ブーツの国の街角で

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#07

マルサーラ:塩田の街で食い倒れ  

文と写真・田島麻美

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地中海を挟んで目の前にチュニジアを望むシチリア島最西の街マルサーラ。イタリアでも人気の高い天然の塩とマルサラ酒の故郷、という程度の知識しか持たずに足を向けた。かつてアラブの支配下にあった時代に「マルサ・アラー(アラーの港)」という名前を与えられたこの街で、エキゾチックな異国情緒に浸ってみたい…。そんな思いで冬のシチリア島へ飛んだ。


 

朝から満腹! シチリアのバールは奥が深い

 早朝の飛行機でローマからトラパニへ1時間、そこからマルサーラまで車で約40分。街に着いてまっ先に駅前のバールへ飛び込んだ。朝食はおろかカフェさえ飲まずに飛行機に乗ったので、まだ寝ぼけたままの頭をシャッキリとさせたかったのだ。
 朝8時のバールは、地元の老若男女で賑わっていた。テーブルに腰掛け新聞を広げているおじいさん、ハイヒールをカツカツいわせながら歩き回る若い女性、大学生らしき男子のグループもいる。ローマでも見慣れた光景だが、マルサーラの朝のバールには、もっとのんびりとした空気が漂っている。生活リズムそのものが大都市よりもゆったりとしているせいだろう。カウンターでカフェだけを注文した私の周りでは、みんなが大きな焼きたてのパンのようなものを嬉しそうに頬張っている。イタリアの朝食の定番、クリームたっぷりの甘いパンだろうと思って目をそむけようとした私に、バールのお兄ちゃんが「シニョーラ、パンはいらないの?」と聞いてきた。「私、甘いものが苦手なのよ」と答えると、「じゃぁ、こっちのサラート(塩を含んだもの)にすれば? うちのパンは作りたてだから美味しいよ」と言ってケース越しにずらっと並んだパンを指差した。隣の男子の手元に目をやり、「それ何? 美味しい?」と聞くと、「トマトソースとモッツァレラ。絶品だよ」と即答された。普段はカフェだけの私だが、早朝から動いていたせいか何か食べたくなってきた。男子と同じパンを注文し、早速ひとかじり。
「うまっ!!」思わず日本語が飛び出すほど美味しい。こんがりときつね色の表面はパリパリ、中はしっとりふわっふわ。ほんのり塩味が効いているモチっとした生地に、トロトロに溶けたモッツァレラと重厚なトマトソースがよく合う。かじるたびに口の中にジュワッと広がるジューシーなトマトの風味。ああ、これぞまさしくシチリアの味!

 

 

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シチリア島は美食の宝庫。その底力を思い知るのがバールの軽食。パーネ・サラートと呼ばれる野菜や肉、チーズが入ったパンやアランチーノ(=ライスコロッケ)など、どれも手作りの絶品が2ユーロ程度で食べられる。
 

 

 

 

常夏の街の焼き栗おじさん

 あまりの美味しさに思わずバールでパンをお代わりしたお陰で、朝からすっかり満腹になってしまった。そろそろ、”エキゾチックな異国情緒”を探しに行かなくては。
 街の中心にある共和国広場から目抜き通りの5月11日通りを歩き始めた。通りのあちこちに、大きなワインの樽をテーブルがわりに並べたエノテカやバールがある。平日の朝だというのに、早くもワインを片手にくつろいでいるおじいさん、おばあさんの姿も。まったりとのどかな南国の空気。あくせくしている人なんてどこにもいない。

 

 

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エノテカやバール、レストランが立ち並ぶマルサーラの目抜き通り。ほろ酔いの人が多いせいか、一日中のどかな雰囲気が漂っている。

 

 

