日常にある「非日常系」考古旅

日常にある「非日常系」考古旅

#05

割に合わない考古の基礎とスキル(中編)

文と写真・丸山ゴンザレス

 

 

 

つらすぎる!?引きこもり体質なら乗り越えられる地獄の整理作業

 

 前回は考古学の根幹をなす3つの作業パートのうち、花形とも言うべき「発掘」の光と影について講釈をたれてしまった。考古学からはみ出たジャーナリストであるのを良いことに、偉そうに語っちゃって、本職の皆さん、マジ、スミマセン!

 

 今回も怖いもの知らずのまま、考古学研究の作業工程についてお話したいと思う。紹介するのは、考古学の3大作業「発掘」「整理」「報告書」のうち、発掘の次に行う、引きこもる「整理」作業である。

 

 あらためて強調するが、遺跡に関わるすべての要素は「人の営み」だ。遺跡は人が生活や文化的な活動の結果生み出されたものであるが、時を経て土の下に眠っていたものを掘り出すのも人にしかできないことである。現代に生きて遺跡を発掘する者たちは、遺物や遺構の素性を明らかにすることで、過去の人たちのやってきたことを解明していく。それこそが考古学なのだ。

 

 そのためには、掘るだけではダメ。出土したものをただ眺めていても何かを解明できるわけではないのだ。出てきたものを考古学的に検証し、人の営みを解明するために必要な準備をする。それが整理作業なのである。

 この作業は、どこでも大抵、作業工程はマニュアル化されているので、事務的にはなるが箇条書きに説明しよう。

 

・遺物の水洗い

 

・注記

 

・接合

 

・拓本

 

・実測

 

・図面整理

 

 この流れでおおよそ行われる。字面だけで想像がつく作業もあるかもしれないが、まったくイメージできないものも混在しているので、前回同様、私の経験談を交えながら説明していこう。

 

 まず、「水洗い」は、そのままの意味。出土した遺物についている土を丁寧に落としていく作業だ。水を使うので冬場は本当につらい。注意しなければいけないのは、洗うときに使うブラシ(歯ブラシなども使う)で遺物を直接こすらないこと。土器などは、釉薬がかかっていないので、もろくなっていて、ブラシでこすると表面が崩れてしまうからだ。

 

 特に初心者は要注意。大学の発掘調査などで水洗い作業に投入される発掘&整理作業初体験の学生がやりがちな失敗で、「新しい柄を生み出すな!」と先輩に注意されることもよく見られる光景である。「存在しない文様などを歯ブラシで作るなよ!」という意味だ。

 

 次に「注記」。小さい筆で遺跡名、出土日、出土地点、出土層、登録番号といったものの略称を遺物に記入する作業である。たとえば、「MGT30523」など、見た目には謎の暗号にしか見えないものを記入するのだが、MGが遺跡名(例:丸山ゴンザレス遺跡)、T3が出土した場所・区画(例:第3トレンチ)、0523(出土日:5月23日)このようになっている。

 

 実は、私には一番苦手な作業工程だった。別に複雑なことではないのだが、とにかく細かい。どんなに小さい破片であっても、発掘してきた遺物1点ごとに書き込む必要がある。あとは、書いた部分が崩れてしまうこともあるので、書き込んだ文字の部分をニスで上塗りするのだ。地下室でニスをずっと塗り続けていると妙な気分になってくることもあるので、適度に換気と休憩を挟むのがいい作業だろう。

 

 最近では注記用のプリンターを導入している大学や研究所もあるようだが、苦労は買ってでもしたほうがいいと、私は思う。特に考古学を学び始めたばかりの人であればあるほど、本物の出土品を手で触る経験が必要だからだ。

 

IMG_2587
水洗いされた遺物、注記用の記号は掘り出された時点で割り振られる

 

