ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#05

サラゴサへの旅1−ヨーロッパに日本茶を

ステファン・ダントン

 

                                                                                         

 

サラゴサ旧市街

 

 

日本茶を、フレーバー茶を海外に広めたい

 

 

   2007年の秋、涼風の立ち始めた普段通りの平日の午後のことだった。ポツポツと来ては帰りしていたお客さんがふと途絶え、スタッフの洗い物をする音とフランスのラジオ番組だけが店内に流れる間延びした空気のせいで、私はうっかりあくびでもしそうになりながら、ぼんやりとこんなことを考えていた。

 

 おちゃらかをオープンして2年。近所との関係も良好だし、常連さんもできて地域でのポジションも少しずつ大きくなってきた。茶産地にお客さんを案内して産地と消費者をつなげることもできた。「おもしろいフランス人がやっているフレーバーティ-ー屋さん」を目指してやってくる若者も増えてきた。
 そもそも、私が日本茶にフレーバーをつけたのは、日本茶を飲む習慣のない人、口に運ぶことに抵抗のある人、あるいは見たこともない人にも日本茶を味わってもらうきっかけを作りたかったからだ。
 日本人の若者もその対象だったから、若者が増えてきたのはうれしいことだけれど、さらにその先、日本茶を見たこともない外国人にも日本茶を手に取り、口に運んでもらうための仕掛けとしてのフレーバー茶なんだ。白ワインを見慣れた目に日本茶の黄金色は抵抗がないはず。グラスに入れれば手を伸ばしてくれるだろう。鼻先に近づければフルーツや花の香りに誘われて口に入れてくれるはず。そして日本茶のスッキリした味わいの良さを知ってもらえるに違いない。
 仕掛けとしてのフレーバー茶はできたが、海外の人に広く知ってもらうためにはどうすればいいのか。吉祥寺にもポツポツと外国人のお客さんは来るから、彼らの口からフレーバー茶のおもしろさ、日本茶の良さは広がるだろう。大使館のパーティに水出し日本茶を提供するようにもなったけれど、もっともっとだ。

 もっと日本茶を世界に。

 

水出し茶をワイングラスで

                                           水出し茶をワイングラスで。

 

 

フランス大使館に水出し茶を

 フランス大使館に水出し茶を。

 

 

      

 

1本の電話から

 

   

  とりとめなく行き来する私の思考を遮るように電話のベルが鳴った。
「はーい。もーしもし。おちゃらかです」
「もしもし。わたくし、JETROのBと申します」
 当時の私はJETROが日本の経産省の関係団体だなんて知らなかったから、最初はキョトンとしていたと思う。ところがBさんの話を聞くうちに、この電話がとんでもないチャンスだということに気づかされた。
「来年、2008年6月1日から、水をテーマとした国際博覧会がスペインのサラゴサで開催されます。日本館の公式飲料を日本茶にしようと思い、各社に企画を出してもらっていたのですが、どうもピンとくるものがない。さまざまな調査をする中でおちゃらかを発見し、おもしろいと感じました。もし興味があれば、我々と話をしてみませんか?」
 政府の仕事だ。大きな仕事だ。
 しかも場所はヨーロッパ。サラゴサに行ったことはないが、マカロニウエスタンのロケ地にもなった砂漠地帯。からりとした強い光と熱い風のその場所で日本茶を出すなら、すっきりした緑茶にスペインらしくバレンシアオレンジのフレーバーをつけて水出しで提供したらぴったりなはず。準備期間は8ヶ月もある(このときはそう思ったが、実際は随分と大変だった)。
「ぜひ!」
もちろん即答した私は、数日後、六本木のJETRO本部へ向かった。少し緊張しながら役員室のドアを開け、一通りの挨拶をしながら目の前に並ぶ数人の男性を見回した。その中央に見覚えのある顔が。
「ステファン、こんにちは」
「Aさん!」
 夏前くらいからだろうか、Aさんは友人や家族と連れ立っておちゃらかに来てくれるようになったお客さんだった。何度か来るうちに、打ち解けて、日本茶についてのさまざまなこと、日本とヨーロッパの農業についてや私のビジョンについてフランクに話すようになっていた人。 
「サラゴサ国際博覧会日本館運営の総責任者Aさんです」
そう紹介されて驚きもした。「あれは調査としての来店だったのか」とも思ったが、「プライベートで来るうちに今回のプロジェクトにぴったりだと思った」と彼は言う。事実はどちらでも、親しく話をしていた相手と大きなプロジェクトに取り組めるのは幸運なことだ。
「ステファン、日本とスペインのコンビネーションでフレーバー茶を作れないかな? サラゴサの夏は暑い。来館した人に日本茶を水出しで提供して涼やかに日本を感じてほしいんだ。さらにフレーバーでスペインらしさをプラスして日本とスペインのフレンドシップを象徴させたいんだ」
 彼のオーダーは、私が考えていたことと一致した。