  通りを歩ききり、バロックの門を出ると海辺の遊歩道が見えて来た。遊歩道の広場の真ん中に、小さな水色の屋台がポツンと立っている。遠目にはリヤカーの屋台は空っぽ、何を売っているのだろうと不思議に思い、近寄って行った。
「ブォンジョルノ。何を売ってるの?」と尋ねると、日焼けした丸顔のおじさんは「焼き栗だよ」と言った。焼き栗で想像するのは寒さが厳しい街。こんなに温かな南国で焼き栗なんて売れるんだろうか? 率直な疑問をぶつけると、おじさんはため息をついて軽く首を振った。
「売れないね。でも焼き栗は美味しいから好きな人は買ってくれる。儲からないけど毎日こうしてここで売ってるんだよ」。
 シニョーラも食べてみな、と試食を勧められたが、歩いたせいで汗ばんでいる今、ホカホカの焼き栗を食べる気にはならない。丁重にお断りし、お天気の話に話題を戻す。
「マルサーラの冬はいつもこんなに暖かいの?」
「そうだね。今までも真冬に15℃以下になることは滅多になかったけど、最近は温暖化でもっとあったかいよ。1月や2月に20℃を超えることもザラになって来た。ここはもうアフリカなんだよ」。
 なるほど。しかし、それではさらに商売が難しくなるだろうとおじさんに言うと、
「多分ね。でもわしはここでもう40年も栗を売ってるんだ。体が動くうちは続けるよ」と淡々と答えた。おじさんに別れを告げて歩き始めた私の背後で、「焼き栗ちょうだい!」と元気なおばあちゃんの声がした。振り返ると渋面だったおじさんが笑っている。なんだかちょっと嬉しかった。
 

 

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南国マルサーラで40年も焼き栗を売り続けているおじさん。温暖化で気温が上昇しても、焼き栗を売り続けると言っていた。

 

 

 

 

おんぼろバスで塩田へ

 焼き栗おじさんの情報によると、マルサーラ名物の風車がある塩田に行く市バスがあるとのことだった。海辺を歩いてバスターミナルへ着くと、早速時刻表を調べた。車移動が常識のこの街で、しかもシーズンオフの冬ともなればバスの本数は極めて少ない。午前中は1時間に一本、午後2時を過ぎるとその後は7時までバスが来ない。どうしようかと迷ったが、エキゾチックを求めてここまで来たのに塩田の風車を見ずに帰るわけにはいくまい。覚悟を決めてバスのチケットを買い、教えてもらったバス停で市バス4番を待つこと30分。黄色いバスがよろよろとやって来た。ビニール製のとって付けたような運転席にいたおじいさんに確認。「このバス、本当に塩田へ行きます…?」。乗り合わせたおばちゃんたちが、「大丈夫、行くわよ」と太鼓判を押してくれたので大人しく座って出発を待った。
 

 

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塩田へ行く市バス4番の車内。「4番」とは言うものの、バスの正面には「3番、11番」と二つの番号があるのみで、4の数字はどこにも見当たらない。初心者にとっては危険極まりないバスである。

 

 

  ガガガガーッ、ゴットん、ギッ、ギッ、ギィー! 騒々しい音を鳴らしながら、おんぼろバスは走る。焼き栗おじさんの広場を抜けると舗装路はなくなり、土埃を上げながら海辺の一本道を進んだ。ガタガタ揺れすぎて頭がくらくらして来た頃、突然何もない野っ原の道端で、「シニョーラ、着いたよ」と降ろされた。え? ここ停留所? と思っている間にバスは行ってしまった。道は一方通行、帰路のバスの停留所はどこにも見えない。こんなサバンナのようなところで夜まで一人にされてはたまったもんではない。焦って周囲を見渡すと、「Salina(塩田)」と書かれた矢印の標識が見えた。半信半疑のまま、この矢印を唯一の頼りに一本道を歩き始める。
 人影も風車もどこにも見えない土の道、周囲は私の背よりも高い草木で覆われ、心細いことこの上ない。こんなところで誘拐でもされたら…と妄想を働かせた直後、向こうから筋骨たくましいアフリカ人の青年が3人、談笑しながらやって来た。塩田で働いている人たちらしい。恐る恐る近づいてイタリア語で話しかけてみる。
「あの、塩田へ行きたいんだけどこの道でいいの?」
青年らは流暢なイタリア語で「スィ、シニョーラ。この道をまっすぐ行けば風車が見えるよ」と教えてくれた。ついでに帰りのバス停も教えてもらい、ようやくホッとする。 
 照りつける強い日差しの下ふらふらと歩き続け、ようやく塩田の風車にたどり着いた時には汗びっしょり。今は本当に冬なのか? 真夏に来たらどうなっていただろうと思うだけでめまいがして来た。目の前に広がる赤いとんがり屋根の風車と真っ白な塩の山の風景を眺めつつ、私の頭の中は帰りのバスの時刻表の数字が駆け巡っていた。
 

