旅とメイハネと音楽と

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#07

インド映画音楽作曲家、A.R.ラフマーン来日レポート〈前編〉

文と写真・サラーム海上

 

インド映画音楽を代表する作曲家、ラフマーン

 9月15日、僕は2ヶ月ぶりに九州福岡に飛んだ。現在のインド映画音楽を代表する作曲家のA.R.ラフマーンが福岡アジア文化賞大賞を受賞し、その授賞式のため二度目の来日を果たすことになり、僕は17日に開催される彼を交えた市民フォーラム「From the Heart~A.R.ラフマーンの音楽世界」に司会進行役として抜擢されたためだ。
 ラフマーンは僕がインド映画音楽にのめり込むきっかけとなった作曲家だ。インド映画後進国である日本では『スラムドッグ$ミリオネア』や『ムトゥ 踊るマハラジャ』の音楽を作った人としか紹介されないが、世界的に見れば、アルバムの総売上数はマドンナやアバなどに匹敵する3億枚を売上げている。そして、インド本国だけでなく、アメリカやイギリス、東南アジアや中東では数万人規模のスタジアム公演を何度も成功させている。現在、世界で最も人気の高い作曲家である。 
 これまで僕はラフマーンについて無数の原稿を書き、ラジオで紹介し、クラブDJとしても彼の曲を沢山プレイしてきた。2009年春、彼が『スラムドッグ$ミリオネア』で米国アカデミー賞を受賞した直後の初来日時に、僕は彼にインタビューを行っていた。その縁で今回も僕が司会進行を務めることになった。
 僕の仕事は17日だけだが、彼はバンドメンバーやスタッフたちとともに14日に来福し、15日には他の二人の受賞者たちとともに記者会見を行い、16日には授賞式に参列し、18日まで滞在する。インドを代表する作曲家が日本に5日間もいるなんて、こんな機会はめったにない。僕は15日から福岡に行き、3日間を彼らとともに行動することにした。日本を訪れるのが初めてのインド人メンバーたちにとって、普段からインド人と付き合いがあり、少しでもヒンディー語を話す僕の存在は役立つこともあるはずだ。そう思って、ボランティア参加を申し込んだのだ。
 15日午後3時、薬院にある友人のアパートに荷物を置き、福岡アジア文化賞記者会見会場のグランドハイアット福岡に向かった。会場に入ると、広い部屋の左奥にステージとテーブルが組まれ、ラフマーン、そしてフィリピンの歴史学者アンベス・R・オカンポと、パキスタンの女性建築家のヤスミーン・ラリ、三人の受賞者が腰掛けて、集まったメディアからの質問に答えていた。
 海外メディアからの「賞金は何に使いますか?」という質問に対し、彼は「あ、賞金をもらえるんですか? そうですね。今、制作中の僕の初めての映画に使おうと思います」と、500万円の賞金のことを初めて聞いたような受け答え。その後、3日間のアテンドを通じて、いやというほど思い知らされるのだが、彼は純粋な音楽への愛(その他、信仰と家族も重要)の中で生きていて、賞金だけではなく、目の前の予定やら、時間管理やら、人との約束やら、食事やら、その他もろもろのことは全く無頓着なのだ。

 

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福岡アジア文化賞、記者会見会場にて

 

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3人の受賞者。中央がA.R.ラフマーン、右はフィリピンの歴史学者アンベス・R・オカンポ、左はパキスタンの女性建築家ヤスミーン・ラリ

 

 記者会見終了後、ラフマーンに挨拶する。
「やあ、久しぶり。君は福岡に住んでるの?」
「たった今、東京から着いたんです。僕は明後日の市民フォーラムの司会をします。その前に3日間ご一緒します」
「東京からわざわざ?」
「ええ、僕の友達も20人くらい東京から来ますよ。みんな、インドの観光ビザを取得して、チェンナイまで行くのと比べたら、福岡に来るなんて楽ちんだと言ってますから」

 

