像してしまう。考古学目線とは、こういうことを言うのかもしれない。過去の考古学リハビリ旅を経て自分なりの感覚の戻りを少しは実感した気になれた。

 

 

東京駅前のキリシタン遺跡

 

 

 さて、本筋に戻そう。

 

 太郎さんに教えてもらった僅かな情報を元に東京駅へ来た私は、スマホで千代田区の遺跡情報を探ることにした。

 

「キリシタン 千代田区 遺跡」

 

でサーチすると、結果はすぐに出た。

 

「東京駅八重洲北口遺跡」

 

 中世墓で禁教令の前に作られた墓地。つまり隠れキリシタンではなく、キリシタンとして堂々と埋葬されたことになる。「潜伏」でも「隠れ」でもいないわけだが、それでもキリシタンの墓がこんな都会のど真ん中にあったことに驚いた。

 

 八重洲北口は東京有数のオフィス街の一角。日本を代表する企業や外資系のオフィスが軒を連ねている。少し歩けば皇居も目の前に現れる。整然と計画されてつくられた都市であることを感じられるが、足元に遺跡があるとは欠片も思わない。

 

 だが、闇雲に歩いていたわけではない。検索したネットの情報によれば、現在は「丸の内トラストシティ」というビルが建っている辺りから発見されたとのことだったので、そこを目指すことにした。おそらく、そのビルの建設作業中に見つかったものなのだろう。

 

 その辺りを歩いていると、オフィス街の中に「江戸城外堀の石垣」と書かれた看板があった。石垣の一部が復元されていたのだ。オフィス街に石垣というミスマッチ感は、江戸と東京がミックスされた感じで私的にはかなり好きな感じだ。石垣に添えてある「MARUNOUCHI TRUST CITY」という看板から、公的な施設でないことは明らか。商業ビルが文化財を復元保存しているということに、文化財に対する扱いがそれなりに重視されている感じがした。

 

 少し冷静に考えてみれば、知ってるとか知らないではなく、皇居はそもそも江戸城である。それこそ日本を代表する遺跡なのである。実際、15年以上前、私が1年ほど遺跡の測量会社に在籍していた頃、江戸城の石垣の測量の仕事をしたことがあった。確か、文部科学省の構内から発見されたものだった。それまでは、皇居のお堀の石垣ぐらいの意識しか持てなかったのに、発掘現場を通して見ると、遺跡の一部として見えてしまうから不思議だ。その当時の感覚が蘇ってくる。

 

 さらにネットで検索してみると、日比谷図書館に、東京駅八重洲北口遺跡から出土した遺物の一部が展示されていることがわかったので、それも自分の目で確かめてみる。考古学を専攻した後と前とで大きな違いがあるとしたら、こうした公共施設の存在を認識し、さらに利用しようと思うかどうかだ。

 

 博物館、図書館などは、考古学に限らず、地元の歴史情報を集めるのに最適な施設である。プロフェッショナルである学芸員や職員が収集して整理分類されたものが置かれているからだ。さらにその場所だけでしか入手できないローカル情報も多い。そのため、併設されている売店やミュージアムショップで自費出版本や図録といったものをチェックして購入してしまうのだ。

 

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東京駅八重洲北口遺跡があった「丸の内トラストシティ」

 

 

 意識してないと気づかない人も多いだろうが、日比谷図書館は日比谷野外音楽堂の隣にある、わりと新しい建物だ。館内に入ると、案内が出ていたので、すぐに展示室は見つけられた。

 

 展示ブースは、縄文から古代、中近世、現代に至るまでの千代田区の歴史がコンパクトにまとめられていた。その一角にあったのが、さきほどの東京駅八重洲北口遺跡から出土した副葬品の一部だった。そこに設置されたパネルの説明文を読めば、この東京駅八重洲北口遺跡は1580年代~1600年代に形成された墓域であり、そこに珍しい特徴を備えた埋葬様式のキリシタン墓と思われるものが複数見つかったとある。

 

 この遺跡からは長方形の木棺や土壙墓(穴を掘って埋めただけの墓)が発見されたのだ。当時の日本では桶状の棺に膝を曲げる屈葬がポピュラーだったにもかかわらず、体を伸ばした伸展葬で埋葬されていた。おそらく、これは西洋のキリスト教的埋葬スタイルを意識したものなのだろう。しかも、そこから出土した人骨はアジア人的な特徴を持っており、人骨と一緒にメダイやロザリオなどの副葬品も見つかっている。つまりこのことから、埋葬されていたのがキリスト教に帰依した日本人であると推測できる。

