日本のジビエ【GIBIER】

日本のジビエ【GIBIER】

#08

南国の桃源郷「西米良ジビエ」

 

 

 

文と写真・原田秀司

 

 

 北緯32度、東経131度。宮崎県と熊本県の県境に南国の桃源郷・西米良村(ニシメラソン)は存在します。

 

 桃源郷という言葉を耳にすると多くの人が水墨画に出てくるような中国の秘境を連想するのではないでしょうか。実際に中国では桃源郷伝説がそこかしこに残されています。四川省、湖北省、江西省、雲南省……多くの場合、桃源郷は霞みがかった山あいに出現するようです。

 そうなると山国である日本にも当然「桃源郷伝説」が存在するはずです。探してみると、桃源郷の記述は日本を代表する民俗学者・柳田國男先生が書いた『遠野物語』の中で見つけることができました。やはりその伝説が残されている場所も遠野の山中です。

 ちなみに桃源郷はよく理想郷やパラダイス、ユートピアなどと同じように扱われることが多いのですが、実はその本質はまったく違います。

 大きな違いは行こうとしても辿り着けないところ。山中を彷徨っていて偶然に足を踏み入れることはありますが、探して見つかるものでもなく、また、一度足を踏み入れた桃源郷に再び行こうとしても絶対に見つけることができません。

 俗世から隔絶された幻の秘境。それが桃源郷なのです。

 

 今回ご紹介する西米良村はそんな幻の秘境を現実に体験できる場所と言えます。

 実際、この村に足を踏み入れた瞬間、不思議な空気に包まれます。まず最初に音がなくなるのです。かといって決して何もないわけではありません。車も普通に走っていますし、四方の山からは音を立てて風が吹き抜けています。そして眼下には川のせせらぎもあります。それにもかかわらず西米良村には「音がない」のです。おそらく、周囲を囲む山が雑音を優しく吸収してしまっているのでしょう。ここには都市にありがちなキンキンする音がまるでありません。

 そのまま車で村の中心部に向かいますが、聴覚が不思議空間に入っているためか、どんどん不安になってきます。なにしろ村の中心部までの道のりは山道が続くだけで民家がほとんどなし。まさに山を彷徨う迷い人といった感じです。

 不安と孤独に泣きそうになりながら車で走り続けること1時間。ようやく村の中心部に着くと突然民家や旅館が出現しあたりの視界が広がります。この時の安堵感は文字通り筆舌に尽くしがたいものがあります。到着するまではチビリそうになりましたが、この不安な道中も西米良村の旅の醍醐味と言えるでしょう。

 

 村の中心部もなんとも言えぬ趣深さがあります。村人の方々の誤解を恐れずに言えば、横溝正史の小説の世界のようです。そこには過去から脈々と生きづく秘境ならではの物語が横たわっており事実、西米良村には不思議な伝承が数多く存在します。

 その代表格がカリコボーズ。名称からして胡散臭い匂いがプンプン漂ってきます。

 

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 村の資料館で調べたところ、カリコボーズとは西米良村を含む米良地方に古くから伝わる精霊のことでした。

 

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菊池第19代武夫公のために村民が建てた別邸。現在は菊池記念館として一般公開(入館料無料)
 

 

 春の彼岸から夏にかけては水の神になり、秋の彼岸から冬にかけては山の神に変化するそうです。つまり山と水の両方の恵みを村人に与える精霊ということになりますが、このカリコボーズ、どうやら村人に幸せだけを運んでくるようではないようです。

 言い伝えによると確かに普段は村の守り神なのですが、いたずら好きの精霊らしく、祈りの儀式を怠ると家をガタガタと揺すって村人を恐怖のどん底に陥れるそうです。場所が山村だから良いものの、一歩村を出たらポルターガイスト以外のナニモノでもありません。ホラー好きの旅人は是非、祈りを怠ってカリコボーズの餌食になっていただきたいものです。

 

 その他にも西米良村には柳田國男先生や横溝正史先生が腰を抜かすような伝説、伝承がたくさんあります。

『ガッパのすもう』と『ガッパのお礼』、『木浦のうるし兄弟』、『米良のあさよむ』、『磐永姫物語』、『鬼びつ』、『そでかけ松』、『大神谷』、そして『くさいふろ』など、どの伝説もタダゴトではない雰囲気を醸し出しています。

 

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数々の伝承本はすべて手作り

 

 もし、かの大作家たちがこの村に迷い込んだら、さらに多くの名作が誕生したことでしょう。

 

 さて、カリコボーズに心の中で祈りを捧げ、ポルターガイストの恐怖を回避した記者はゲンキンなもので急にお腹が減ってきました。思えば村の不思議空間に圧倒され、食欲すら忘れていたのです。そういえば、桃源郷に迷い込んだ旅人の中にも「腹を減らした」的な記述はあまり存在しません。人間、異空間に陥ると平素のつまらない人体機能が一時的に停止するのかもしれません。その代わり長い都会生活で忘れかけていた「本能」が芽生えてきます。おそらく記者の空腹も普段の生活習慣的なものではなく、人間の本能に根ざしたものに違いありません。