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記者会見後、ラフマーンに挨拶


 その後、彼は短いインタビューを四本こなし、夕方7時すぎに翌日の授賞式会場アクロス福岡シンフォニーホールで行われている福岡西陵高校管弦楽部のオーケストラによるリハーサルに向かった。
 ホールに入ると、ステージ上でブラジル人指揮者リカルド・アベルバッハが高校生たちを率いて『スラムドッグ$ミリオネア』からの曲「ジャイ・ホー」を演奏していた。日本で本物のフルオーケストラの演奏によるラフマーンの曲を聞くことが出来るなんて! 
 このための準備は1ヶ月以上前から頻繁なメールを通じて行われていた。インドから送られてくるはずのオーケストラ譜面がなかなか揃わなかったため、日本側は一時は曲数を減らすことも考えていた。全曲の譜面が揃ったのはつい1週間ほど前。それから高校生の部員たちは必死で練習を続けたに違いない。
 1995年の大ヒット映画『ボンベイ』の荘厳なテーマ曲は、西洋的なオーケストラとインドの旋律が融合したラフマーンならではの曲だ。CDで何百回も聞いてはいたが、16、17歳の高校生たちが全身全霊を込めた生演奏を聞いて、僕はつい鳥肌が立ってしまった。


 

 

 この曲ではイントロのフルートと間奏のクラリネットがキモとなる。そのためラフマーンは大半の部員を帰した後も、二人のソロ奏者だけを残し、ピアノを弾きながら彼女たちに演奏の指導を行った。彼に直接指導をしてもらえるなんて、世界中の音楽家たちが羨ましがるぞ~!

 

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演奏メンバーとリハーサルを見学するラフマーン
 

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ラフマーンと共演するのは福岡西陵高校管弦楽部のオーケストラ

 

 翌16日、ラフマーンは午前中に二度目の高校生たちとのリハーサルを行い、午後からは近くのモスクを礼拝のため訪れた。ムンバイから来た若いメンバーたちはボスの目から一瞬だけ離れ、ここぞとばかりに「寿司が食べたい」「天ぷらが食べたい」と言い出した。僕たちは喜んで彼らを近くの天ぷら屋に案内した。
 運営スタッフは、せっかく福岡に来たのだからラフマーン一行に地の物を食べてもらいたいのだが、ラフマーン本人は食事に右往左往されることがイヤらしく、世界中どこへ行ってもピュアな南インド料理、ハラル料理だけを口にするらしい。新しい町に着いて、いったん気に入った店を見つけたら、その店の料理だけを食べ続ける。福岡では南インド料理店『106サウスインディアン』が気に入り、夕食に二度訪れ、その後の昼食も夜食もケータリングを頼んでいた。

 

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本番当日の午前中も入念なリハーサル

 

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右はシタール奏者のアサド・カーン

 

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Youtube動画を見たラフマーンによってスカウトされたジョーニター・ガーンディー

 

 16日の夕方は福岡アジア文化賞授賞式。式にはなんと秋篠宮さまご夫妻も出席するため、会場は最大の警備体制。そんな中、スタッフはいつもマイペースなラフマーンにやきもきしながらも、時間内に無事に全員を会場入りさせた。
 そして、授賞式がつつがなく終了した後、休憩を挟んで、福岡西陵高校管弦楽部による演奏が始まった。曲はリハーサルで何度も聞いていた「ボンベイのテーマ」、そして『ムトゥ 踊るマハラジャ』の「オルワン・オルワン」。2曲の後、ラフマーンと若いシタール奏者のアサド・カーンがステージに登場。シタールの速いフレーズが印象的な『スラムドッグ$ミリオネア』からの短いインスト曲「モーサム&エスケープ」をピアノとシタールで掛け合った後、美人歌手ジョーニター・ガーンディーが登場し、予め録音されたアップテンポなリズム・セクションのオケに合わせて、ピアノ、オーケストラ、シタール、ヴォーカルをのせた大ヒット曲「ジャイ・ホー」へとなだれ込んだ。
『スラムドッグ$ミリオネア』ではエンディングシーンで流れるこの曲、「ジャイ・ホー」とは「勝利あれ」や「万歳」という意味。これまでの半生に訪れた数々の不幸をヒントにしてミリオネア・ゲームに勝利し、新しい人生を掴んだ主人公ジャマールとヒロインのラティカを祝福する曲である。映画が公開された後、この曲は全世界的に大ヒットし、youtubeにはこの曲のカヴァー演奏やダンス、フラッシュモブなどがあふれかえった。

