日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#08

山羊肉食えば文明開化の音がする~『ビストロ ル・ボン・グー』

文・普久原朝充

 

沖縄の山羊食文化について考える

 山羊を勘違いしていた。
 恥ずかしながら、その幾つかをこの場を借りて懺悔したい。
 建築ではわりと有名な話なのだが、建築様式や芸術様式を称するバロック様式や印象派などの名称は本来、悪口として使われていたものが多い。ゴシック建築様式の「ゴシック」も、「ゴート族風の野蛮な…」という意味であり、元々、軽蔑した表現だった。当時、文化の中心にいると思っていたローマの人々からみたら、蛮族の文化という認識だったのだろう。山羊も英語読みでゴートというので、おそらく、民族的な気性を牡山羊の荒々しさになぞらえてそう呼んだのかもしれない。高い所が好きな山羊の遊び場としてゴートタワーのような建築もある。荘厳さを表現しようと高さを追求したゴシック建築にピッタリじゃないか。
 ……と、しばらく前まで思っていたのだが、ゲルマン民族の一派であるゴート族と山羊を結びつける論拠となる出典が全く見つからない。そもそも、ゴート族(Goths)と山羊(Goat)ではスペルも全く異なる。カタカナにすると語感が似ているというだけで、なんとなく誤って結びつけてしまっていたのかと思ったが、なんとなくではなかった。
 では、なぜ、そんな勘違いをしてしまったのか。思い返すと、幼少期に何十回もテープが磨り減るほど観た『ルパン三世 カリオストロの城』が原因だったと気付いた。作品中のカリオストロ公国の大公の娘クラリスとカリオストロ伯爵はゴート族の末裔という設定で、そのカリオストロ家を示す紋章のモチーフとなっていたのが山羊だったのである。どうやら刷込みで、ずっと勘違いを引きずっていたようだ。

 

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沖縄では昔から親しまれている山羊。方言で「ヒージャー」と呼ばれる。


 そんなこともあって子供の頃から、山羊にはなんとなく親しみがあった。それに沖縄は、日本列島で数少ない山羊食文化のある地域でもあり、沖縄本島の方言では山羊は「ヒージャー」と呼ばれる。古くから使われている湧水も「樋川」と書いて同じように読むのだが、樋先から流れ出る水が山羊のヒゲに似ていることに由来するという説もある。

 

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全国名水百選にも選ばれた南城市玉城の「垣花樋川(かきのはなひーじゃー)」。

 

 祝い事にも山羊は欠かせない。先日、SNSで住宅の棟上げの際の餅投げ文化がどの地域まで浸透しているのか議論になっていた。皆の意見を総合すると、どうやら全国的に餅投げの文化があるようで、沖縄だけが異なっていた。
 沖縄の場合は、棟上げのような祝いの場では山羊汁を振舞うことが多い。沖縄の文化の特異性が現れていると勘違いしそうなのだけど、世界的なフレームでみると祝い事では家畜を屠って食べる文化の方がグローバルスタンダードだろう。この場合、日本本土の風習の方が珍しいと思うのだがどうだろうか。

 

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棟上げ後の山羊汁風景、個人住宅現場にて。

 

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棟上げ後の山羊汁風景、こちらは大規模ビル現場。

 