 そうなると、普段とは違う「食」を堪能したくなるのも人間の本能です。聞くところによると、この村では昔から野生の鹿や猪を食する文化があるとのこと。そこでさっそく村にひとつだけあるジビエ加工所に訪問してみました。加工しているということは食うこともできるに違いありません。

 

 対応してくれたのは西米良村で「むら創生課」の主幹を務める渡邉香苗さんとジビエ加工所の代表者で「上米良地域資源活用活性化協議会」の会長である小佐井武憲さん、そして渡邉さんのお母様の姉妹である上米良早苗さん。

 

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渡邉さん(左)と上米良さん(右)

 

 実はこの上米良さんがすごい方で西米良村で女性で初めて猟銃免許を取得した方。猟師さんが同伴ならおそらく腰が抜けるほど新鮮なジビエを味わえるはずです。

 

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現役の猟犬さんにも会えました

 

 しかし、ここで大きな問題が発生。このジビエ加工所では純粋に加工だけを行っていて食べることができるのはまた別のところらしいのです。

(※西米良ジビエは「西米良温泉ゆた~と」はじめ村内飲食店で召し上がることができます)

 旅にはアクシデントはつきものですが、桃源郷でのアクシデントは致命的です。会社でのヘマとはワケが違うのです。

 

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 あまりの衝撃に尻餅をついていると、東京くんだりから来た珍客を見て哀れに思ったのでしょうか。今回は特別に加工所でジビエを食べさせていただくことになりました。嗚呼、西米良の皆様、カリコボーズ様、このご恩は一生忘れません。

 渡邉さんと上米良さんが哀れな旅人のためにジビエ食の準備をしてくださっている間に小佐井さんにお願いして解体現場を見学させていただくともできました。小佐井さんたら、ご高齢にもかかわらず、なんとも達者な手さばきで鹿一頭をどんどん解体していきます。もう、お見事というほかありません。

 小佐井さんによると現在、西米良村では鹿や猪、猿などは農作物を荒らすやっかいものとして駆除対象になっているのだとか。実際、これらの獣を捕獲して役場に持っていくと捕獲補助金がもらえます。なんと猿は4万円! 個体を持っていかなくても尻尾を持っていけば良いそうです。なぜ尻尾なのかを小佐井さんに聞くと「尻尾は1個しかないからね」とのこと。やっぱりどこにでも「ズル」をする人はいるようです。そんな悪い人はカリコボーズの餌食になること必至です。存分にポルターガイストを受けてください。

 ちなみに西米良村自体の狩猟の歴史は長いのですが、村が帰属する宮崎県がジビエに本格的に乗り出したのはつい最近のことだといいます。実際、県のガイドができたのも平成27年になってから。それまではジビエに関する明確な衛生基準がありませんでしたが、ここ最近のジビエ人気が県の政策を後押ししたようです。

 加工所の近くにはちょっとした観光スポットもありました。裏山に薬師寺があるのですが、これが猛烈に歴史を感じさせるのです。

 

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古寺感満載の薬師堂

 

どうやら何かの撮影でもロケ地として使われていたみたいですね。

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渡邉さんによると、薬師寺の周りには梅がたくさん生えていて2月は梅が綺麗なんだとか。梅祭りも開催する予定とのことです。

 

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記者が1月下旬に行った時も少しだけ咲いてました

 

 さて、そうこうしているうちに渡邉さんと上米良さんが鹿と猪の「ジビエ焼肉」の準備を整えてくれました。見てくださいなんて食べがいのありそうな赤身肉なんでしょう。

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 さっそくいただきましょう。んんん! なんと! これは旨い! 旨すぎです。獣の肉ゆえに臭みがあるかと思っていたら、まったくありません。しかも牛や豚とはまた違った旨さがあります。冗談ぬきにこんな旨い肉、初めて食べました。山々に囲まれた自然の中で食べると、これがまた格別です。こりゃ、間違いなく病み付きになりますな。

 鹿の焼き肉はニンニク醤油と生姜醤油でいただきましたが、渡邉さんと上米良さんのオススメの食べ方は唐揚げとのこと。今回は突然の来訪でしたから唐揚げにはありつけませんでしたが、次回は是非唐揚げを食してみたいものです。

 ところで、この絶品肉、東京や大阪でも味わうことはできるのでしょうか。

「残念なことに今現在は県内のマックスバリューと村内の物産販売所ぐらいでしか手に入れることができないんですよ」(渡邉さん)

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ジビエ肉が買える物産販売所「百菜屋」。清流「一ツ瀬川」に架かる、日本一の木造車道橋「かりこぼうず大橋」が目印です。

 