 

 小さな展示ケースのなかに置かれたのは、メダイだけだった。一見すると「これだけ?」という印象を抱くが、そもそも信徒の副葬品に古墳時代の豪族のように絢爛豪華なはずがない。むしろ、副葬品の少なさ、埋葬の様子や環境などから当時を読み解く必要があるし、それこそが日常系考古学としてのあり方である。

 

 だが、せっかくキリシタンの遺跡を歩くなら、もう少しはっきりとした潜伏キリシタンの痕跡を見てみたい。そこで次に、検索範囲を「千代田」から「東京」に広げてみる。すると、検索で上位にヒットしたのが、港区高輪の元和キリシタン遺跡であった。そこは、東海道から江戸府内に入る高輪大木戸(江戸の入り口)の刑場跡で、徳川家光が元和9年(1623年)にキリスト教徒50人を処刑したことから、潜伏キリシタンの遺跡と伝えられている。都内のキリシタンの取材をするうえで、避けて通れない場所なのだろう。

 

 実際に足を運ぶと、辺りには高級マンションなどのビルが建ち並んでいた。グーグル・マップによれば、その敷地後ろの公園にあるはず。地図を頼りに進むと階段があり、そこを登ると、元和キリシタン遺跡を示す石柱と高輪大木戸の石垣の一部が残されていた。

 

 唐突だが、この元和キリシタン遺跡がある丘のすぐそばには伊皿子貝塚がある。貝塚は縄文人のゴミ廃棄所のようなもので、低地に面した台地上にあるのだ。元和キリシタン遺跡から歩いて10分程度の場所である。つまり、縄文人たちは自然災害を避けるため台地に生活圏を形成して暮らしていた。

 

 はるか昔からここが高台であったということは、どこからでも見える場所だったということ。現場近くに「札の辻」という地名がある。これは、制札(幕府の公告のようなもの)を立てていた場所のことで、とにかく目立つ場所に置かれていた。東海道から江戸への入り口で、しかも高台。江戸時代から往来の多かった場所であることが窺われる。つまり、ここで処刑されたのは見せしめの意味合いがあったのだろう。そのことからも、当時キリシタンがどれだけ迫害されていたかがわかる。

 

 

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元和キリシタン遺跡

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元和キリシタン遺跡の近くにある伊皿子貝塚

 

 

 あくまで自己評価だが、これまでのリハビリ考古学の旅で地名や地形から探るという考古学的な目の付け所はだいぶ回復しているように思えた。いよいよ、太郎さんが謎掛けのように言っていた「私が得意な場所」を探ってみることにした。

 

(私の得意な場所って、やっぱりあそこかな……)

 

 探ると言っても、実は思い当たる場所はあった。その“得意な場所”を目指すべく、私は元和キリシタン遺跡の最寄である三田駅から地下鉄に乗り込んだのだった――。

 

(後編に続く)

 

 

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。お楽しみに!

 

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丸山ゴンザレス(丸山祐介)

1977年生まれ、宮城県出身。國學院大學大学院修了。考古学者崩れのジャーナリスト。フリー編集者。出版社勤務を経て独立。國學院大學学術資料センター共同研究員。TV番組「クレイジージャーニー」(TBS系列)では、世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩く“危険地帯ジャーナリスト”として人気。2005年『アジア『罰当たり』旅行』(彩図社)で作家デビュー。以後、著書多数。【丸山ゴンザレス】名義:『海外あるある』(双葉社)、『闇社会犯罪 日本人vs.外国人 ―悪い奴ほどグローバル』(さくら舎)、『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)等。【丸山祐介名義】:『図解裏社会のカラクリ』『裏社会の歩き方』(ともに彩図社)、『そこまでやるか! 裏社会ビジネス』(さくら舎)等。近著『GONZALES IN NEW YORK』(講談社)が好評発売中。旅行情報などを配信するネットラジオ「海外ブラックロードpodcast」では、ラジオパーソナリティーとしても活動中。

双葉社の既刊本好評発売中!!

ISBN978-4-575-30635-4

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