越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#08

ベトナム・タイチャン~ラオス・パンホック

文と写真・室橋裕和

 

  ベトナムから北インドシナ各地の国境を巡る旅に出た。まずは、小さなおんぼろ国際バスでベトナムのディエンビエンフーを出発し、僻地にあるラオスとの国境を目指す。

 

 

インドシナ僻地のイミグレーション

 第一次インドシナ戦争の激戦地、ディエンビエンフーのバスターミナルに出向いてみると、僕の乗るべきバスはひときわ小さくみすぼらしい車体で、ほかの大きなバスに挟まれてちんまりと佇んでいた。
 ターミナルの食堂で、朝食としてフォー(ベトナム風の米麺)を食べてからチケットを買う。
 すでにバスの屋根の上には大量の荷物が載せられていて、押しつぶされそうだ。車内に入ってみると、各座席の下には飼料の袋が並べられ、いきなり狭い。後部座席はダンボールの箱がびっしりと積まれている。ベトナムからラオスに向かうこの国際バスは、輸送トラックでもあるようだ。だから乗客が少なくても採算がとれるのか、僕を含めてわずか5人しか乗っていないのに、定刻通りに出発した。アジアの田舎では、乗客が集まって満員になってから発車することが多いので、これはラッキーかもしれない。

 

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フランスとの激戦地になったディエンビエンフーもいまはのんびりとした地方都市

 

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需要が少ないからだろう、ラオス行きの国際バスは頼りない小ささだった

 

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熱々のフォーボー(牛肉入り米麺)を食べて出発!

 

 ディエンビエンフーを出ると、すぐに道は細く頼りなくなっていった。周囲は深い山中である。ときおり集落や、小さな工場などを通り過ぎる。少しずつ標高を上げ、霧が漂う中、バスはタイチャン国境に到着した。こんなインドシナの僻地なので小さなプレハブかなにかを予想していたが、意外に立派な建物だ。しかし……無人なのであった。
「あのー、誰かいませんかー」
 イミグレーションの建物のなかを歩き回ってみるが、現れたのは犬を連れた闇両替のおばさんひとり。乗客一同とまどっていると、やがて上階から係員が眠そうな顔をしてやってきたが、この調子なら余裕で密入国できるだろう。通過する人が少ないので、客が来た時だけ開店する国境のようだ。
 ベトナムの出国スタンプをもらい、ついでにおばさんにベトナム・ドンをラオス・キープに換えてもらって、再びバスに乗り込む。ラオス側のイミグレーションまでは5、6キロあっただろうか。山岳ジャングルのど真ん中を走っていくのだが、かつてディエンビエンフーの戦いの際にはベトナムとラオスの共産軍がこのあたりで連携し、補給などをしていたらしい。

 

 

ベトナム語のアルファベットが消え、ラオス語の世界に

 ラオス側のイミグレーションにはしっかりと係官がいたので安心だ。だがパスポートを差し出すと、「コンニチワ!」と日本語の叫びののち「2万キープ(約250円)」と謎の請求が。通行料だというが腑に落ちないまま支払わされる。
 かと思ったら次の部屋にはこれまた謎の白い棒のような器具を持った係官が待機しており「ヘルスチェックだ!」と宣言。「体温を測ります」僕のおでこに器具を当てる。「ふむ。平温」しかし数値さえ見せてくれずに「検査料金は5000キープ(約60円)になります」とレシートを突きつけてくるのであった。鶏インフルエンザなどの流行もあって体温チェックをする国境はいくつかあるが、ここまで適当でしかも有料なところははじめてである。あまりの露骨さに、かえって笑いがこみ上げてきた。

 

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ディエンビエンフーから1時間ほどで国境に到着

 

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ラオス側のイミグレーションもなかなか立派だが交通量はわずか


 このあたりでは国境を越えて少数民族であるターイ族が広く住んでいる。女性の髪型に特徴があり、思い切りアップにしてお団子のように丸め、網をかぶせているのですぐにわかる。そんなターイ族は国境をまたいで農作業をしているようで、バイクに乗って鍬やナタを持ち、カゴを背負った夫婦連れがイミグレーションに何組もいた。
 彼らが持っているのはパスポートではない。「ボーダーパス」といわれる、ベトナムとラオス2国間だけの行き来に使える簡素な書類だ。見た目はパスポートと同じようなサイズの手帳型。ちらりとのぞいてみたが、両国の出入国スタンプがびっしりと押されていた。加えてバイクを越境するための書類も手にしていた。昔は共産軍のように自由に国境を行き来していたのだろうけれど、現代はそういうわけにもいかないようだ。

 

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ターイ族のおばちゃんたち。ディエンビエンフーの戦跡を観光に来ていた

 

 ターイ族を追い越して、バスはラオス領内に入り、延々と続く山岳地帯を走っていく。ラオス側に来ると感じるのが、人気のなさである。ベトナム側では常に車窓には民家や商店、工場などが並んでいたものだが、ラオスではひたすらに静寂なのだ。人口9000万人のベトナムと650万人のラオスの差は歴然としていた。
 そしてベトナム語のアルファベットが消え、ラオス語の世界になる。僕はラオス語に近い言葉であるタイ語が少しわかるので、いくらか「ホーム」感を覚える。途中、乗車してきたラオス人たちの会話がなんとなく理解できるだけでも安心感があるものだ。
 だが小さなおんぼろのバスにはエアコンもなく、道の悪い山岳部を走る旅はけっこうきつかった。朝方チケットを買ったときには「8時間で着く」と自信満々で運転手は断言していたのだが、目的地ルアンナムターに到着したのは出発から12時間も経ってからだった。
 道中で食事はしていたが、とにかく腹が減っていた。ルアンナムターのバスターミナルでは、トゥクトゥクをつかまえる前にまず食堂に入った。「ごはんは終わっちゃったんだけど、フーならあるよ」女主人の言葉にうなずく。
 おなじ米麺でも、べトナムではフォー、ラオスではフー。朝と同じものを食べているが、呼び方が夜になると変わっている。
 しかし明日はさらに変わるのだ。ルアンナムターからは、続けて国境を越え、中国に入る予定だ。北インドシナ国境巡りの旅は、はじまったばかり。

 

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いかにも国際バスというペインティングがイカす

 

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ラオスのフーもベトナムのフォーも、野菜やハーブが入れ放題なのがうれしい

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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