 なんと! 少し残念な気もしますが裏を返せば誰でもどこでも食べれるものでないことに価値があると言えましょう。

 村内では「西米良温泉ゆた~と」で鹿のカルパッチョや鹿のシチュー、猪と鹿のメンチカツなど四季折々のジビエ料理が味わえるとのこと。

 いずれにしろ西米良村に来れば間違いなくこの絶品肉が味わえるわけですから、読者の皆様に於かれましては死ぬ前に一度は食べておくことをオススメします。今際の際で後悔しても後の祭りです。

 しかしながら、そうは言ってもただ鹿や猪の肉を食いに来るだけでは西米良村は遠すぎます。人生が嫌になって「どこでもいいから遠くに行きたい」という方ならいざ知らず、飯を食うために飛行機や新幹線に乗る輩など、よっぽどのセレブでもない限り常軌を逸脱しています。

 

 そこで、食以外の西米良の魅力にも簡単に触れておきましょう。

 

 まずこの時期に記者が特筆したいのが3月~4月に咲き乱れる西米良の山桜。桜の数でいえば奈良県の吉野山千本桜が有名ですが西米良村はなんと1万本を目指しており、現在のところ約9千本を達成。満開の時は村全体がピンク色に包まれ、まさに桃源郷の様相を呈します。

 

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 夏は川遊びと花火。ここであえて釣りとせずに「川遊び」と表現したかというと、西米良を流れる「一ツ瀬川」の美しさに触れていただきたかったから。大人といえども村を流れる透き通るような水にはどうしても触れたくなってしまいます。もちろん、ヤマメやアユなどの川釣りも楽しめます。

 

 圧巻なのは花火大会。山に囲まれた村ゆえにその音は日本で一番大きいかもしれません。こちらも人生で一度は体験していただきたいものです。

 

 その他にもお祭りや神楽などの伝統行事が数多くありますが、記者が都市に住む皆様に一番体験していただきたいのはやはり自然。

 

 前述に「本能が目覚める」と書きましたが、実際、西米良村に入ると、都心の喧騒でこれまで忘れかけていた人間本来の感性が蘇ります。

 

 最初にそれを感じるのは夜です。目を開けても閉じても真っ暗。月のない夜はまさに「漆黒の闇」です。その闇の中で、何者かの生命の気配だけが感じられます。それは野生動物の気配だったりすることもありますが、次第に大地や空気そのものの気配であることに気づかされます。西米良村に来て初めて「地球が生きている」ことを感じることができるのです。

 

 人間が人工的に作った街では到底、体験することができない世界。それを平成のいまでも体感できる村。それが西米良村といえましょう。まさに桃源郷です。

 

 自分の身の回りにある小さなゴタゴタや仕事のストレスで疲れている方はもちろん、そうでない方も是非西米良村に足を運んでみてください。新しい自分を発見できるに違いありません。

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【西米良村お問い合わせ】

西米良村観光協会

【電話】0983-36-1111

 

 


Nishimera Gibier
―宮崎県・児湯郡西米良村―
 [Nishimera village Miyazaki]

 西米良村は人口1200人ほどの小さな山村。名君として知られる菊池則忠の遺徳が今も息づく。魅力ある自然や風土をはじめ、独特の山村文化など、地域特性を活用し磨き上げてきた。「ホイホ〜イ」の掛け声とともに、山から川へと下る米良の守り神「カリコボーズ」も、森の精霊として村民に親しまれている。桜の咲き誇る春、新緑とともに一ツ瀬川が輝き始める夏。おいしい食べ物や紅葉の楽しめる秋、厳しい寒さの中で楽しむ神楽の冬。村には、四季折々の自然の美しさとともに、ここに暮らす人々の、魅力的な営みが伝承されている。村民一人ひとりが、「ここに住んで良かった」と思えるような幸福度の高い村づくりに努めていて、「生涯現役元気村」を合言葉に、都市と農村のつなぎ役として、交流人口促進による村の活性化に取り組んでいる。2018年には村内にジビエ加工施設が完成。捕獲後に血抜きなどの処理を行っているため、臭みがなく上質なジビエを味わうことができる。鹿カレーなど加工品にも力を入れている。

【特産品】ジビエ料理・ゆず・しいたけ・鮎・ゆず加工品(ゆず みそ、ゆず羊かん、ゆず胡椒・ゆずドレッシングな ど)・木工品・ほおずき・ほおずきアート・カラーピー マン・西米良サーモン・米良糸巻大根・イセイモ

 

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「西米良村ジビエ処理加工施設」

【住所】〒881-1413
宮崎県児湯郡西米良村大字上米良154−5
【電話】0983-36-1560

野生鳥獣肉(ジビエ)を解体処理、加工する新たな施設を西米良村上米良地区に建設。地区住民らでつくる協議会が村内外で捕獲されたシカやイノシシを精肉に加工して販売。現在は外注しているレトルトシチューなどのジビエ商品の村内生産も視野に、地域活性化を図っている。

 

<双葉社のジビエ本>

isbn978-4-575-45655-4

日本のジビエを味わうグルメな旅と極上の店
「GIBIER(ジビエ)」
【TABILISTA BOOKS 08】

森の恵み、感動のジャパニーズジビエ73品

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