東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#05

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈2〉

文・下川裕治

サワンカローク支線28.83キロ

 インドシナ半島を走る全鉄道路線に乗る旅はタイからはじまった。最初に乗る路線は、サワンカローク支線。バンコクからチェンマイに向かう路線の途中にある、バーンダーラー分岐駅からサワンカロークまでの28.83キロだった。

 その切符を買いにフアラムポーン駅と呼ばれるバンコク中央駅の発券窓口に立った。そこでサワンカロークまでと伝えた。

「3番の特急が1日1本だけあります」

 運賃は512バーツ、約1830円だった。

「あの……そこからバーンダーラー分岐駅まで戻れますか」

 窓口の女性はキーボードを叩く。そして教えてくれたのは、18時01分にサワンカロークを発車し、20時23分にバーンダーラー分岐駅に着く列車だった。

「……?」

 29キロ弱の距離に2時間以上かかる。そんなことがあるだろうか。時刻表を出そうとしたとき、後ろに並ぶ列が目に入った。しつこく訊くのは気が引けた。

 窓口を離れ、受けとった切符を見てみた。サワンカロークに着くのは17時46分になっていた。

 誤解をしていたようだった。各駅停車の列車が支線をピストン運行していると思っていた。それが1日1便だと。そうではなかった。バンコクを出発した特急が支線に入り、それがまた戻って、終点に向かうようだった。17時46分にサワンカロークに到着して、18時01分に折り返し発車する。その列車が、18時46分にバーンダーラー分岐駅に着く。これで合点がいく。

 ……そこで新たな疑問が生まれる。ではなぜ、スワンカロークからバーンダーラー分岐駅まで2時間以上かかると発券窓口の女性はいったのだろうか。それ以上は考えないことにした。タイ人が考えたことなのだ。

 翌日、列車は定刻にフアラムポーン駅を発車した。冷房が効いた特急型の車両である。スピードもかなり出している。発車して30分ほどすると、女性の乗務員が昼食を配りはじめた。ご飯にチキンカレーとサバの煮つけ。そうだった。スプリンターという列車は食事つきだった。運行の遅れを、食事と女性乗務員の笑顔でごまかそうとするタイお得意のサービスにも映るのだが。

 乗車率は50%ほどだった。灌木と水田、その向こうに工場といったバンコク近郊の風景を抜けるとアユタヤに到着。欧米人の観光客が10人ほど降り、しだいにタイの列車の色を強めていく。ナコンサワンを過ぎると、おやつのパンと飲み物も配られた。太陽が傾きはじめ、ピッサヌロークに到着したのは16時25分。予定より20分以上遅れていた。バーンダーラー分岐駅に着いたときは定刻を30分近く過ぎていた。

 ここから未乗車区間がはじまる。このために、バンコクから5時間以上かけてやってきたのだ。すると先頭車両にいた運転席がふたり、鞄をさげて通路を歩いていった。列車の進行方向が変わるようだった。ほどなくして列車は、逆方向に走りはじめた。

 未乗車区間を進んでいるといっても、特別の感動があるわけではない。座席はそのままだから、後ろ向きに進んでいく。車窓には暮れかけた農村の風景が広がる。線路に沿って続く竹林が淡い夕陽を受けて見えた。

 

謎の切符で、タイ国鉄の迷路に……

 クローンマップラップ駅に停車した。サワンカローク支線の始発駅と終着駅をのぞくと唯一の停車駅である。かつてはその間に5つの駅があったが、いまではこの駅以外は廃駅になっていた。

 1日に1本の列車しか走らない町にしては、そこそこの規模だった。コンビニが1軒ぐらいあるかもしれない。駅の周りには水田が広がる風景を思い描いていたが、若干裏切られた。終着のサワンカロークは、もう少し大きかった。数人の客が降りる。列車は1本しかないから、町の人はバスが頼りだろう。

 ホームに降りた。到着したのは18時05分。発車時刻をすでに過ぎている。ホームにいた駅員に訊くと、用意ができたら発車するという。急いで駅舎に向かう。初老の職員がバーンダーラー分岐駅までの切符を売ってくれた。50バーツ。やや高い気がしたが、それを考える暇もなく、列車に乗り込んだ。

 車内にいた女性の乗務員が怪訝そうな面もちで口を開いた。バンコクから同乗している乗務員だった。

「バーンダーラーで降り忘れたの?」

「いや、バーンダーラー分岐駅までの切符を買ってきたんです」

 乗務員の表情は曇ったままだった。

 30分ほどで列車はバーンダーラー分岐駅に着いた。

 寂しい駅だった。駅の周囲にはなにもない。ここからバンコク方面に位置するピッサヌロークに出るつもりだった。駅に掲げられた時刻表には、入線が20時23分、発車が20時24分と記されている。1時間半以上待たなくてはならない。

「ん?」

 サワンカローク駅で買った切符を見た。

 そういうことか……。

 切符にはバーンダーラー分岐駅に20時23分着と書かれていた。僕がバンコクから乗った列車は、いったんサワンカローク支線を往復し、終点のシラアット駅に着く。そしてバンコク行き上り列車になる。この列車は支線には入らず、そのままバンコクに向かう。その到着時間が20時23分なのだ。

 謎は解けたが、疑問が湧く。なぜそんな切符になってしまうのか。僕は1時間半も前にバーンダーラー分岐駅に着いているのだ。誰もいない駅で再びタイ国鉄の迷路に迷い込む。(つづく)

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』『週末香港・マカオでちょっとエキゾチック』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。

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