 日本に復帰する以前の沖縄の子供たちは、山羊との距離がもっと近かった。それは、可愛がって世話していた山羊が、ある日突然、屠られる姿を目の当たりにして食べられなくなる原体験を語る人が少なくないぐらいの距離感である。復帰前の琉球政府が定めた「と畜場法」において、山羊はなぜか規制を受けなかったので、自由に自家用屠畜をすることができた。以前、古い新聞記事を調べていたら、1969年、クリスマスパーティのために中高生が深夜に酒盛りをしているところを補導したというニュースを見つけた。
 未成年の飲酒が問題となっている記事なのだが、でも重要なのはそこじゃない。なんと中高生だけで山羊をつぶして食べていたというのだから驚きである。実際、物覚えの早い子は村の大人たちの作業に交じって小学生で解体技術を習得することもあったそうだ。それにしても、深夜に山羊を囲み陶酔して騒ぎ狂うとはサバトか、悪魔崇拝か。それをクリスマスに行うとは世が世なら異端審問を受けかねないレベルである。(『ヤギをつぶし酒盛り 名護 中・高校生50人補導/『沖縄タイムス』夕刊1969年12月26日付記事/参照→シリーズ前連載『沖縄ホルモン迷走紀行』第13回
 そんな風に沖縄で親しまれている山羊だが、独特の臭みがあり、必ずしも沖縄の人すべてに好かれているわけではない。棟上式でも山羊汁が苦手な人のために、牛汁を振舞うケースも多くなっている。さらには、BSE問題が大きくなり2002年より山羊の特定危険部位「扁桃、脾臓、小腸及び大腸(これらに付属するリンパ節を含む。)並びに12か月齢以上の頭部(舌、頬肉及び扁桃を除く。)、脊髄及び胎盤」を除去する必要が生じた。そのための施設更新の対応の遅れによって、山羊食文化衰退の危機にさらされていた時期もあった。
 2016年6月11日付の沖縄タイムス一面に「内臓入り 山羊汁 帰ってきた 14年振り 一部解禁」の見出しが躍る。規制後14年を経てのリスク低下を鑑みて規制を見直し、大腸・小腸・胎盤が特定危険部位から除外されるという話だった。『沖縄でなぜヤギが愛されるのか』(ボーダーインク)、『沖縄のヤギ〈ヒージャー〉文化誌』(ボーダーインク)などの著作がある第一人者の平川宗隆さんの喜びの声がその記事には掲載されていた。曰く「腸のないヤギ汁はミルクのないコーヒーのように物足りない。」という、コーヒーブラック派の僕には全く理解できない例えだったのだが、不思議と喜びが伝わってくる味わい深いメッセージに触発された。腸はまだ出回っていないので無理だとしても、どこかに美味しい山羊とホルモンを食べられるお店はないだろかと探すと、意外と近所にあることがわかった。

 

 

山羊料理が堪能できる『ビストロ ル・ボン・グー』

 僕が子供の頃の記憶では、那覇市栄町市場東口の通りといえば、客待ちしている白タクが並ぶ場所だった。市場を利用するお年寄りは、白タクを好んで使う。エアコンのないワゴンタイプの車の後部座席に、客用の小さな扇風機が設置されていることが多く、それが白タクを見分けるサインだった。気づけばそんな車を見かけなくなり、小さな小売店が減ってオシャレな飲食店が増えはじめたにもかかわらず、依然として駐停車両の多い通りである。
 そんな栄町市場東口の並びに『ビストロ ル・ボン・グー』はあった。沖縄の食材をとりいれたフレンチ&イタリアンで、とりわけ山羊肉も取り扱っている点が珍しかった。

 

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『ビストロ ル・ボン・グー』は栄町市場東口の並びにある一軒家。

 

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店の表のメニュー看板にも山羊料理が並んでいる。

 

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目印はこの山羊イラストの看板。

 

 梅雨が明けたばかりで夏真っ盛りの気温にバテバテになりながら店に入ると、既に藤井誠二さんが冷えたビールを美味そうに飲んで待っていた。
「もう、山羊料理メインで数品注文しておいたよ」という話を聞きながら、僕も無意識にビールを注文していたのだが、それが誤りだったと気づくのにそんなに時間は掛からなかった。
 前菜の直後に運ばれた「山羊ホルモンのトマトソース煮 香草パン粉焼き仕立て」をバゲットに添えて一口摘んだ。そういえば、生まれてこの方、山羊といえば山羊汁と刺身程度しか食べたことがない。山羊とトマトの組合せなんて初めてだった。トマトは偉大だ。まさか山羊とも相性が良いとは思いもよらなかった。多少山羊臭は感じるが全く気にならない。この料理を食べると、苦味のある炭酸ではなくさっぱりした酸味と芳醇な香りのするお酒が欲しくなる。
「……これ、ワインの方が合いますね」と思わず口走ってしまい、「人の台詞を奪うんじゃない」と某ソムリエ似のノンフィクションライターに怒られてしまった。

 

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山羊ホルモンのトマトソース煮、香草パン粉焼き仕立て。ホルモンには山羊の胃の部分が使われている。

 

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山羊のコッパ・ロマーナ(イタリア風煮こごり)。

 

