京都で町家旅館はじめました

京都で町家旅館はじめました

#06

はじめての長逗留

文・山田静

 

いよいよ『京町家 楽遊』開業!

 そのFacebookメッセージは夜中にやってきた。

「2、3泊予約できる? あさって日本に着くんだけど」

 なにこの唐突加減。

 名前からしてスペイン系らしい、その英語のメッセージ主は翌日また連絡してきた。

「ブッキングコムから2泊だけ予約したよ! もうちょっと泊まりたいんだけど、もう出るから、あとはそっちに着いてから相談しよう!」

 相談しようと言われましても。

 

 2016年6月17日、いよいよわが『京町家 楽遊』が開業した。

 が、しかし。

 予約一覧表はすっからかんである。

 準備が遅れて価格が決まったのもつい数日前、しかも告知したのはFacebook上でだけ。ホームページも間に合わせ程度なのだから当たり前だ。宿泊業の厳しさは長年旅行業界のはじっこにいたので知っているし、開業準備でへとへとだしひと息つけてちょうどいいや……と、ぽつぽつと訪ねてくる知人や関係者に応対しながら、私は毎朝ハナウタまじりで庭の植木にじょうろで水をまいていた。

 が、それも数日の間だった。6月21日に、「とりあえず」と予約サイト大手のブッキングドット・コムに掲載したところ、さすがは大手、そしてさすがは慢性宿不足の京都、いきなりの予約の嵐に見舞われた。

 嵐といっても日に6、7件なので大したことないが、それまで0件だったのだから、当社比700%増。しかも当初は「たかが7部屋」と完全にナメてかかっていて、素人の私ひとりが予約窓口となったものだからさあ大変。マネージャー業と予約管理業、問い合わせ対応をいっぺんに背負うことになり、しかも掲載2日目にして悪名高いノーショー(No Show=予約したのに来ない)もくらったりして、掲載三日目にして大わらわ。私はあっという間に気力体力集中力の限界を迎えてしまった。

 何より心配だったのが、期待に胸膨らませて予約してきてくれたこの人たち、うちの宿をどう感じるだろう? ということだ。

「東京のマンションも借りっぱなしだし、今ならまだ引き返せる……?」

 夜中の管理人室にひとり座って猛烈に不安になり、何度も京都駅に荷物をまとめて走り出しそうになっていたときに、飛び込んできたメッセージだった。

 

「ほんとに来るのかな?」

「ですねえ」

 ブッキングコムから確かにメッセージ主の名前で予約は入っていたが、ゆうべノーショーを食らったばかり。スタッフと半信半疑でリネンの用意をしていると、またメッセージが入った。

「大阪についた! これからそっちに行くよ!」

 そして1時間後。

「オラ(こんちは)!」

 満面の笑みを浮かべた大柄なアルベルトと、可憐な雰囲気のカタリナ。スペイン人のカップルだ。

 わっ、ほんとに来た。

「あはは、部屋、小さいな! でも大丈夫、僕たち3日前に結婚したばかりだから、寄り添って寝たいんだ」

 予約したエコノミールームは四畳半で、布団を2つ敷くと文字通り足の踏み場もない。だがアルベルトは気にする風もなく、「イメージしたとおりだよ」とウインクする。カタリナも「きれいな部屋ね」と微笑む。

「で、あと何泊かしたいんだけど?」

 彼らが予約したのは2泊。どうせ部屋もがらがらだし、Facebookで打ち出している開業キャンペーン価格なら、プラス1000円で六畳間に泊まれる。アルベルトに金額を伝えて六畳間を見せると、

「いいね!」と大喜び。

「何泊か分かんないけど、とにかく泊まるよ。よろしく。ところで君、名前なんていうの? シズカ? いやあ、会えてよかったよ!」

 

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京都の夏はあっという間。鴨川沿いや堀川など各所で七夕イベントが行われ、五条通りの陶器市などイベントも目白押し。

 

 

ノープランのスペイン人カップル

 彼らはとにかくのんびりしていた。

 朝は9時ごろ起きてきて、朝食を山盛り食べる。昼ごろ出かけ夕方戻り、夕食に出かけて戻り、夜は銭湯、そのあとロビーの小上がりで庭を眺めながらワインを飲んですごしながら、いろいろ相談してくる。

「このレストランどう思う? 日本語分からなくても行っていいかどうか、電話してもらっていい?」

「明日、保津川の船動いてるかな?」

 毎日毎日、ちょっとずつ観光しては夜にその日あった面白かったことを聞かせてくれた。で、「あと1泊しようかな?」と財布を出してくる。

「僕たちノープランなんだよ。毎日の予定は、前の日にひとつだけ決める。ふだんは分刻みで仕事が決まってて、毎日追い立てられてるみたいな暮らしだし。これぞバカンス、これぞ人生。だろ?」

 うそぶくアルベルトの一番のお気に入りは宿の目の前にある銭湯だ。ごくローカルな銭湯だが、湯船がいくつもある充実の施設に加え、タトゥーもOK。宿ではゲストに入浴券をプレゼントしているので、初日の夜、

「アドベンチャーだと思って行ってみて」

 と半ば強引に二人を番台まで連れて行き押し込むように送り出したら、大興奮で帰ってきた。

「シズカ、あれ最高! 家の近くにも欲しい!」

 部屋のユニットバスは大柄な外国人には狭いだろうし、銭湯で地元の人といっしょに汗を流すなんて、旅行者が憧れる「ザ・ローカル体験」である。そもそも銭湯に毎日タダで通えるなんて、日本人でもなかなかできない。

