日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#06

越境するポーク~『ポークたまごおにぎり本店』

文・普久原朝充

 

沖縄の定番食材、ポークランチョンミート

 定食屋のポーク玉子や弁当屋のポークおにぎり、あるいはチャンプルー料理などの食材の定番として、沖縄の肉食文化におけるポークことポークランチョンミートは、やはり外せないだろう。そう思っていたところ、我らが仲村清司隊長に待ったを掛けられた。

「気をつけろ。ポークは難しいぞ。ポークは論争を呼ぶ問題の食べ物なんだ」

 なぜなら沖縄の伝統食化している一面がある一方で、米軍統治による文化侵食的側面もあるからだ。伝聞情報なので恐縮だが、物産展に沖縄の物産としてポーク缶詰を出典するかどうかを巡って議論になったこともあるらしい。なるほど、調べれば調べるほど悩ましいのがポークだった。

 

 そもそも、アメリカの豚加工肉には戦争や侵略の陰がつきまとう。本来、アメリカ大陸にはイノシシや豚は存在せず、生息していたのはイノシシ亜目のペッカリーぐらいだといわれている。そこへ豚を放したのは、新大陸発見と称して移住してきたヨーロッパ大陸民だった。当時、放されて野生化した豚(ワイルド・ボアー)が農作物を荒らすことがあり、今でも駆除の対象とされている。

 アメリカの独立戦争から南北戦争にかけては、ポークバレルと呼ばれる豚加工肉が重宝された。塩水の入った樽(バレル)に豚肉の切り身を漬けただけの簡単な保存食だ。半年から1年ほど持つそうだ。 アメリカ合衆国(U.S.)を擬人化したアンクル・サムという有名なキャラクターがおり、このモデルはニューヨーク州の精肉業者サミュエル・ウィルソンだとされている。彼が1812年の米英戦争において大量のポークバレルを兵士に支給したことにより親しまれ、キャラクターとして象徴化されたという。

 いかにポークバレルが食べられていたのか。特定団体への利益誘導を意味する「ポークバレル法案」という政治用語にも残っている。当時のアメリカの農園主が、特定の従順な奴隷にだけ樽詰めの塩漬け豚肉を配っていたことに由来しているそうだ。

 

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志願兵を募るアンクル・サムのポスター。ジェームズ・モンゴメリー・フラッグ画(1917)

 

 ポークランチョンミートの始まりであるホーメル社のスパムは、第二次世界大戦における軍事携帯食として開発を依頼されて生まれたものだとされる。四角い缶詰は兵士の背嚢に収めやすい形状を考慮したもので、特別な道具なしに戦地で封切りして、そのままパンに挟んで食べられるようになっている。

 ヨーロッパに持ち込まれたポークランチョンミートは、イギリスの各地方の料理に取り入れられ、人気の食材のひとつとなった。スパムを紹介する広告も増えたことで、イギリスのテレビ番組「モンティ・パイソン」のコントのネタにもされた。そのことに由来して、迷惑メールを指すネットスラングともなり、日夜、私たちのメールアカウントを脅かしている。

 ここまでの話をまとめていると、ポークランチョンミートは侵略の象徴であるかのように感じてしまうかもしれない。ところが、さらに調べていると復興の象徴でもあるのではないかと思うようになった。

 

 

ホーメル社のスパム、デンマーク産のチューリップ…

 ポークランチョンミートには、ホーメル社のスパムと人気を二分するデンマーク産の「チューリップ」がある。

 1864年、デンマークはプロイセンとの戦争に敗れ、農業に適した肥沃な地帯を割譲したことで窮地に立たされていた。残された多くの土地は農業に適さない荒地だったからだ。かつてヨーロッパ大陸のなだらかな平地には、オークの木の森林が広がっていた。放し飼いされた豚は、オークの木のドングリを食べて育てられていた。ところが、人口増加とともに森林伐採が進み、17~18世紀頃より豚を放し飼いする農家も減ってきた。失意のデンマークの人々が始めたことは、木を植えることだった。木は荒地化の進行を防ぐ防砂・防風林となり、建材ともなった。荒地は改善され、再び農地として開墾することができるようになった。(※内村鑑三の『デンマルク国の話』に詳しいが、後の研究者によれば内村による脚色部分もあるので注意が必要とのこと)

 植林事業が成功したことで、デンマークは農畜産業に特化していく。イギリスにおける大ヨークシャーなどの品種改良が刺激となり、本来、「在来種」を意味したデンマークのランドレース種を改良し生み出すこととなる。それまで主な輸出相手国だったドイツが1887年に国内生産保護のため輸入を禁じたことで、輸出相手国をイギリスに定め、イギリスで好まれるベーコンなどの加工用の豚へと改良を続けた。1907年には世界に先駆けて家畜の能力検定所を設立し、子の能力から親の遺伝的性能の推定する後代検定方式を取り入れた。

豚はイノシシよりも胴が長く背骨の数も多いのだが、その豚のなかでもランドレース種は特に胴伸びがよい。豚の胸椎は14~16個あるが、ランドレース種の約70%が16個あるそうだ。肋骨も一対多い。椎骨が一個増えることで六枚ものトンカツが余分に取れる計算になるのだとか。加工肉用に胴の長い豚を選抜した結果、現在の品種になったようだ。

