旅とメイハネと音楽と

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#08

インド映画音楽作曲家、A.R.ラフマーン来日レポート〈後編〉

文と写真・サラーム海上

 

「From the Heart~A.R.ラフマーンの音楽世界」開催 

 僕は9月15日から17日まで福岡に滞在し、本年度の福岡アジア文化賞大賞を受賞したインド映画音楽の作曲家、A.R.ラフマーンとスタッフやミュージシャンの総勢10名のアテンドを手伝った。前回に続き、A.R.ラフマーン@福岡の後編をお届けする。

 

 16日の夜、福岡アジア文化賞授賞式直後に行われた、インド大使や福岡市長らを交えた懇親会の最後にラフマーンは突然の発表を行った。 

「福岡への感謝を表して、僕が運営する音楽学校に日本からの奨学金留学生二名を受け入れます。一名は福岡、一名は東京から、年齢は16~17歳くらいが望ましいです」

 おお、それはすごい! インドは世界第二位の人口をもつ大国だが、西洋クラシックの交響楽団は極めて少ない。そのためラフマーンは未来の音楽家たちによるインド独自の交響楽団を持つという目標を掲げて、2008年、生まれ故郷である南インドの大都市チェンナイに音楽学校「KMミュージック・コンサヴァトリー」http://kmmc.in を設立した。そこには西洋クラシックのコースに加えて、インド古典音楽、そして映画音楽やポップ音楽、電子音楽のコースまでが揃い、常時約150名の生徒が一流の音楽家/講師たち(時にラフマーン自身も教鞭をふるう)の元で音楽を学んでいる。

 その学校に日本からの留学生、しかも奨学生を受け入れるなんて素晴らしい! 西洋クラシック音楽を学ぶ日本の高校生、そして、彼らを経済的に支援する親にとって、またとない申し出ではないだろうか。現在、経済発展真っ盛りのチェンナイで、若くしてインド人の学生と世界中の学生たちと交流しながら音楽を勉強出来るなんて本当にすばらしい。こちらは申込方法が追って発表されることだろう。

 

 さて、福岡アジア文化賞授賞式から一夜あけた17日。この日は、ちょうど同じ期間に開催されていたアジアフォーカス福岡国際映画祭で、ラフマーンが音楽を手掛けたイラン映画『預言者ムハンマド』の日本プレミア上映が行われた。そのため、ラフマーンは午前中から舞台あいさつを行った。

 そして、午後からはアクロス福岡イベントホールで行う市民フォーラム「From the Heart~A.R.ラフマーンの音楽世界」第二部の生演奏のためのサウンドチェックとリハーサルへと向かった。

 

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サウンドチェックとリハーサル風景

 

 午後4時30分、400人の観客で満席となった会場で「From the Heart~A.R.ラフマーンの音楽世界」第一部がスタートした。まず司会の僕が一足先に舞台に立ち、ラフマーンを呼び込んだ。そして、ソファに対面に腰掛けて、彼の25年におよぶ音楽活動について、代表的なミュージックビデオを流しながら、質問していった。

 

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壇上の司会の筆者(左)とラフマーン

 

サラーム「1997年、僕は初めて貴方の曲を聞いた時、それまでのインド映画音楽と比べて、新しい世代の音楽家が作った音だと気づきました。1980年代のアメリカやイギリスの音楽を聞いて育った自分と同じ世代の音楽家が出てきたと思ったんです」

ラフマーン「当時、インドでも若い音楽家たちはローリング・ストーンズやマイケル・ジャクソンなど西洋の音楽を聞いて、演奏していました。僕はそれまでのインド映画音楽に、そうした西洋の音楽をミックスして、自分たちも楽しめる音楽を作ろうとしたんです」

サラーム「貴方の曲にはインド各地の民謡の要素が強い曲が多いですが、特にスーフィーの音楽であるカウワーリーの曲を沢山作っていますね。貴方にとってカウワーリーとはどんな音楽なのでしょうか?」

ラフマーン「カウワーリーはスーフィーの信仰の音楽ですが、同時にユニバーサルな音楽であり、イスラーム教徒だけなく、ヒンドゥー教徒やクリスチャンにも届く音楽です。それにカウワーリーを聞くとどんなに落ち込んでいても元気になれます。聞くレッドブルのようなものです(笑)」

サラーム「インド音楽の他の音楽との違いとはなんでしょうか?」

ラフマーン「ラーガ(旋法と旋律に関する理論)とターラ(リズムの理論)は他の音楽にはないもので、とてもユニークです」

 

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ラフマーンとのトーク中、胸が一杯になった

 

 40分間のラフマーンとのトーク、僕は彼の音楽への思い入れが強すぎて、ついつい喋り過ぎてしまった。その上、15年以上も聴き続けてきた彼の名曲「チャイヤー・チャイヤー」を、作った本人とともに鑑賞していることで胸が一杯になってしまい、舞台の上にいるのにしばらく言葉に詰まってしまった。

 それでも、彼の活動を時間軸に沿って丁寧に追いながら、細かく質問を投げかけたことで、彼の音楽を知らずにいた人にも、彼の音楽の素晴らしさを理解していただけたのではないかとひそかに思っている。

 

Chaiyya chaiyya

 

 第二部は待望の生演奏だ。福岡西陵高校管弦楽部のオーケストラと共演した前日とは異なり、この日はラフマーン、シタール奏者のアサド・カーン、女性歌手のジョーニター・ガーンディー、そして、20歳の女性ベーシストのモーヒニー・デイの四人編成。

 

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ラフマーン含めて四人編成での生演奏。シタール奏者のアサド・カーン

 

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女性歌手のジョーニター・ガーンディー

 