「バレンシアオレンジのフレーバーを緑茶につけよう。名前は、“サラゴ茶”」
役員室に笑いが起こった。
 

 

 

 

サラゴサ万博日本館

        サラゴサ万博にて日本館に人が集まっている様子。
 

 

サラゴ茶ラベル案 提供したお茶のラベルデザイン。

 

 

サラゴサまでは遠くて

 

 

 それから翌2008年6月1日まで、準備期間の8ヶ月間は思ったよりも大変な毎日だった。
 “サラゴ茶”の開発そのもの。緑茶やオレンジピールなどのフレーバー材料の選定をし、ブレンドをし、試飲を繰り返す日々。ようやくできあがったものを輸出するにあたっての手続きにはまいった。ただでさえ厳しいEUの基準をクリアしなければならない上に、2007年の暮れに起こった中国毒入り餃子事件によって、さらにデリケートな対応を余儀なくされた。
 日本館の入り口で提供する“サラゴ茶”の配布エリアの概略が決まる。1日の、1時間ごとの来館者の予想が出る。用意する水出し茶を製作する、カップへ入れる、配布する、片付ける。必要な茶葉の量、人員やフォーメーションを毎日徹夜でシミュレーションした。
 冷蔵庫やタンクやカップは現地調達することにした。日本から送るのは茶葉だけ。
 茶葉だけとは言っても、93日間の会期中に必要な茶葉は735kg。日本館の公式飲料に与えられた予算は多くなかった。そこで私は、JETRO役員とともに、茶産地である静岡県の島田市と川根町を訪れ、市長たちと直談判して、茶葉を協賛してもらうことにした。
 
「水はどうする? 日本は軟水、スペインは硬水だ。日本から送るか、軟水を調達するか?」
日本茶は水にこだわらないと、という思い込みがみんなにあるようだった。
「現地の水を使うよ。スペインでスペイン人が飲むんだ。もし日本茶のおいしさに気づいてくれた人がいても、軟水でなければいれられない、なんて思ってしまったら、日本茶はスペインで広がらない。スペインの水でいれた日本茶をおいしいと思ってくれればいいんだ。それでようやく日常の飲み物の選択肢になる可能性ができるんだ。そして、いつか日本へ来たときに、日本の水でいれた日本茶はやはり一番おいしい、と実感してくれればいいんだ」
こんなふうに私は言った。
「水出し茶を作るスタッフも現地で採用しよう。スペイン人が飲むものはスペイン人が作るほうがいい」
 

 

 

”サラゴ茶提供の舞台裏”

                         サラゴ茶を提供するブースの様子。

 

サラゴ茶製作スタッフと

                         サラゴ茶の現地製作スタッフに囲まれたステファン。
 

 

 

 

      

ヨーロッパへの帰郷

 

 

   2008年4月、国際博覧会のパヴィリオンも着工し、日本側の準備も整いつつある中、私は現地調査のためにサラゴサへ向かった。日本とスペインをつなぐお茶を作っている、日本茶を世界に広める一翼を担いつつある、という自負と緊張を抱えながら。
 日本で暮らし、仕事をし、たまに帰郷をしていたつもりだっが、気づけばもう6年以上母の顔も見ていなかった。この最初の出張では、故郷リヨンへの帰省はかなわなかった。それでも久しぶりのヨーロッパだった。心が高鳴った。 
 成田からアムステルダムを経由してまずはバルセロナへ。陸路でサラゴサへ向かう。沿海部のバルセロナから内陸へ向かうと周囲は茶色い砂漠の中にサラゴサの街が現れる。からりと乾いた空気、強い光、上を向いて歩く人々。
「この人たちに日本茶を飲ませるんだ!」
そんな思いを新たにした。

 

 

サラゴサ旧市街

                         サラゴサ旧市街の様子。

 

サラゴサの街と人

                         サラゴサの街を行き来する人々と街の様子。
 

 

 

 

 

                 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回公開は6月19日(月)です。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。2017年路面店オープン予定。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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