韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#06

船上酒場(!)楽しい思い出しかない韓国の船旅

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 韓国の船旅と聞けば、誰もがあの忌まわしい事件を思い出すにちがいない。

 事件の1年ほど前、私はあのフェリーで仁川(インチョン)から済州(チェジュ)まで船中1泊の旅をしていた。

 国内では最長距離の船便だったので、一度乗ってみたかったのだ。船中泊の旅は大学生時代(80年代末)に木浦から済州に行ったとき以来で、私は仁川港に向かうときから興奮をおさえることができなかった。

 

船上酒場の開き方

 

 出航は夜7時。

 船内で売っている酒や肴は高いだろうと思いこみ(実際はコンビニ価格)、ターミナル前の屋台でスンデ(腸詰)を、スーパーでビールやマッコリを仕込んで乗船する。船はとても大きく、堅牢な城の中にいるような安心感があった。オフシーズンの平日ということもあり、乗船率は3割ほどだ。

 船旅の高揚感というのは空や陸の旅とはちがった独特なものがある。他の乗客の表情や声の調子からも、それが伝わってくる。3等客室(仕切りのない大きなフロア)に陣地を取り、出航前からカメラマンと酒盛りを始めた。

 景色を楽しむため、あるいは酔いを冷ますため、たびたび甲板に出るが、夜8時過ぎには日が落ちてしまう。これはもう本格的に飲むしかない。周りでもあちこちで輪になって酒宴を繰り広げている。中高年の男女混成グループ(写真)が多い。

 

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「みなさんとても楽しそうなので、写真を撮らせてもらえますか?」

このひとことで、「どうぞ、どうぞ、あなたたちもほら一杯」と輪に招かれ、ご相伴にあずかる。こちらも仕込んで来たマッコリを注ぎ返す。酒の回った乗客の声はますます大きくなってくる。

 釣り目的で済州に向かう男性のひとり客もいる。そのなかの一人が、「あの連中を少し静かにさせろ」とフロントに言ったらしく、いちばん盛り上がっている6人グループのところに支配人がやってきた。

「みなさんが盛り上がると船がグングン進みますから、気兼ねなく楽しんでいただけるよう個室にご案内します」

 なるほど乗客の快気炎も燃料のうちというわけか。支配人の言い方もとても感じがよく、グループは大部屋での雑魚寝から個室へのグレードアップに大喜びだ。私とカメラマンもグレードアップを狙って(?)騒いでみたが、2人では力及ばず。その後も私たちは酒瓶片手に船内を回り、さまざまな同乗者にインタビューと称して声をかけ、乾杯を繰り返した(写真、左はテントを持って全国どこへでも行くキムさん、右は済州の友人を訪ねて行くイさん。中央は筆者)。

 

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 そのうち、かなり酔いが回り、自分の陣地に戻って横になったり、飲んだりしているうちにいつのまにか眠ってしまった。

 

北から避難してきた母と同じ航路をゆく

 

 背中にエンジンの鈍い振動が伝わって来て、ときおり目が覚める。寝返りを繰り返しているうちに20年前に亡くなった母の顔が思い浮かんだ。朝鮮戦争のとき、分断前の北朝鮮黄海道の港町から船で木浦まで避難してきた人だ。今、私が進んでいる航路はまさに母がたどった道。子供の頃、私が母に「部屋が狭いよ~」と文句を言うと、「避難民だったら10人は寝られるよ!」と一喝されたものだった。

 母を思い出しながら、うつらうつらしていると6時を過ぎていた。スタッフに聞くと、まもなく日の出だという。甲板に出る。進行方向左手、日本の方向にたちこめる霞の中から、燃え落ちるときの線香花火のようなかたまりが姿を現した。あと1時間もすれば、済州の島影が見えてくるという。

 済州で数日を過ごした後、帰りも船を利用することにした。とはいえ、再び済州→仁川をたどるほど閑人ではない。済州海峡を北上し、全羅南道の海南(ヘナム)まで行く高速船(写真)を利用する。乗船時間はわずか3時間。晴天に恵まれ、とても爽快だったが、旅情という点ではまったく物足りなかった。

 

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済州から釜山へ12時間の船旅

 

 次の船旅は2014年の11月、済州から釜山だった。夜7時に出港し、翌朝7時に釜山港に着く。飛行機ならわずか50分のところを、12時間もかけて海を渡る酔狂な旅だ。

 あの事件からわずか半年。気が重くないと言ったら嘘になる。しかし、他の乗客と雑談しているうちに、気が晴れてきた。

「仕事で釜山と済州を往復するから、バスに乗ると同じさ。怖くなんかないさ」

「あんな事故はそうそうあるもんじゃない。済州に釣りに行くとき、ちょくちょく利用しているよ」

 私にとっては特別な船旅だが、常連たちにとっては日常の足のようだ。済州→釜山が、交通費+宿泊費+旅情で47000ウォン(当時約5000円)なら悪くない選択だろう。

 このフェリーは3等客室でも一応、四方が囲われている。畳で言うと12畳くらいか。このときは、私とカメラマンの他に、50代後半くらいの夫婦と20代のカップルらしき2人の計6人が同室に。ゆったりしているのでプライバシーがあると言えばあるが、あいさつをしないのもちょっと気まずい微妙な距離感。こんなときは率先して声をかけるのが出会いを楽しむコツだ。

3等客室の6人プラスアルファの酒宴

 私は例によって、済州で仕込んできたみかんマッコリと漢拏山焼酎を取り出し、つまみを並べてから、2組に声をかけた。年輩夫婦はノリがよく、すぐに呼応。若いカップルは最初ためらっていたが、私の粘りに負けて同席。杯を乾すうちに楽しい酒宴となり、年輩のご主人が「酒が足りない!」と言って、船内コンビニに走るまでに(写真)。

 

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 若いカップルはじつは新婚夫婦で、奥さんは妊娠4カ月。6人プラス小さな命の酒宴は2時間続き、焼酎3本、マッコリ1本、缶ビール3本を空けてお開きとなった。私とカメラマンはそれでも飲み足りず、船内の食堂で焼かれるチヂミを肴にビールと焼酎をさらに1本ずつ給油した(写真)。

 

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 釜山港大橋(写真)をくぐり、ターミナルに着いたのは朝6時半。まだ夜は明けていない。韓国ではこういうときチムジルバン(低温サウナ主体の健康ランド)が便利だ。私はタクシーをつかまえて、釜山旧市街を西へ向かった。

 

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※残念ながら、済州→釜山航路は昨年の夏から運休中。船旅の入門編としてうってつけなので再開を望む。

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

*来る5月14日(土)と15日(日)、名古屋の栄中日文化センターで、筆者の旅行講座があります。14日は13時~15時(ソウル編)、15日は10時~12時(ソウル+地方編)と13時半~15時(講師と雑談会)。お申し込みは3月1日(火)から、下記の栄中日文化センターのサイトか、お電話(0120-53-8164)で。

●栄中日文化センター http://www.chunichi-culture.com/programs/program_166125.html

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。auポータルサイトの朝日新聞ニュースEXでコラム「韓国!新発見」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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