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20歳の女性フュージョン・ベーシスト、モーヒニー・デイ

 

 1曲目は前日と同じく『スラムドッグ$ミリオネア』からの短いインスト曲「モーサム&エスケープ」。前日はピアノとシタールのデュオ演奏だったが、この日はモーヒニーのエレキベースが加わりトリオでの演奏となった。ロック・ベーシストの父を持つモーヒニーは3歳からベースを学び、16歳の頃にはプロとして様々な音楽家のバックで演奏を始めた。近年はラフマーンのバンドだけでなく、アメリカのクインシー・ジョーンズとも共演を果たし、気鋭の女性フュージョン・ベーシストとして国籍を超えて世界中から注目されている。

 2曲目からはジョーニター・ガーンディーが加わり、昨年(2015年)東京国際映画祭で上映されたタミル語映画『OKダーリン』からの曲「Naane Varugiraen」、続いて、ラフマーンのピアノによるイントロを活かした2015年のヒンディー語映画「Tamasha」の「Agar Tum Saath Ho」と、しっとりとした曲が2曲続いた。

 

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 実はこの日の演奏時間は当初の約束では15分とされていた。しかし、リハーサルで全員が揃って音を出していくうちに、ラフマーン本人から「持ち時間は最大何分だっけ?」と聞かれたのだ。「25分は大丈夫です。でも、好きなだけ演奏して下さい。みんな貴方の演奏を聴きたくて全国から集まっているんだから」と答えた。すると「それじゃあ、用意していた曲だけでは短いから……」と言って、その場で曲を変更し始めた。前日と同じく『スラムドッグ$ミリオネア』の「ジャイ・ホー」も用意していたが、本番直前になってそれを取りやめ、「キーはCで」と言って映画『ボンベイ』の大ヒット曲「To Hi Re」をリハーサル始めたのだ。 

 

To Hi Re

 

 4曲目「To Hi Re」では、ラフマーンはピアノに加えて、新楽器シーボードを用いて、インドのチャルメラ笛シェヘーナーイーの演奏を模した。シーボードはイギリスの楽器メーカーが開発した、シリコンラバーで覆われたキーボード。鍵盤にあてがわれた音程を鳴らすだけでなく、鳴らした後に鍵盤を更に押し込んだり、こすったり、揺らすことで音程や音色、音量などを自在にコントロール出来る。ラフマーンはこの楽器が一般発売される以前からいち早くステージで取り入れ、インドのラーガに基づいた微妙な音階の旋律を鳴らしてきた。

 

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新楽器シーボード

 

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 5曲目は『スラムドッグ$ミリオネア』から、ヒロインであるラティカの心情をハミングで描いた「ラティカのテーマ」。しとやかな曲が中心となったのは、ドラムスやパーカッション抜きの編成だったのと、ジョーニータの優しい歌声を活かすためだろうか。

 

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Latika's Theme

 

 短いこの曲をもって25分の演奏は終了。客席はスタンディングオベーションで、ピアノから立ち上がったラフマーンとミュージシャンたちを迎えた。たった5曲にもかかわらず、とても贅沢な時間だった。

 

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楽屋でメンバーとスタッフで記念撮影

 

 終了後、ミュージシャンとスタッフたちは福岡側スタッフが用意した居酒屋に向かったが、ラフマーンは一人でホテルに戻ると言い出した。僕が彼のタクシーに同乗すると、「昨日の高校生のオーケストラと一緒の写真が欲しい」と頼まれた。ホテルに戻り、彼のスイート・ルームに行った僕はMacbookを開き、撮影した写真のデータを彼のUSBスティックにコピーして渡した。

 作業を終えて立ち上がった僕に、彼は「今日は会場の音響にちょっと問題があったけど、誰もが気に入ってくれたのが伝わったよ」と切り出した。僕は「では次回は大きな会場で日本ツアーを開催して下さい」と答えた。そして、近い将来の再会を約束し、握手して部屋を後にした。

 こうして三日間にわたった僕のA.R.ラフマーン@福岡アジア文化賞の仕事は終了した。

 

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居酒屋にて打ち上げ

 

 ラフマーンは来年3月にイギリスで三ヶ所回るコンサートツアーを予定している。日程さえ合えば僕は行くつもり満々だ。ただ、福岡のように数百人規模の小さな会場ではなく、巨大なスタジアムで数万人の観客にもまれながら、遠いステージ上の豆粒のような彼の姿を見ることになることだけは間違いない。

 

 

出張メイハネin福岡でつくったデザート 

 さて、今回もラフマーン同行を終えた翌日、18日の夜に友人宅で行った中東料理イベント「出張メイハネ」で作った料理「バニラアイスといちごのざくろビネガーがけ」を取り上げよう。

 トルコ料理やレバノン料理、イスラエル料理に用いられるざくろビネガー=ざくろ濃縮シロップは伝統的にはサラダや魚のグリルなどのソースとして用いられるが、アイスクリームなど甘いものとの相性も良い。もちろんいちごの季節は終わっていたが、福岡名産の冷凍あまおうを使うと、これが甘くて美味かった! 

 

■バニラアイスといちごのざくろビネガーがけ

【材料(4人分)】

バニラアイス:大2/3パック(約470ml=1パイントのもの)

冷凍いちご:200g

スペアミントの葉:1/2パック

ざくろビネガー:大さじ2

*ざくろビネガーがなければ、バルサミコ酢をとろりと煮詰めたもので代用。

 

【作り方】

1.冷凍いちごは幅5㎜に切る。スペアミントは葉のみをちぎっておく。

2.バニラアイスはアイススクープで平皿に盛り付ける。

3.2の上に、いちごとミントを散らす。さらに上からざくろビネガーをかけたら出来上がり。

 

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*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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