ブルー・ジャーニー

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#05

グアム 海を見る人〈1〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

一五年目の夏

 テーブルの上のダイエットコークに手を伸ばしながら、中山雅史は言った。

「グアムもアメリカも滞在するのははじめてです。といっても、グラウンドと部屋を往復しているだけですけれど」       

 六月中旬、Jリーグの中断期間に行われたジュビロ磐田のキャンプ。中山にとって、入団してから一五年目の少し早い夏。

 

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 “孤独”という感覚はありますか?

「……孤独……ひとりぼっちだなと感じることですよね? ……うーん……そんなには感じたことはないですね。ひとりでいることを苦に思うこともないですし」

 ひとりでいる時間がないと、精神的にきつくなるということは?

「いや、そんなこともないですね……うーん……自分でなにかしようっていう感じがあまりないんです。旅をしたいとは思うけれど、段取りをしてまで行こうとは思わない。自分からこうしようと思うものがないんですよね、サッカー以外には」

 

 選手たちが宿泊するリゾートホテルの地下一階。奥まったところにあるモノトーンのオープン・カフェ。

 いつものように即答も断定もない。自問自答というフィルターを通過した言葉だけが訥々とこぼれ落ちる。

 

 いつも、なにを聞いても、質問されてはじめて考えたのではなく、すでに考えたことがあるんだなと思わせられる答がもどってきます。しかも、自分はこう思うけれど、逆から見たらこう感じるのかもしれないと、偏ることがなく、結論を急ぐこともない。

「自分が何人もいればいいんですけどね、こっちを選んだらこうなる、あっちを選ぶとこうなるということを比べることができれば」

 気になることを考えずに放っておくことはしないですよね。

「そうかな……放っておくこともしますよ」

 ――しますか?

「たぶん」

 考えたうえで、放っておくという方法をとっているんじゃないですか?

「そうなのかな?」

 そんな気がします。

「自分のことは、よくわからないです……いまも気の利いたことが言えているのかどうか……うーん……むずかしいですよね」

 

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 四年あまり前に『人生の長さを一〇〇だとしたら、今、どのあたりにいると感じるのか』と質問したところ『六〇ぐらい』だと。

「サッカーがすべての中心だから、どうしてもそういう考えになってしまうんでしょうね。サッカー以外になにか熱くなれるものが見つかれば……うーん……プレイヤーでいるということは、すごく幸せなことです……三七歳で現役でやれているということは、怪我や苦しいことがいろいろあるんですけれど、でも、すごく幸せなことなんですよ……うーん……こうやって幸せを感じていられる期間をながくするのもみじかくするのも自分しだい。そのための苦労、努力はしないといけない……だからこそ幸せなのかもしれないですよね」

 すべてを注ぐに値する幸せ。

「……そうですね……サッカーがあるから、いろんなものを自制することができる。ほんとうにすべての中心になっている……うーん……だから、だから怖いですよね。それがなくなったらどうなってしまうのだろうかと」

 

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 ホテルにもどると、部屋があるフロアの廊下に、老人が、ひざを抱えるように座りこんでいた。

「どうしました?」

 老人は顔を上げ、言った。

「部屋のドアが開かなくなってしまって」

「鍵をお持ちですか?」

「部屋のなかに」

「わかりました。少し待っていてください」

 部屋からフロントに電話をかけて日本人の男性がロックアウトされてしまったことを伝え、老人のところにもどる。

「もうすぐホテルの人間が開けに来てくれると思います」

「助かりました。ありがとうございます」

「どれくらい、ここに?」

「もう少しで二時間になります」

「二時間!」

 立ち上がりながら老人が言った。「ここはどこでしょうか?」

「……」

「孫の結婚式で連れてこられたのですが、いったいどこにいるのやら」

「グアムはわかりますか?」

「グアム?」

「日本から飛行機で三時間半ほど南、太平洋に浮かぶ淡路島よりひとまわりちいさい島で、ここはもっとも観光客でにぎわうタモン地区の……」

「グアム」老人はつぶやくように繰り返し、首を横に振った。

「お孫さんたちは?」

「式のあと、パーティとやらで、みんなと出て行ったきりです」

 

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 翌日の午後、ジュビロのキャンプはオフ。

 漂白されたようなビーチや高層ホテルやショッピングモールやサッポロビールの看板を掲げた居酒屋や観光客で満席のマクドナルドから抜け出て島の反対側に向かう。

 やがてフロントガラスは環礁に囲まれた海と椰子の木に埋め尽くされ、走りつづけるほどに、世界は顔色を取りもどしていく。

 日本の世界地図は日本が世界の中心に位置する。人工衛星に視点を置けば、中心の右側には北太平洋が広がり、左側には日本海をはさんで日本列島に覆いかぶさるようにアジア大陸が広がる。

 アメリカ合衆国の世界地図はアメリカ合衆国が世界の中心に位置する。アラスカ州まで視野に収めようとすれば、世界は北米大陸に圧倒される。

 視点をハワイ諸島から一〇〇〇キロほど西寄りに移動させて地球を見下ろすと、大陸は四隅に隠れ、視界は大洋に埋め尽くされる。

 かつて、この大洋の国に生きる人びとがいた。カヌーで島から島へと渡り歩き、千キロを優に超える航海を重ねた。カヌーとは“褐色の男の舟”を意味する言葉だった。

 夜空にきらめく星が褐色の男たちのコンパスだった。ガラスと金属でできたコンパスのように、磁気に影響されて針路を見失うことはなかった。

「海から島を釣り上げる」術は、歌とチャント(古民謡)で引き継がれた。すべては口伝だった。自分の島からほかの島へ行くための航路だけではなく、あらゆる島への“星の航路”が、航海者の頭に刻みこまれていた。

 昼間は太陽の位置を基準に舵を取った。星のない夜は、波のうねりを参考にした。海も真っ黒になる闇夜は船底に横たわり、横揺れ(ロール)と縦揺れ(ピッチ)を感じ、進路を割り出した。

 海の上の雲は流れ、島の上の雲はじっと動かない。アジサシやカツオドリは夕暮れ時になると巣をめざして飛ぶ。知覚できるすべてのことが手がかりだった。海に浸しっぱなしの足はふやけてしわだらけになった。

 放射性炭素年代測定法によれば、赤色土器の製作技術を持つチャモロ人が、大洋の国の世界地図の左下、フィリピン方面からグアム島にやってきたのは紀元前一五〇〇年ごろのことだった。

 

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(グアム編、つづく)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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