 その経験値の違いは、次の作業である「接合」で如実に出てくる。破片同士がくっつくかどうかを一個一個確かめていく作業なのだが、この作業はセンスと知識を必要とする。こんなに難易度の高いパズルは他にないと思うくらいの難しい作業だ。このスキルを身につけるためには、どれだけ多く実物に触っておくかが重要になってくる。人間の感覚は意外にハイスペックで、触ったモノの感触を覚えているものなのだ。慣れてくると、断面を撫でただけで「あれかな?」と別の破片に手が延びることも多々ある。

 

 基本的に整理作業の進捗を競うことはないが、何人かで一日中土器の接合をしていて、まったく繋ぐことができないと、ものすごい劣等感に苛まれてしまう。おまけにこれが時給制の現場だったりすると、「給料泥棒」という言葉が幻聴のように鳴り響く。そういう意味でも自分との戦いに勝利するために、わりと必死になってしまうプロセスなのである。

 

 ちなみに、この作業について私は、比較的センスがあったほうだと思う。特に苦労したということはなかった。むしろ、予想もしない離れたポイント同士がくっつくことを見つけ出すなど、ファインプレーを連発した記憶がある(自慢)。

 

 次に「拓本」だが、これは遺物の複写を取ることである。いわば土器の魚拓だ。おかしな日本語だが、実際にやることは魚拓と同じ。簡単にまとめると遺物の表面にハケや霧吹きで湿らせる。水気を接着剤代わりにして画仙紙(書道などで使う紙)を貼り付ける。

 

 ここで注意してほしいのは、魚拓と拓本の目的の違いである。魚の大きさを残す魚拓に対し、土器などの遺物の場合には文様を記録するものだ。そこで、画仙紙を水で伸ばして貼り付けていくときに、文様がきちんと浮かび上がるように爪楊枝のような先の細いもので空気を抜きながらつついていくのだ。手先の器用さが問われるのは言うまでもない。

 

 そのまま放置して8割がた乾燥したところで墨を打つ。ここで使うのはタンポ。見た目は綿を絹の布で包んだてるてる坊主状の物体である。自分のマイタンポを作ったときには、いっぱしの研究者になったような気がして、ものすごく嬉しかった。語感がおもしろいので気に入っていたわけではない。

 

 タンポ(てるてる坊主の頭の部分)に墨を吸わせて画仙紙の表面に黒く色を乗せていくのだが、このやり方だけはマニュアル化できない。個人の感覚、センスによるところが大きいからだ。うまくできない人は何度もやり直していることもあるが、気をつけないと墨が和紙を通り抜けて本体に付着することがある。そうなると、現物を汚してしまうので調査員に怒られることになる。

 

tampo
これがタンポ!

 

 墨を打ち終わったら、きれいに剥がして皺にならないように伸ばす。風が吹いたら吹っ飛んでなくしてしまう対策と画仙紙の残水分2割を吸収するために電話帳や雑誌に挟んでおく。ちなみに、このときに注記した内容を薄っすらとでも画仙紙に記入しておかないと、どの遺物の拓本なのか、後で分からなくなってしまう。けっこう忘れがちなことで、実際に私も、この失敗をしたことがある。そのとき、拓本と遺物の照合作業ほど不毛なものはないと思い知らされた。だから私は、拓本作業のかたわらにはいつも鉛筆を置いていた。

 

 さて、ここからは考古学者の面目躍如たる部分である。

 

 まず「実測」だが、これは土器の様々な角度から見たスケッチをすること。それも実物大だ。もし入り切らないときにはスケールを「1/2」などと明記する。

 

 精巧なスケッチだったら写真でもいいのでは? そんな疑問が浮かぶ人もいるだろうが、実は実測図には考古学者としての所見が加わるのだ。現物を肉眼で見て、手で触った人にしかわからない感覚だったり、光の加減で見えないような器の内側の感じなどを明記する。そうすることで、あとあと報告書でしか遺物を見られない人のために、また、不幸にも遺物が失われたときのために情報を残していくのだ。

 