 

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エキゾチックな異国情緒”を求め、ようやく巡り会えた塩田と風車の風景。周囲は潟と野原以外何もない。ゆっくり観光したかったら車は必需品。もしくは夏季のOPツアーを利用した方がいい。

 

 

 

 

漁師のお墨付き絶品シーフード

 塩田の風景とエキゾチックな異国情緒に落ち着いて浸る間もなく、無事に帰路のバスに乗ると、安心したせいか急にお腹が空きだした。さて、ランチはどうしよう?
 旧市街へ戻って歩き始めると、門の右手に「Mercato(市場)」の標識が目についた。吸い寄せられるように入ると、「こっちへおいで、シニョーラ!見てごらん、活きがいいだろう!」どこからか、私を呼ぶ声がする。近づくと、大きな太鼓腹を抱えてちんまりした椅子に座ったおじいさんが満面の笑みで迎えてくれた。
「さあさあ、よく見て! 今朝獲れたばかりだよ。新鮮だよ。美味しいよ!」
おじいさんに尋ねたところ、ここの名物は「エビ」だという。赤エビ、小エビ、それからイカやタコもおすすめ。元漁師のおじいさんは、「マルサーラの魚料理は絶品だよ! シンプルなグリルもいいし、エビのパスタも絶対食って行けよ!」と私に教授してくれた。
 

 

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マルサーラの魚市場で出会った元漁師のおじいさん。「エビを食ってけ!」と強烈なアドバイスをくれた。
 

 

  ランチはシーフードで決まった。レストランを探し歩いていると、なんと市が運営しているエノテカ兼レストランに出会った。マルサーラのワインやマルサラ酒、土地の食材で伝統的な料理を提供する店を、自治体が運営しているとはしゃれている。
 エレガントな貴族の館をそのままレストランにした店で、柱廊の日陰のテーブルに着いた。朝から番狂わせが続いていたが、ようやくほっと一息つけそうだ。市場で見た新鮮なタコとエビを思い出しつつ、タコとナスの炭火焼とエビの手打ちパスタ、魚料理に合うマルサーラの白ワインを注文する。炎天下を歩いて疲れた体に、ひんやりした石造りの中庭を吹き抜ける風が心地いい。
 キリッと冷えた辛口の白ワインで喉を潤し、香ばしいぷりぷりのタコをひとかじり。ああ、極楽! 次いで登場したのは、シチリアの太陽をいっぱい浴びた濃厚なトマトと甘いエビのソースをたっぷり絡めたパスタ。噛みしめるたびに口から幸福中枢が刺激され、いつしか顔もとろけて来た。エキゾチックも異国情緒も、もうそんなのどうでもいい。この皿だけで、マルサーラまで来た価値は十分にあると満足している私がいた。

 

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マルサーラ市が運営しているエノテカ「Strada del vino di Marsala」。ワインやマルサラ酒の種類は必見。美味しい郷土料理も手頃なお値段で楽しめる。夜はジャズのコンサートなども開かれる。

 

 

<インフォメーション>


●マルサーラ観光局
http://www.marsalaturismo.com/

 

●エノテカ・ストラーダ・デル・ヴィーノ
http://www.enotecastradavinomarsala.it/

 

          ★ MAP ★

 

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ローマからトラパニへは飛行機で1時間、トラパニからマルサーラまでは車で約40分

      

 

 

 

*この連載は2017年1月からは毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は3月9日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

 

 

 

   

          

 

 

 

 

 

   

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