 

 

 正直言うと僕はこの曲を初めて聞いた時、ラフマーンにしては特筆すべき曲ではないと思った。しかし、映画を見て、繰り返し聴いているうちに、いつのまにかしみじみと「いい曲だなあ……」と思うようになっていた。昨年、東京国際映画祭で上映されたラフマーンのドキュメンタリー映画『ジャイ・ホー A.R.ラフマーンの音世界』では、彼にゆかりの深いマニラトラム監督が「ラフマーンの曲はSlow Poison(遅く効く毒)。最初はヒドイと思う曲でも、段々と好きになる」と言っていたくらいだ。
 こうして、福岡西陵高校管弦楽部とラフマーンの共演はアクロス福岡シンフォニーホールほぼ満員のスタンディングオベーションとともに終了した。

 

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福岡アジア文化賞授賞式、福岡市長からラフマーンへと賞が渡された

 

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授賞式のあと、待ちに待ったラフマーンの演奏

 

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素晴らしい演奏に、観客はスタンディングオベーションで称えた


 楽屋を片付け、福岡市長や在日インド大使や在日パキスタン大使をまじえた懇親会の後、ラフマーンたちは会場で出された料理にほとんど手を付けず、前夜につづいて『106サウスインディアン』へ。二晩連続で訪れたこの店は、翌日の17日の夜は貸し切り予約で埋まってしまっていた。僕のところにも誘いのメールが届いていたが、日本全国から集まったラフマーンのファンミーティングが行われるのだ。そのことを彼に伝えると、「僕のファンミーティングはうれしいけど、そのせいで僕が入れないとはね」と苦笑していた。
 タクシーに分乗し、全員をホテルまで送り届け、僕がアパートに戻ったのは夜中の1時前だった。翌日、17日には僕にとっての本番、市民フォーラム「From the Heart~A.R.ラフマーンの音楽世界」の司会という大役が待っている。それは次回の原稿で!

 

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楽屋でメンバー、スタッフの記念撮影

 

 

ビーツと水切りヨーグルトのサラダの作り方

 さて、今回は三日間のラフマーン同行を全て終えた翌日、18日の夜に友人のアパートで行った中東料理イベント「出張メイハネ」で作った「ビーツと水切りヨーグルトのサラダ」を紹介しよう。7月のロンドン滞在中に立ち寄ったイスラエル料理店『Palomar』で食べた料理を僕なりにアレンジしたものだ。今年の夏は徳島ですだちの味にハマってしまった。なので、この料理にもすだちを使うことにした。すだちが手に入りにくい場合は皮ごと食べられる国産レモンを使おう。
 
■ビーツと水切りヨーグルトのサラダ

【材料(4人分)】
ビーツ……350g(中1個)
ヨーグルト……1/2パック
スペアミントの葉……20枚
すだちまたは国産レモン……1個
レモン汁……1/2個分
EXVオリーブオイル……50ml
塩……小さじ1/2 
胡椒……適宜
スマック……小さじ1

【作り方】
1.ヨーグルトはざるにのせ、重しをかけて2時間、半分の量まで水を切る。
2.ビーツを190度のオーブンで約90分、金串がスッと通るまで焼く。冷めたら皮をむき、水平方向に厚さ2mmに薄くスライスし、ボウルに入れる。
3.すだちは縦に1mmずつ切り込みを入れてから、皮を削りとる。
4.ボウルに残りのすだちの絞り汁、レモン汁、塩、胡椒を入れ、EXVオリーブオイルを加えて撹拌し、ドレッシングを作り、2のビーツによく和える。
5.ビーツを平皿にきれいに並べ、1の水切りヨーグルトをスプーンですくって上から散らし、さらにスペアミントの葉と3のすだちの皮、スマックをふりかけて出来上がり。

 

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*ラフマーン来日レポ、次回、後編に続きます!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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