IMG_4168
恩師が学生時代に作成した実測図。素晴らしいのひとこと。「レベルが違うんだよ!」という声が聞こえてきそうだ

 

 そして最後の「図面整理」。これは整理作業の中で最も重要な作業といえるだろう。

 

 発掘の際に遺跡で記録した図面のヌケモレをチェックする。図面も適当に描いているわけではない。遺構ごとの全体図や、遺跡の全体図のような大きなもの。各遺構の平面図、断面図なども必要である。すべて揃っているのかを確認するのが、この図面整理なのだ。

 

 この作業は、整理作業の最終段階というわけではなく、発掘作業と並行して行われることが多い。と言うのも、大半の調査現場は発掘が終わると埋め戻すこともなく崩してしまう。そうなれば二度と図面に発掘現場を記録することはできないのだ。

 

 遺跡のことを埋蔵文化財と呼ぶ。字面の通り埋まっている文化財のことなのだが、他の文化財と違って、保存されるものなど、ほとんどない。この文化財は、一度掘り出すと、そのまま消滅する運命にある。年間9千件の遺跡が発掘されるが、その多くは、建築物や道路など建設といった次のステップがあるためだ。

 

 それだけに、「忘れてました」は通用しない。

 

 遺構の断面図を取り忘れていたために、現場の撤去作業が始まっている横で急いで図面を取っているなんて光景もなくはない。実際、私は学生時代の調査で似たようなことをした覚えがある。別に自分のミスではないが、誰かがやらなければならない。そんな意識があった。朝飯の始まる時間よりも前に現場に行く「朝駆け」をすることも別に苦ではなかった。

 

IMG_6208
図面の作成は方眼図を使う

 

IMG_2501+3845
住宅地で発見された遺跡(左)などは保存されることは皆無。吉見百穴(右)のように現状保存される遺跡は、現在ではかなりのレアケースだ

 

 別にミスをした人のためでも、自分の評価のためでもない。遺跡の調査に関わるというのは、失われてしまったら二度と見ることもできない貴重な遺跡の記録を別の研究者や次の世代につなげる作業をしているということなのだ。それが遺跡発掘をして調査を担当した者の責務なのである。

 

 遺跡に対して責任を持つことは、発掘、整理作業ときて、次の報告書の作成で一応の完結をみる予定である。次回はそのあたりのことについて紹介していこうと思う。

 

IMG_1272著者近影。ベトナム、ハノイで取材中の様子。

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。お楽しみに!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら

オフィシャルブログ「ゴンザレスレポート」 https://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/

ツイッター https://twitter.com/marugon?lang=ja

[海外ブラックロード[PodcastRadio] www.blackroad.net/blackroad/


 

 

丸ゴンPR

丸山ゴンザレス(丸山祐介)

1977年生まれ、宮城県出身。國學院大學大学院修了。考古学者崩れのジャーナリスト。フリー編集者。出版社勤務を経て独立。國學院大學学術資料センター共同研究員。TV番組「クレイジージャーニー」(TBS系列)では、世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩く“危険地帯ジャーナリスト”として人気。2005年『アジア『罰当たり』旅行』(彩図社)で作家デビュー。以後、著書多数。【丸山ゴンザレス】名義:『海外あるある』(双葉社)、『闇社会犯罪 日本人vs.外国人 ―悪い奴ほどグローバル』(さくら舎)、『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)等。【丸山祐介名義】:『図解裏社会のカラクリ』『裏社会の歩き方』(ともに彩図社)、『そこまでやるか! 裏社会ビジネス』(さくら舎)等。近著『GONZALES IN NEW YORK』(講談社)が好評発売中。旅行情報などを配信するネットラジオ「海外ブラックロードpodcast」では、ラジオパーソナリティーとしても活動中。

双葉社の既刊本好評発売中!!

ISBN978-4-575-30635-4

海外あるある
 

 

 

   

 

日常にある「非日常系」考古旅
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー