ブルー・ジャーニー

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#07

ロフォーテン諸島 鯨撃ちとオーロラ〈1〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

海に浮かぶアルプス

 

「どこから来ましたか?」

 観客席の隣人に聞かれる。

「日本からです」

「わたし、オスロの丸紅で三年ほど大豆の売買をしていました。それで日本に何度か行きました。いいところですね、オカチマチ、カマクラ、キョウト……」   

 原田雅彦がスタート台に上がる。

「ハラダは引退しますか?」

「まだしないと思います。一〇〇歳まで飛びたいと言っていますから」

「そうですか」隣人はほっとしたような顔で言った。「ハラダはいつもニコニコしていて、ジャンプに対してすごくポジティブ。雰囲気がいいから好きなんです」

 

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 二月下旬、フィンランドの首都ヘルシンキから北へ一〇〇キロの地、ラハチで開催されているノルディックスキー世界選手権大会。時計の針は午後五時をまわったばかりだが、とっぷりと日が暮れている。この時期、北欧の太陽は稜線の上に顔を出すと、忘れ物を思い出したかのようにすがたを消す。

 歌、踊り、歓声、叫び声、絶え間のない足踏み、舞い降りる雪を縫って、ゆらゆらと漂うアルコールの匂い。気温マイナス二三度の会場は沸騰している。

「大会が終わったら日本に?」

「いえ、せっかく北欧まで行くのだから、まっすぐ帰るのはもったいない。そう思ってスカンジナビアをよく知るひとに相談したところ、ロフォーテン諸島をすすめられて」

「ロフォーテン! そのひとはとても正しい。ノルウェーでもっとも美しいところはどこか。ノルウェー人にそう質問したら、一〇人のうち八人はロフォーテン諸島だと答えるはずです」元商社マンは赤と白とブルーのノルウェー国旗を振りながらつづけた。「南の人間はちょっと内向的なところがありますが、北の人間はオープンで温かい。言葉遣いはすこし荒っぽいですけど」

 

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 ヘルシンキ~オスロ~ボードーと飛び、プロペラ機でロフォーテン諸島唯一の空港、スボルヴァールへ。

 眼下にふたつとない曲線が、途切れることなく、どこまでもつづく。

 フィヨルドの宝庫、ノルウェー。南北に伸びる海岸線は、地球上でもっとも複雑に入り組んでいて、無数に浮かぶ島々を含めると、総延長は約一〇万一〇〇〇キロ。まっすぐに伸ばして地球に巻きつけると、ふたまわりと半周。

 “北方への道”を意味するノルウェー。片田舎に伝わる伝説は、道の始まりを、つぎのように物語る。

 

──神様は世界をおつくりになったとき、ノルウェーに平地をこしらえることをお忘れになった。あとでそれにお気づきになり、肩に背負っていた袋の底に残っていた少しばかりの土をかき集めて撒かれ、それが岩と山に囲まれた平地になった。神様はノルウェーの人々にわずかな平地しか与えることができなかったが、その代わりに、その平地を愛する心をお与えになった。

 

 国土面積は、日本から九州と新潟県を取り除いた広さとほぼおなじ約三八万七千平方キロ。南北の直線距離は一七五二キロ。東西のもっとも幅の広い部分は四三キロ、もっとも幅の狭い部分は六・二キロ。内陸部の七〇パーセントは山岳地帯で耕地面積は三パーセント。湖の数は国民二二人にひとつの割合の約二〇万。無数の川が流れ、約一五万の島が海に浮かぶ。

 国土の三分の一は北極圏 ──太陽が一日中沈まない日と一日中姿を見せない日が年に一日以上ある地域(北緯六六度三三分以北)──に位置する。六月初旬から七月初旬にかけて空に真夜中の太陽が輝き、冬はオーロラが太陽に代わって夜空を彩る。

 

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 荷物を部屋に置き、ホテルの裏手の埠頭に出る。二月の北極圏なのに寒くない。

 カツオドリやカモメやウミスズメの、遠く近く、澄んだ空気に響き渡る鳴き声。深呼吸を誘う、甘く濃い潮の香り。世界が大きくなってしまったかのように広がる空。

 シシャモが詰めこまれた大きな樽が無造作に並べられている。

 顔の半分が髭で覆われた漁師らしき人に聞く。

「これは、どう料理するんですか?」

「どうって、おれたちは食べないよ」

「食べない?」

「全部輸出するんだ。オスとメスを手で仕分けして。欲しいなら持っていっていいよ。カニ、エビ、ムール貝、タラ、このへんにあるやつはどれでも」

 漁師らしき人は両手を広げてそう言うと、大股で歩いていった。

 

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 北緯六七度から六八度にかけて位置するロフォーテン諸島。遠い昔、氷河に削り出された鋭鋒が海の中から立ち上がり、約一〇〇キロに渡ってつづく景観は「アルプスの四千キロ級の山々の上部を切り取り、海に浮かべたような」と形容される。

 諸島全体は七つの主な島々と千を超える小さな島々で構成され、総面積は沖縄の半分より少し広い一二二七平方キロ。島々は北東から南西方向にかけて細長く横たわり、東側は本土のフィヨルドに、西側は目前に広がる北大西洋に面している。

 シャーベットのような波打ちぎわを間近に見たくて、高さ一メートルほどの岩の上から飛び降りる。

 まったく予想していなかった感触。

 歩き、走り、飛び跳ねる。

 漆黒の砂浜はどこもコンクリートのように凍りついていて、びくともしない。

 海水をすくい、口に含む。冷たくて、海らしく塩辛い。

 

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 ホテルにもどり、ロフォーテン諸島でただひとりの日本人、レイコさんを待つ。

 神奈川・横浜市出身。新聞社に勤務したのち、美術を学ぶために渡仏。ノルウェー人と結婚し、オスロに住んでいた妹の紹介でご主人と知り合い、ノルウェー語をまったく話せなかったが、結婚。

 直後の一九八八年(昭和六三年)、ロフォーテン諸島がユーゴスラビア内戦の難民の受け入れを決定。難民のための授業に潜りこんでノルウェー語を覚え、現在は主婦とガイドを兼業。

「魚でも貝でも、なんで持っていっていいと言われたのですが」

 レイコさんに埠頭でのできごとを話す。

「旅行客だからということではないんですよ。島の人たちが日常的に行っていることで、そもそもここには魚屋という職業がないんです」

(つづく)

 

*ロフォーテン諸島の観光情報は、ノルウェー政府観光局WEBサイト↓をご覧下さい。

http://www.visitscandinavia.org/ja/Japan/Norway/Lofoten/

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

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