「私には熱すぎる……」

 カトリナは初日でギブアップしていたが、毎日銭湯の時間にあわせて宿に戻ってくるアルベルトを苦笑しながら見送っていた。

「彼ったら、銭湯でボーイフレンドができたんじゃないかな」

 英語がちょっと苦手で、最初はアルベルトの影に隠れるようにしていたカトリナだったが、我々の低レベルの英語に安心したのか、だんだんと打ち解けてきて冗談も言うようになってきた。

「あなたのプリンセスが戻りましたよ」

 小上がりでカトリナを待つアルベルトに、彼女が戻ったことを知らせると、「うわぁープリンセスだって」とおでこをくっつけあって照れている。私が焚きつけといてなんだが、腹立たしい。

「そういえばアルベルト、日本のカルチャーに詳しいけど、日本は初めてじゃないの?」

「いや。前のガールフレンドが日本人だったんだ」

 なんだとう。

 

「今日は奈良に行くよ」

「明日は大阪!」

「明日は帰りが遅いよ。広島に行くんだ」

「金沢に行ってくる」

 日が経つにつれ、彼らの行き先が遠くなってきた。外国人観光客の多くはJRパスを持っているので交通費を気にしないとは知っていたが、それにしても宿替えしたほうが効率よくないか。

「ここがいいよ。銭湯もあるし」

 アルベルトはいう。大阪でドラゴンボールのTシャツを買ってからは、彼は「亀」の字入りのTシャツにスタイリング剤で孫悟空ヘアにキメて金沢や大阪に出かけ、「今日、かめはめ波で5人やっつけてやった」と笑う。動画を見ると、そこには修学旅行生や公園にいた子供たちとはしゃぐふたりの姿があった。

 楽しむのが上手だなあ。

 初めてのヨーロッパ人に緊張していたスタッフも彼らの好みを把握し、朝はほうじ茶とコーヒー、夕方は冷たい緑茶、夜はワインのグラスを……と何も言われなくても用意してあげている。

 

 そうこうしているうちに、次々と外国人客がやってきた。みんな、タフで明るい。

「わー、着いた!」

 ある日の午後、どしゃぶりの雨のなか全身びっしゃびしゃで入ってきたイギリス人は、

「京都駅から歩いてきたんだ。でもこれから金閣寺行きたいんだけど間に合う? 歩けるかな?」

 ぜいぜいしながら言う。居合わせたバイト陣は襲い掛かるようにバックパックを拭き、お茶を出し、スニーカーにペーパータオルを詰めこむ。ずぶ濡れでかわいそうに、というのもあるが、内心「このまま部屋に上がられると白木と畳が大変なことになる」っていうのが大きい。彼らが部屋で休んでいる間に、ふと見るとスタッフの一人がスニーカーに従業員用のドライヤーを突っ込んで乾かそうとしている。

「それ、やりすぎだから!」

「ああっすいません、このほうが早く乾くかと思って」

 叱りながらも、指示しなくてもどんどん思いつくことをやっている彼らを見るうち、私はなんとなく、「うちの宿ができること」について、つかみかかっているような気がした。

 

 けっきょく、アルベルトたちは8連泊した。

「ほんとにありがとう」

 タクシーに乗り込む前に、ぎゅっとハグされた。

「ほんとうは金沢や広島にも泊まることにしてたんだけど、キャンセルしたんだ。君たちが、僕らの予定を変えたんだよ」

 思いがけない言葉に、返事ができなかった。

 こちらこそ、ありがとう。

 タクシーが見えなくなるまで頭を下げ続けた。

 

 彼らが帰ったあと、「これ捨てといて」と言われた紙の束を見て驚いた。数百枚はあろうかという、日本の観光スポットの情報だ。観光サイト、ブログ、口コミ……。ホテル情報も山ほどある。

 全然ノープランじゃないじゃん。

 こんなにいっぱい下調べしながらも、うちの宿に留まってくれた彼らに感謝して、紙の束にも頭を下げた。

 

 ぽつりぽつりと、予約サイトに口コミが載り始めた。アルベルトたちが褒めてくれたのは知っていたのだけど、こんなのが私たちを喜ばせた。

「親切な彼らは僕たちの服やかばんを乾かしてくれて、お茶まで入れてくれた」

 あのびっちょびちょだったイギリス人だ。

 

 はあ、やれやれ。

 身体は相変わらずへとへとだし気は抜けないけど、ゲストたちがひとつずつ、元気玉を置いてってくれてるような気がする。

 ま、もうちょっと頑張ってみますか。

 

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9月1日には、花屋から「つくばい用に」と栗が到着。中秋の名月に向けて、季節感があっという間に切り替わる。

 

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楽遊も9月1日からのれんを秋色に衣替え。

 

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深夜の仕事風景をちょっとだけ。入浴券はスタッフの手作り。

 

 

*本文中の事実関係や人名は、プライバシー保護のため、若干の変更・および伏せさせていただいています。

 

 

*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

*本連載は月2回(第1週&第3週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『成功する海外ボランティア』など企画・編著書多数。2016年6月開業の京都の町家旅館京町家 楽遊 堀川五条の運営も担当。

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