ブルー・ジャーニー

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#08

ロフォーテン諸島 鯨撃ちとオーロラ〈2〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

ヴァイキングの置きみやげ

 

 南北方向に約二〇〇キロ、スカンジナビア半島の北極圏の沖合に浮かぶロフォーテン諸島。主な五つの島は橋と海底トンネルで結ばれている。

 その南の端、世界でいちばん名前の短い村Å(オー)をめざして走る。

 

 

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 フロントガラスの向こうに漁師小屋“ロルブー”が見える。“ロル”は「漕ぐ」、“ブー”は「住む」の意。まだ道路が整備されていなかったころ、船で小屋に渡ったことから、こう呼ばれるようになったのだという。

 雪原を横切り、スカンジナビア半島に面した波打ちぎわに向かう。

 海水をすくって、口に含む。フィヨルドにくずれ落ちた氷河に薄められているために、昨日の北大西洋側の海水ほど塩辛くない。

 左に海、右に絶壁。そのあいだのわずかなスペースを縫うように道はつづく。カーブを曲がるごとに天気が変わっていく。青空は灰色に塗りつぶされ、ちらちらと舞い始めた雪が、みるみるうちに本降りになる。

 

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 冬になると、鱈がシシャモやニシンを求めてロフォーテンに集まり、鱈を求めて約六千隻の漁船が集まる。釣り上げられた鱈はすぐに頭と内蔵を取り除かれ、二匹をひとくくりにして木のやぐらにかけられる。

 頭はナイジェリアで肥料となり、臓物は飼料用の魚粉に加工され、鱈子はカビアの原料となる。カビアはノルウェーでもっとも一般的な副食品で、塩と砂糖を六〇対四〇の割合で混ぜ合わせたものを鱈子ではさみ、それを木樽の中で何層にも重ね合わせてつくられる。かつてロルブーの塗装やランプの油に使われて肝油は、いまはビタミンA、Bを補給するための栄養剤に加工される。

 車から下りてやぐらのひとつに近づく。

 潮の香りが生臭さに塗りつぶされる。

 天日と冬の乾燥した空気にさらされた鱈は、約三カ月後、カビも生えぬほどに干し上がり、ヴァイキングが考案した完全なる保存食、干し鱈(トルフィスク)となる。

 トルフィスクは色、大きさ、重さ、匂い、厚さなどを基準に二〇を超えるクラスに分けられ、最高ランクのものは、イタリアやフランスの四つ星レストランに引き取られる。

 

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 八世紀の末、ヴァイキングは突然、フィヨルドの陰からすがたを現した。

 デンマーク・ヴァイキングは海岸に沿ってオランダ、ベルギー、イングランド東部、フランス北部及び西部など、比較的近場を進んだ。組織的かつ攻撃的で、ハンブルグ、ロンドンなどを略奪し、多くの国家を崩壊させた。

 スウェーデン・ヴァイキングは東に向かった。遠征の多くは商業的で計画的だった。五、六〇艘の大船団でバルト、フィン、スラヴ系諸民族と接触、イスラム・ビザンティンの両世界に切りこみ、ロシアにキエフやロストフなどの都市をつくった。

 ノルウェー・ヴァイキングは一隻もしくは少数の船にトルフィスクを積みこみ、未知の陸影を求めてフィヨルドをあとにした。

 骨組みの長さ約三〇メートル。シルエットは即時退却が可能なように前後対称。順風時、四〇人前後の乗組員を乗せて時速二〇キロで航海。現代の並みの商船よりも高い移動能力を持つ船でスコットランド、アイルランドに上陸し、ダブリンを始めとする多くの都市の原形を築き、さらに北上。アイスランドを越え、グリーンランドに移植。集落を築き、農業を営み、セイウチやイッカクの牙をヨーロッパの市場で売りさばいた。

 生活は安定したが、冒険心は消えなかった。ふたたび漕ぎ出し、氷山を縫って、西に船を進めた。

 北欧古代文学『グリーンランド人のサガ』は、クリストファー・コロンブスによる“新大陸発見”の約五〇〇年前に北米大陸に到達、現在のカナダ沿岸を南下し、葡萄と木材を積んでグリーンランドに帰還したと伝える。

 これまでカナダ・バフィン島では、ヴァイキングの日用品──ホッキョクノウサギの短い毛で紡いだ紐、シャベル、計算棒、紡錘らしき道具──が発見され、ニューファンドランド島では一〇〇人近いヴァイキングが暮らした集落が発掘され、エルズミア島沖合でヴァイキングの難破船のものと思われる錨が発見されている。

 

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 一九八三年(昭和五八年)、ロフォーテンのボルグでヴァイキングの住居跡が発掘された。縦八六メートル、横幅九・五メートル、遺跡の横に再現された住居は現時点でスカンジナビア最大。

 ドアを開け、ヴァイキングの日常に滑りこむ。

 木製のテーブルと椅子は、すぐに移動できるように組立式。テーブルにはパンくずなどの掃除を容易にするための傾斜がつけられ、ナイフやフォークが滑り落ちないよう、端に溝が彫られている。

 襲われたときにすぐに逃げられるように座って寝たため、ベッドは、作りは立派だが子供用に見えるほど小さく、神聖視していた馬が支柱に彫りこまれている。

 カブトと剣は鉄製。手に取ると、ヴァイキングの力強さが一二〇〇年の時を超えて伝わってくる。

 

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 ロフォーテンの子どもたちは、アルジェリアに送られていく前に鱈の頭から舌を切り取り、レストランの裏口で小遣いに代える。

 ヴァイキングの置きみやげは、シェフの手を経て “タシュケトンガ”になり、テーブルに運ばれる。

 やさしく精妙な食感。はじけて広がる端麗と濃厚。

 

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 ヴァイキング時代を振り返るとき、デンマーク人はそれを観光的資源と考え、スウェーデン人は汚点として恥じ、ノルウェー人は祖先がヴァイキングであることを誇りに思い、旅人は、置きみやげの、やがて消えゆくほのかな甘みを、ただ惜しむ。

(つづく)

 

 

*ロフォーテン諸島の観光情報は、ノルウェー政府観光局WEBサイト↓をご覧下さい。

http://www.visitscandinavia.org/ja/Japan/Norway/Lofoten/

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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