アジアは今日も薄曇り

アジアは今日も薄曇り

#06

台湾〈6〉金峰温泉

文・下川裕治 写真・廣橋賢蔵 

台湾の東側の秘湯を探す

 いったん帰国した。台湾の秘湯や野渓温泉エリアはもうひとつあった。これまでは台中から中央山脈に分け入り、そこから台北にかけての山中に点在する秘湯に浸かった。もうひとつのエリアは、台東から花蓮を起点にして渓谷を登っていったところにある温泉だった。台湾の東側ということになる。

 高雄国際空港に集合した。メンバーはこれまで同様、中田浩資カメラマンと案内役の廣橋賢蔵さん、そして僕。台湾の南端をまわり、台東方面に向かうことにした。枋寮に1泊。台湾を南北に貫く中央山脈の南端を、いくつものトンネルで越えた。

 最初にめざしたのは、土坂温泉だった。地図にはそう書かれていた。しかし温泉があるのかわからなかった。村の人に訊きまわる。しかし皆、表情が晴れなかった。

「数年前まで瀧渓の河原に、野渓温泉があったような……」

 教えてもらった河原にも行ってみた。流れに指を入れてみたが温泉の熱は伝わってこない。水害を防ぐための工事で、河原を掘ると、温泉が湧き出ることはあるというが。

 この一帯はしばしば水害に見舞われる。八八水害がよく知られている。これは2009年の8月に起きた水害で、700人近い犠牲者が出た。しかしそれ以外にも水害が起きるようで、そのたびに、野渓温泉は土砂に埋まってしまうらしい。

 このエリアは、川筋ごとに温泉があった。隣の金崙渓に沿った道を遡ってみた。何軒もの温泉宿があった。そのうちの一軒で、秘湯や野渓温泉について訊いてみる。

「この先にいくつか野渓温泉があったみたいです。でも、八八水害で埋まってしまったようです」

 

金りん温泉秘湯はないが、金崙温泉には10軒ほどの温泉宿がある

 

 道をさらに登ってみた。水害で流された橋は、立派な橋につけ替えられていた。魯拉克斯(るらかす)吊橋と書かれていた。その脇に、野渓温泉を掘ったような跡があった。河原を歩き、手を入れてみた。冷たかった。

 近くの集落で訊いてみた。

「橋の脇? あれは湧き水だよ」

 あっさりと否定されてしまった。

「この一帯に野渓温泉はないんだろうか」

 そんな思いを胸に、隣の太麻里渓に行ってみることにした。

 そこにはかつて金峰温泉があったらしい。以前、ここを訪ねた廣橋さんによると、途中の道が土砂崩れで車が通ることができず、歩いて進むと、プールのような浴槽はあったという。温泉は入っていなかったというが。

 とりえず進んでみた。するとバーがさがったゲートが出てきた。ここまでか……と車を脇に止めようとすると、すっとバーがあがった。

「なに?」

 細い山道だったが、車の通行は可能だった。そろそろと前に進む。100メートルほど進んだだろうか。前方右手に、崩落した崖が見えてきた。しかしよく見ると、崖の下に轍がある。先に進めるのかもしれなかった。

 ゆっくり50メートルほど進んだ。そこで道がなくなった。車を置いて、先に進んでみると、湯けむりが勢いよくあがっていた。イオウのにおいが漂ってくる。ぶくぶくと温泉が湧き出ている。その一画は柵で囲われていた。

 説明を読むと、ここが金峰温泉の源泉だった。高温のため、近づくと危険とも書かれている。温泉施設がないのだから、源泉といっても、湧き出た温泉は小川のようになって草原の間を流れていくだけだ。

 源泉から30メートルほど離れた流れに指を入れてみた。「熱ッ」。まだ高温である。

 その流れに沿って歩いてみた。すぐに太麻里渓の河原に出た。しかしその一帯は細かい砂が堆積していて、そこを削るように流れは川に向かっている。

 1メートルほどの砂の斜面を降り、水際にでた。

「あった」

 温泉が溜められていた。川の水も流れ込み、温度をさげている。誰かがつくったのだ。金峰温泉の野渓温泉だった。というか、金峰温泉はここしかなかった。

 指を入れてみる。高温ではないが、かなり熱い。体を沈めるのはきつい。

 僕は足湯にした。横を見ると、廣橋さんがシャツやズボンを脱いでいる。

「これに入るの? 熱いですよ。ちょっと無理じゃ……」

「せっかくここまできたし、いつ野渓温泉がなくなるかわかりませんから」

 台湾の全温泉に浸かることをめざす人は違う。

「うッ」

 熱さを我慢する廣橋さん声が河原に響いていた。

 

金峰温泉金峰温泉の源泉。ただ垂れ流し。この一帯を歩いていると、特別に惜しいことだとは思えなくなる
 

 

●好評発売中!

双葉文庫『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』

発行:双葉社 定価:本体657円+税

 

東南アジア全鉄道2書影

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

se-asia00_writer

著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

東南アジア全鉄道制覇1cover

東南アジア全鉄道制覇の旅

タイ・ミャンマー迷走編

se-asia00_book01

鈍行列車のアジア旅

se-asia00_book02

不思議列車がアジアを走る

se-asia00_book03

一両列車のゆるり旅

アジアは今日も薄曇り
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー