ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#08

ローマ/ヴェネツィア:カーニバルのあれこれ

文と写真・田島麻美

carnevale_title

 

寒さが少しづつ緩み、日に日に春へと近づいているのが感じられる。カーニバルが終わると、春はもうすぐそこだ。カーニバルはクリスマス、イースターとともにイタリアの暮らしを彩る行事の一つだが、実のところ一体何を祝うものなのか私にはよくわからない。周囲のイタリア人に尋ねてみたところ、「カーニバルには仮装してハメを外すんだよ」とか、「フラッペとかカスタニョーレとかドルチェをいっぱい食べる日!」とまあ、漠然とした答えが返ってきた。毎年2月頃(カレンダーによってカーニバルの日は毎年変わる)にイタリア各地で行われるカーニバルは、一体何のためにあるのか?
 

何度聞いても混乱する「カーニバルの日の覚え方」

 

  カーニバルがカトリックの宗教行事であることは知っていたが、クリスマスがイエス・キリストの誕生日、イースターがキリストが復活した日であるのに対し、カーニバルは一体いつが祝日で、そもそもなんのお祝いなのかが今ひとつはっきりしなかった。カトリック教徒のイタリア人の友人に質問すると、「あ〜、私もカーニバルは毎年カレンダーを見ないと、いつなのかわからないわ」と言われた。
 彼女の解説によると、カーニバルの日の決め方はこうである。
「まず最初にその年の復活祭の日を調べるのよ。復活祭は春分の日の直後の満月の日の次の日曜日(この辺ですでに私の頭は混乱)。で、復活祭の一週間前の日曜日から40日前に遡った水曜日が『灰の水曜日』で、その前日までの数日間がカーニバル、ということになっているの」。はぁ? で、そもそもカーニバルはなんのためにあるの?
「う〜ん….。イエス・キリストが十字架に架けられて復活するまでの期間に相当する40日間は、『スピリチュアルな暮らし』を心がけるために食生活も質素にするとされているの。だから、その清貧生活に入る前の数日間は食べて飲んで踊って思い切り弾けよう、というのがカーニバルの意味なんじゃないかしら」。
 わかったような、わからないような。ともあれ、ローマの街ではみんなカーニバルをどのように過ごしているのか、街を散策してみることにした。

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

清貧期間に入る前日の火曜日は『マルテディ・グラッソ(肥沃な火曜日)』と呼ばれるカーニバルの最終日。この日、カーニバルの熱気は最高潮に達する。

 

 

 

古代ローマが起源のお菓子「フラッペ」

 

  街のバールへ立ち寄ると、薄い揚げ煎餅のようなお菓子がショーケースに山盛りになって並んでいる。『フラッペ』と呼ばれるこの時期特有のお菓子だ。バールのおばさんにどう作るのか尋ねてみると、「小麦粉と卵とバターで生地を作って油であげて粉砂糖をまぶすのよ」と教えてくれた。シンプル極まりないお菓子だが、「フラッペが食べられるのはカーニバルの時期だけよ!いっぱい食べなさい!」と勧められた。
  しかし、「なんでこれがカーニバルのお菓子なの?」という質問は、おばさんに完璧に無視された。居合わせた客の一人が、「フラッペは古代ローマ人も食べていたんだぞ!」と言うので私が訝しげな顔をすると、別の女性が面白がってスマホで早速ググってくれた。
「カーニバルの語源はラテン語の『Carnem(肉)Levare(排除する)』だって。だから清貧期間に入る前に思いっきり肉を食べるお祭りがカーニバル。古代ローマ時代からこの習慣はあって、冬季に食用にした豚肉をこの時期に一気に消費した。で、貧しい人たちにも小麦粉の生地を豚のラードで揚げたお菓子が配られたんですって。それがフラッペの始まりよ」。お姉さん、ありがとう! おかげで少しずつカーニバルの起源がわかってきた。
 ローマではこのフラッペが有名だが、カーニバルのお菓子は地方ごとに形も名前も様々に異なる。ミラノでは『キアッキレ』、フィレンツェなら『チェンチ』、ヴェネツィアでは『フリッテッレ』と呼ばれるお菓子がカーニバルの代名詞となっているようだ。どのお菓子にも共通するのは、「小麦粉を揚げてクリームや砂糖で味をつけたお菓子」であること。子どもだけでなく、大人の女性も男性も、この時期には嬉々としてこうしたお菓子を食べるのがカーニバルの風物詩となっている。

 

 


OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ローマのカーニバルのお菓子の代表「フラッペ」(上)と「カスタニョーレ」(下)。どちらもシンプルな小麦粉の揚げ菓子。

 

 

  

子どもたちが主役のローマのカーニバル

 

  ローマ市内ではカーニバルの期間、街のあちこちで仮装した子どもたちがはしゃぎ回る光景が毎日見られる。住宅街はもちろんのこと、スペイン広場やナヴォーナ広場、コルソ通りといった観光名所でも、色とりどりの衣装に身を包んだ子どもたちが、コリアンドロと呼ばれる紙吹雪の玉を道ゆく人々にぶつけては歓声をあげていた。
 ここ数年でようやく「ハロウィン」が定着してきたイタリアだが、そもそもハロウィンはカトリックの宗教行事ではなく、それ以前はカーニバルこそが「仮装といたずら」のお祭りだった。子どもたちは毎年、自分たちの衣装や仮装する人物について必死に頭を悩ませ、親はその期待に応えようとこれまた必死で衣装や小道具の準備に取り掛かる。とあるマンマの話では、「カーニバル最終日の火曜日は、子どもたちは仮装したまま学校へ行くわよ。もっとも喜んでこれをするのは小学校低学年くらいまでだけど。この日は先生たちもノリノリで仮装してくるから子どもたちは大喜びするわ!」。先生も子どもたちも、仮装したままする授業はさぞかし賑やかだろうと微笑ましくなった。
 