そんな加工肉向けの品種開発にも余念のないデンマークのポークランチョンミート「チューリップ」の国別消費量1位はイギリスで、日本は3位だという。さらに、付け加えると日本に輸入されるポークランチョンミートの90%以上が沖縄で消費されている。

 侵略の象徴か、それとも、復興の象徴か。そもそも、ポークランチョンミートをそのように意味づけることは適切ではないのかもしれない。食はもっと自由で、美味しさ、健康、経済性などを考慮しながら、個々人の判断にゆだねられて欲しいと願うからだ。だからこそ、時として、私たちの矮小な意味づけを乗り越える食に出合うことができる。

 

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沖縄のスーパーのポークの陳列棚。スパムからチューリップまで、各種揃う

 

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こちらはデンマーク産の「CELEBRITY」、通称「美人ポーク」

 

 

ポークたまごおにぎりの専門店が登場!

 那覇市の国際通りから牧志公設市場に向かう市場通り、そこからほど近い場所にポークたまごおにぎりの専門店があるというので向かうことにした。そこは、私たちがよく利用する狭い裏路地(スージぐゎー)を抜けながら歩くコースの延長だった。

『ポークたまごおにぎり本店』は、その名のとおり、ポークたまごおにぎりの専門店だ。たしかに沖縄ではファストフード感覚で食べられることの多いポークたまごおにぎりではあるけれど、これまで専門店はなかった。弁当屋では店の隅っこにラップに包まれ積み置かれていることの多いポークおにぎりだが、この店舗では主役の座を射止めているのだ。

 客が注文してから作りはじめるので、海苔もベタつかずパリパリで歯切れよく食べられる。色とりどりの具材が入ったポークたまごおにぎりをランチボックスに納めたさまは、まるでサンドイッチのようなビジュアルで新鮮だ。

 

 主人に店をはじめたキッカケを伺った。

 市場で働いている人たちは皆忙しく、食事休憩で席を外すこともできないことがしばしば。そんな市場の人々向けに、携帯しやすく片手で食べられるようなものをつくってあげたかった。それに食事は毎日のことなので、なるべく飽きのこないようバリエーションを考えることも必要だった。そんな工夫を重ねながら、2014年のオープン以来、メニューを四度作り替えているという。

「島豆腐の厚揚げのポークたまごおにぎり」や「ゴーヤーの天ぷら ポークたまごおにぎり」など、メニューには沖縄の食材を使った具材も多い。

 

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 スタンダードの「ポーたま」。スタンダードにはこのほか「あぶらみそ」「人参しりしり」などがある

 

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こちらはスペシャルメニューのひとつ「ゴーヤーの天ぷら ポークたまごおにぎり」

 

 その日、一番人気だと教えてもらった「トマトフライポークたまごおにぎり 特製タコミートと自家製サルサソース」を注文してみた。ポークランチョンミートには、レギュラータイプのスパムを使っていることが多いそうだが、こちらにはハラペーニョ唐辛子の入ったちょっと辛味のきいたスパムが使われていた。ハンダマ(金時草)とフーチバー(ヨモギの葉)の入ったサルサソースをかけてほおばると、厚切りされたトマトフライの酸味が心地よく口のなかにひろがった。

 

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一番人気の「トマトフライポークたまごおにぎり 特製タコミートと自家製サルサソース」

 

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「トマトフライポークたまごおにぎり 特製タコミートと自家製サルサソース」をほおばる筆者

 

 市場通りのすぐ近くなので、観光客も多く訪れる。本土の人だけでなく、海外の観光客にもポークたまごおにぎりは好評のようだ。私たちが店内を見学しているときも、テレビ放送でポークたまごおにぎりについて知ったという初老の女性観光客が訪れた。「暑かったでしょう」と、割烹着姿の女性スタッフがやさしく対応している。古くから女性に支えられてきた沖縄の市場の姿をこの店でも知ることができる。 

 ゴールデンウィーク明けの初夏、越境するポークに出会えた気がした。

 

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店内で「ポーたま」をほおばる藤井氏

 

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『ポークたまごおにぎり本店』の外観。近くに寄ったらぜひ訪れてみてほしい

 

*『ポークたまごおにぎり本店』のホームページはこちら→http://porktamago.com/

 

*参考文献:キャサリン・M・ロジャース『豚肉の歴史』(原書房)/金城須美子『沖縄の食生活にみるアメリカ統治の影響――アメリカの食文化の受容と変容――』『戦後沖縄とアメリカ――異文化接触の50年』(沖縄タイムス社)に所収/伊藤宏『食べ物としての動物たち』(講談社ブルーバックス)/正田陽一 編『品種改良の世界史――家畜編』(悠書館)/内村鑑三『後世への最大遺物・デンマルク国の話』(岩波文庫)/ニコリーネ・マリーイ・ヘルムス『デンマーク国民をつくった歴史教科書』(彩流社)

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2016年内に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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