東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#08

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈5〉

文・下川裕治

タイ南部の未乗車区間3路線

 東南アジアの鉄道にすべて乗る。その鉄道旅はタイからはじまった。この連載をはじめると、読者から連絡をいただいた。あるエリアの鉄道をすべて乗ることを、「完乗」というのだそうだ。完全乗車の略だろうか。

 その言葉を使うと、まずはタイの鉄道の完乗をめざした。

 北タイと東北タイの未乗車区間を乗り潰した。しかし南タイにも未乗車区間が3路線残っていた。もちろん、すべて支線である。

 未乗車区間は、スラートターニーとキーリーラッタニコム間、トゥンソンとカンタン間、カイチュムトンとナコンシータマラート間だった。

 時刻表との格闘がはじまった。どうすれば効率よく、この3路線を制覇できるか。バンコクからこのエリアの入り口までLCCで向かうつもりだったが、どこまで飛行機を使うとうまく接続できるのか。

 パターンは6コースに絞られてきた。自宅で、その接続表を眺めながら考え込んでいると、妻が洗濯物を干しにきた。我が家の物干しは、僕が原稿を書く部屋の外ベランダである。紙に書きだされた地名と時刻の羅列を眺めながら、こういった。

「なにをやってるのよ」

 この連載の話はしていた。もう少しだと思っていた完乗は、いざはじめてみると、かなり大変なことも話していた。妻は鼻で嗤っていたが、その紙を眺めたとき、なにかの感性に触れてしまったらしい。

「ちょうど仕事が途切れたところだから、調べてあげるわよ」

 と、やおらパソコンに向かったのだった。正直なところ、パソコンでいろいろ検索しながら調べる根気は妻のほうが勝っている。家族で旅行にいくときなど、ホテル探しのエネルギーには頭がさがる。口コミに目を通し、値段や設備をチェックし……という作業を続けてホテルを絞っていく。僕のように、最初に入った宿でだいたい決まってしまうタイプとは違うのだ。

 彼女も悩んだようだった。タイの国鉄は乗り継ぎということを考えていない。彼女は、LCCが到着する空港から鉄道駅までの近さまで調べていた。

 そうこうしているうちに、彼女も一緒にタイに行き、未乗車区間に乗ることになった。はたしてどんな旅になるのか、僕にもわからなかったが……。

 

ふたりで編み出したルート、まずはトランからカンタンへ

 ふたりで時刻表を眺め、編み出したのはこんなコースだった。

 まずLCCでトランまで飛ぶ。そこからトラン駅に出、カンタンへ。カンタンからトゥンソンまで乗車し、そこからカオチュムトンに出て、ナコンシータマラートまで乗車する。翌日、スラートターニーまで北上し、キーリーラッタニコムまでの支線へ。このルートが最も効率がよさそうだった。

 バンコクを出発したのは早朝だった。その日は休日で、タイ・エアアジアも満席に近い混み具合だった。トラン空港に予定通りに着いた。そこからタクシーでトラン駅へ。午前10時36分発のカンタン行きに乗った。運賃はひとり5バーツ、約18円。タイの国鉄は本当に安い。

 カンタンからトゥンソンの間が未乗車区間だった。この路線は1日に1往復の列車しかない。バンコクを前日の夕方7時30分に発った列車がひと晩かけてカンタンまで向かう。そしてその列車が、バンコクに向けて折り返していく。

 カンタンにはアンダマン海に面した港がある。ここで陸揚げされた物資を鉄道でバンコクまで輸送する……。その目的のためにつくられた線路だった。しかし道路の発達とタイ国鉄の怠慢さが重なって、物資輸送はトラックが主流になってしまった。カンタン周辺にはリゾートホテルも次々にできていった。観光客が夜行列車でやってくる? と考えているうちに、LCCが発達し、またしても鉄道はとり残されてしまったのだ。1日1往復のスケジュールは、どこか駅を存続させるために運行させているような気にもなる。

 

カンタンの駅舎で100年前にタイムスリップ

 天気はよかった。ゴムのプランテーションに広がる濃い緑色と青い空……。窓から吹き込む南国の風。なんだか気が遠くなってくる。40分ほどで終点のカンタン駅に着いた。

 ここがレトロファンの間で人気がある駅であることを、ホームに降りるまで知らなかった。列車から降りたのは10人程度だったが、その3倍もの人がホームにいた。はじめは、折り返し列車の乗る人たちかと思ったが、皆、荷物もない。海沿いにあるリゾートホテルの客が車でやってきていた。ホーム脇には駅舎を改装したカフェもあった。

 いい駅だった。黄色というより、そう辛子色に塗られた壁。木づくりの券売窓口。プミポン国王の写真の前に置かれた木製の椅子。荷物の重さを測る古びた秤……。世界は100年前にタイムスリップしていた。駅の北側は公園になっていた。そこには機関車の向きを変える転車台も残されていた。終着駅らしい施設だった。

 この駅には6人の職員がいた。1日1往復の列車しかやってこない駅に6人……。これがタイ国鉄でもある。暇そうにしていた職員に、どうして壁が黄色なのかと訊いてみた。

「駅ができたときから黄色だった」

 タイ人らしい答が返ってきた。    (つづく)

 

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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