東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#07

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈4〉

文・下川裕治

ブアヤイからケンコーイへ

 まだ暗いブアヤイ駅でケンコーイまでの切符を買った。44バーツ。日本円で約160円。タイの列車は、各駅停車になると、突然安くなる。5時間もかかる距離なのだが。

 バンコクとチェンマイを結ぶ路線の未乗車路線に乗り、イサンと呼ばれる東北タイに移動した。今日はブアヤイからケンコーイ、ナコンラーチャシーマーからウボンラーチャターニーという2本の未乗車区間に乗ることになる(文末の手描き地図を参照)。

 ホームには、それぞれ4両編成の列車がふたつ停車していた。同じホームだが、進行方向が逆だった。ひとつはナコンラーチャシマー行き、もう1本がケンコーイ行きだ。同じ5時50分に発車する。今日はナコンラーチャシーマーを通ることになるが、ブアヤイからナコンラーチャシーマーの路線は何年か前に乗っていた。乗る列車を間違えると、ここまで来た意味がなくなってしまう。

 駅員に確認した。彼はケンコーイ行きの車両を指さし、こういった。

「先頭の2両のどちらかに乗ってくれますか。今日は学生が300人も乗ってくるんで大変なんだよ」

 その日は月曜日だった。通学の学生が300人も乗るのかと思ったが、どうも様子が違う。

 タイでは鐘の音が列車の発車合図だ。5時50分に動きはじめた列車を、しだいに朝日が照らしはじめる。6時30分、バーンルアムに停まった。ホームにはボーイスカウトの学生が30人ほどいた。駅員がいっていたのは、この学生のことのようだった。それにしては数が少なかったが。

 後から敷かれたバイパス線だから、沿線に街は少ない。畑と灌木林ばかりが続き、駅の多くは無人だった。途中に高校など1校もなかった。

 乗客も少なかった。1車両に10人程度だろうか。それでも物売りが次々に乗ってくる。東北タイ名物の鶏の炭火焼き、ガイヤーンともち米。お粥。ホットコーヒー。ガイヤーン売りのおばさんはかなりの肥満体だった。売れ残った鶏やもち米太りではないだろうか。

 

ウボンラーチャターニーへの乗り継ぎ切符を買う

 ケンコーイには定刻に着いた。

 ここから方向を変えてウボンラーチャターニーに向かう。途中のナコンラーチャシーマーから先が未乗車区間だ。

 駅の窓口の前に立った。

「ウボンラーチャターニーに行きたいんですけど」

「夕方18時15分発が1本あるだけですね」

 窓口の職員は自信ありげにいった。その列車はわかっていた。しかしウボンラーチャターニーに着くのが翌日の午前3時半近くなのだ。できれば乗りたくはなかった。

「あの……、12時16分発のシーサケット行きに乗れば、14時20分にナコンラーチャシーマーからウボンラーチャターニーに向かう各駅停車に乗り継ぎできるんじゃないでしょうか」

 たまたま窓口に、ケンコーイ発の時刻表が置かれていた。僕はそこを指で示しながら説明した。

「ほおーッ。たしかに」

(ほおーッじゃないでしょ)

 駅員はなにか珍しいものを見るかのように時刻表をのぞきこんだ。

 タイで列車の切符を買うとき、いつも思うのだが、目的地の駅名を伝えると、乗り換えなしで着く列車を伝えてくれるだけなのだ。彼らの頭のなかには、列車を乗り継ぐという発想がないようだった。オンライン化して、その傾向がますます強くなった。システムも乗り継ぎを考えていない節がある。

 そんなときは、自ら乗り継ぎを伝えなくてはいけないのだが、一瞬、これは乗客がすることだろうか……と悩んでしまう。

 日本の列車を考えれば、今日の乗り継ぎなど赤子の手をひねるほど簡単なことなのだが、タイ人には考えもつかないことのようだった。駅員は続いてこういった。

「で、どういう切符を買います?」

(それはあなたが考えることでしょ)

 とつい口に出そうになったが、ぐっとこらえて、シーサケットで乗り継ぐことにした。

「シーサケットから先はここで買う。シーサケットでも買えますけど」

「時間がないかもしれないので、ここで」

「そ、そう。シーサケットでも買えるんだけどな……」

 2枚の切符をつくるのが面倒なようだった。

 12時16分発のシーサケット行きは、バンコクを10時すぎに出た特急だった。しかしここで20分遅れていた。乗り継ぎ時間は26分しかないから、かなり危ういことになる。

 しかしタイの列車はわからない。ナコンラーチャシマーには、予定より5分早く到着してしまった。ところがその先のチャカラットに着いたときは15分遅れていた。時刻表のつくり方が杜撰なのだろう。

 列車はイサンの農村地帯を延々と走った。ブリラム、スリン……とイサンの大きな街に停まりながら終点のシーサケットに着いた。しかし20分遅れている。急いで、ウボンラーチャターニー行きが停まるホームに向かった。息せき切って、そこにいた駅員に訊いた。

「大丈夫。次の列車は30分遅れているから」

 タイの列車だった。   (つづく)

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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