 

carnevale_4

紙吹雪を投げつけながらはしゃぎ廻る子どもたちとそれを見守る大人たち。ローマのカーニバル期間は街のどこででも見られる風景。

 

 

 

 

「大人の本気」に圧倒されるヴェネツィアのカーニバル

 

  ローマのカーニバルが子どもたちのイベントなら、ヴェネツィアのそれは正真正銘、大人のための大イベントだ。私もかつてヴェネツィアのカーニバルを体験したことがあるが、まるで異次元の世界に迷い込んだかのような錯覚に陥ったことを思い出す。
 カーニバルの季節は一年で最も寒い時期であり、北イタリアの運河の街はこの時期氷点下になることもしばしば。私が行った年の冬は特に寒さが厳しく、運河から船で乗りつけたヴェネツィアの旧市街には雪が舞っていた。リュックを背負って街を歩いていくと、細い通りの角で突然、中世の貴公子のような長髪のカツラと長い黒マントをなびかせた仮面の男性と鉢合わせした。ギョッとして身を固めた私に、貴公子はうやうやしく腰をおって手を伸ばし、「マダム、どうぞお先に」と言いながら道を譲ってくれた。リュックを背負ったジーンズ姿のマダムは一瞬呆然とし、「は!どうも!!」とお礼を言ってそそくさとその場を離れた。なんだかすごいところに来ちゃったな。というのがその時の正直な感想である。と同時に、「これからどんな光景に出会えるんだろう!? まるで豪華絢爛なハリウッド映画の世界にいるみたい!」とワクワクしてきた。

 

 

 

carnevale_5

サン・マルコ周辺で出会ったマンマ。この仮装で平然とベビーカーを押し歩いていた。スーパーの袋もあったので、恐らくこのままの姿で買い物も済ませてきたらしい。

 

 

 

  翌日の朝。みぞれ混じりの冷たい雨にも関わらず、リアルト橋周辺は仮装した人や観光客がおしくらまんじゅう状態でひしめきあい、異様な熱気に包まれていた。橋の上でポーズをとるカップルは、いつもなら軽装のツーリストだが、この日は豪華な総レースのドレスと金色の仮面に身を隠したマダムと黒いベルベットの貴公子風の衣装に身を包んだ紳士である。多分、地元ヴェネツィアのカップルだろう。その二人を取り囲んだツーリストたちが一斉にフラッシュをたいてシャッターを切っていた。
 リアルト橋からサン・マルコ広場までのヴェネツィアの旧市街は、表通りも裏通りもこうした趣向を凝らした本格的な衣装と仮面に身を包んだ老若男女で溢れかえっていた。なんだか普段着で歩いているのが恥ずかしくなって来る。そう思ったのは私一人ではなかったらしく、仮面や昔の宮廷衣装を売る店、帽子屋さんなど、仮装に関する小道具を売るお店はどこもかしこもにわかに「仮装願望」を刺激された観光客でいっぱいだった。
 サン・マルコ広場はヴェネツィアのカーニバルのいわばメイン・ステージ。老舗のカフェのテーブルではルネサンスの宮廷貴族の紳士淑女がワインを傾け、広場には仮装した人物になりきった男女が観光客の熱い視線をさらっと受け流しながら悠々とおしゃべりに興じている。立ち寄った店で聞いた話では、念のいった仮装をしているのは大体が地元の人々で、ヴェネツィア人はカーニバルの衣装を一年前からオーダーで注文したり、あるいは自ら手作りで用意するのだそうだ。豪華な衣装はそれこそ数十万円、場合によっては数百万円もする、とのことだった。「一年のうちカーニバルの数日間だけは、昼も夜も全くの別人になって過ごすのよ。そのためには、大金を払っても決して惜しくないわ」
 おっとりとした口調で教えてくれたお店の高齢のマダムの微笑に、カーニバルにかけるヴェネツィア人の「大人の本気」が見え隠れする。ああ、なんてカッコいいんだろう!
 残念ながらそこまで懐が豊かでなかった私は、路上のフェイス・ペインティングで我慢することにした。くすぐったい絵筆の感触を顔の上に感じつつ、「お金持ちになったらもう一度ヴェネツィアのカーニバルに来よう。その時は絶対に、ドレスもカツラも仮面もキンキラキンの本物を身につけよう」と心に固く誓ったのだが、その野望はいまだに実現できていない。

 
 


 

 

carnevale_6

 

carnevale_7

 

carnevale_8

  ヴェネツィアのカーニバルでは、旧市街全体が巨大なステージと化す。市民は誰もがこのステージの主役になりきり、趣向を凝らした衣装とその演技力でツーリストたちを圧倒する。

 

 

 

★ MAP ★

 

地図

*ヴェネチアへは、ローマからは高速列車で約4時間、ミラノからは約2時間半

      

 

 

 

*この連載は2017年1月からは毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は3月23日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

Exif_JPEG_PICTURE

田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

   

ブーツの国の街角で
バックナンバー

その他のTRAVEL

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る