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山羊の赤ワイン煮。洋風山羊汁といった感じのオシャレさ。

 

 主人の山口慎一さんは、東京出身で沖縄に移住されて30年以上になるという。県産の食材を活かしたフレンチやイタリアンのメニューをつくれないかと、県農林水産部に依頼されたことがメニュー開発のきっかけだそうだ。仔羊料理と同じ要領で山羊を扱い工夫したところ好評だった。
『ビストロ ル・ボン・グー』の山羊料理は柔らかな肉質でどれも臭味が気にならない。山口さんの話によれば、オーバーナイトクッキングと言って、食材にムラ無く熱が通るよう真空包装し、機械によって一度単位で温度管理された低温加熱により長時間煮ているそうだ。女性にも人気だという山羊のカルパッチョも、まるで生のような食感だが、この低温加熱調理が施されている。

 

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カウンター越しに立っているのはお店のご主人、山口慎一さん。

 

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女性にも人気だという山羊のカルパッチョ。

 

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美味しい料理にワインが進む藤井氏。

 

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ワインと山羊を愉しむ私。

 

 沖縄が山羊食文化圏だとしても、これまで山羊料理といえば、山羊汁や刺身ぐらいしか主な食べ方がなかったものだから、フレンチなどに扱えるようにカットされた部位が流通している訳ではない。豚のホルモンを取材していても同様の印象を受けたが、山口さんも山羊肉の仕入れには苦心されていた。とりわけ山羊は沖縄でも需給バランスが悪くて、安定して仕入れられない部位もあるし、価格を維持するのも大変だ。
 そんな事情もあって、普段、メニューとして扱っていない料理の数品を、山口さんの厚意で食させてもらった。山羊の睾丸のコンフィは、12時間ほど低温加熱調理されていて、これまで味わったことのない不思議な食感だ。建築現場の棟上式でも一番の功労者しか食べられない希少部位をコンフィでいただけるとは光栄の極みだ。

 

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希少な山羊の睾丸のコンフィ。トロっとした食感に、微かにシャリとした感触も残る不思議な食感。

 

 もうひとつ驚いたのは、山羊のスペアリブだ。事前に食肉業者にお願いして切り分け段階から気を払わないと、あばら肉は山羊汁用にぶつ切りにされてしまう。ひと繋ぎのあばら部分をクーロンヌ(王冠)に見立てた芸術作品のようなビジュアルに興奮して、僕らは皆、手掴みでかぶりついていた。

 

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山羊のスペアリブ、クーロンヌ王冠! クーロンヌはフランス語で、英語にするとクラウン(王冠)。

 

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手づかみで王冠にかぶりつかせていただいた。

 

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仲村清司隊長もスペアリブをがぶり。

 

『ル・ボン・グー』はフランス語で「正しい味覚」という意味だそうだ。山羊以外の島の食材を取り入れた料理も絶品で、既知の食材の新しい魅力に気づかされ、たしかにそれまでの味覚を塗り替えられることが多かった。
 実は山羊が苦手だったという仲村清司隊長もご満足。「やっと山羊と仲良くなれた気がする」と歴史的和解を表明した。山羊が苦手だった人、初めて山羊を食べる人にはピッタリかもしれない。いや、それだけではない。それまで食べてきた山羊だけで中途半端に知った気になっていた僕も、山羊を勘違いしていたのだなと、ちょっぴり反省するのであった。

 

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山羊のホルモン料理も絶品。こちらは山羊レバーのグリル。

 

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山羊ハツのグリル、マスタード添え。食材確保が大変なので、こちらも、メニュー表には載っていない。

 

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山羊づくしの宴の〆には、山羊のリゾット島野菜添え。

 

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実は山羊が苦手だったという仲村隊長も、食べてみると満足のこの笑顔。

 

 

*『ビストロ ル・ボン・グー』のフェイスブック→https://www.facebook.com/Bistro.Lebongout

 

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夏休みに那覇に行かれる方は、ぜひ『ビストロ ル・ボン・グー』へ。

山羊料理以外のメニューもいろいろある。ゆいレールの最寄り駅は安里。

 

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前菜に使われている古我知焼きの皿にも、山羊の絵が描かれていた。さりげなくシャレている。

 

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2016年内に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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