ブーツの国の街角で

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#04

ローマ:アッピア旧街道州立公園

文と写真・田島麻美

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紀元前に造られた石畳が今も残るアッピア旧街道は古代遺産が数多く残るローマでも最も有名な観光スポットの一つ。街道沿いにあるサン・カッリスト、サン・セバスティアーノのカタコンベには連日のように大型バスで観光客が押し寄せているが、実はそのカタコンベ自体が広大な州立自然公園の一部であることはあまり知られていない。
 美しい冬晴れの休日の朝、忙しない日常生活をしばし忘れるべく、古代ローマの面影が点在するこの公園内を歩くことにした。


 

スタート地点は『クォ・ヴァディス?』の教会

 

 アッピア旧街道の起点はローマ市内のサン・セバスティアーノ門だが、今日は州立公園のインフォ・ポイントからスタート。まずは窓口でマップを購入し、お姉さんに見どころなどを聞いて情報をチェック。レンタサイクルにも惹かれたが、今日はぶらぶら歩きたい気分だったので自転車は次回のお楽しみにとっておくことにする。
 インフォ・ポイントの向かいには、かの有名なドミネ・クォ・ヴァディス教会がある。聖ペテロが十字架にかかるためにローマへと向かうキリストに出会ったのがこの地だと言われている。ついさっきまで、いつものバールでカフェを飲んでいた時はバールの親父と冗談を言い合っていた私だが、聖書の一節に出てくる場所に今こうして自分が立っているのかと思うと、やはりどこか神聖な気分にならざるを得ない。

 

 

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迫害を逃れてこの地でイエスに遭遇した聖ペテロは「ドミネ、クォ・ヴァディス?(主よ、どこへ行かれるのですか)」と尋ねた。イエスはペテロに、「十字架にかかるためにローマへ行く」と答えた。

 

 

 

 

子どもも老人も羊も! 気ままな散歩を満喫
 

 公園内の中央にまっすぐに伸びる道を歩いていく。入り口付近は現代の道でアスファルトで舗装されている。ここからどんどん進むうちに時代が遡り、古代ローマ時代の道が現れてくるのだが、それはまだ先。ローマ独特の傘状の松の木やまっすぐ天に向かって伸びる糸杉の並木道、オリーヴの木など、沿道を彩るさまざまな樹木を愛でながら、ぶらぶら散歩を楽しむ。時には、羊飼いに連れられた羊の群れが、のんびりと日向ぼっこをしつつ草を食む光景も見られたりする。杖をついた老夫婦がゆったり歩く傍らを、ヘルメットをつけた小さな子ども連れの家族が自転車で颯爽と走り抜けてゆく。かと思えば、いちゃつきながら歩いている若いカップルの向かいから、考古学者らしきインテリ風の男性グループが議論を交わしながらやってくる。誰も彼もが自由気ままにこのロケーションを謳歌している様子があちこちで見られ、私もすっかりリラックスして開放的な気分になってきた。
 

 

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約3500ヘクタールの面積を誇る州立公園内には、遺跡だけでなくローマならではの樹木や植物も。アッピア街道の「マイルストーン」の1から10までが公園内にある。

 

 

 

 

カタコンベの入り口で聴くグレゴリアン・チャント

 

  さて、どの辺りまで来たのだろう? 地図を見ると2番目のマイル・ストーンがあるあたり、サン・カッリストのカタコンベ付近にいることがわかった。ここから石畳までは、まだかなり距離がある。トイレに行きたくなっていた私は、野っ原だらけの周囲を見渡して困惑した。どうしよう? 苦肉の策でカタコンベの入口広場まで行ってみることにした。連日大量のツーリストが押し寄せる名所だから、トイレもきっとあるに違いない。
 不謹慎な目的でカタコンベへと歩き出した途端、どこからか清らかな歌声が聞こえて来た。これは、グレゴリアン・チャントだ。きっとチケット売り場で雰囲気を出すためにテープを流しているのだろうと考えた私は正真正銘の不届き者であることが、次の瞬間に判明。カタコンベへと続く分岐点で遭遇したのは、若い神学生のグループだった。彼らはここで、カタコンベに眠る魂のためにグレゴリアン・チャントを歌っていたのである。申し訳ない気持ちでいっぱいになったものの、やはりトイレには行っておかないと後でさらに困った事態になる。後ろめたさをひた隠しにしつつカタコンベの入口広場まで歩き、無事にトイレ休憩を済ませて早足で再び街道へ戻った。
 

 

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無数の魂が眠る地下墓地「カタコンベ」は、いうまでもなく神聖な場所。入り口の広場までは無料だが、内部へ入るには有料のガイド付きツアーに参加する必要がある。
 

 

 

青空の下の考古学博物館
 

 気分も新たに街道を進む。しばらくして左手に古代ローマ時代のものらしき広大な遺跡が見えて来た。崩れ落ちたレンガの塔、敷石は円形状に置かれているように見える。地図を見ると『マクセンティウス皇帝の競技場』とある。名前は聞いたことがないが、こんな大きな競技場を作ったくらいだから、きっと偉大なローマ皇帝だったのだろう。だだっ広い緑の草地にポツポツと点在する古代建築のカケラたち。崩れた塔の窓際に、ペンペン草の白い花が揺れている。季節も時代もロケーションも全然違うけれど、芭蕉の有名な一句が頭に浮かんだ。「兵どもが夢のあと」がここにも一つ。
 3つ目のマイルストーン地点まで到着すると、今度は荘厳な白い大理石の遺跡が登場。『チェチリア・メテーラの霊廟』と書かれている。なんでも古代ローマ時代の重要な政治家の奥さんだった女性らしい。こんなに美しくて荘厳な霊廟を建ててもらえるなんて、きっとすごく旦那さんに愛されていた人なのだろうな。建物の外壁に埋め込まれた大理石の彫刻や美しい装飾が施された円柱を眺めつつ、はるか昔の夫婦愛に思いを馳せた。
 

 

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マクセンティウス帝の競技場はチルコ・マッシモに次いで2番目に大きな古代ローマの競技場で、保存状態が良いことでも知られる。ここで数多の戦車競技が行われた。
 

 

 

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3ローマ・マイル(3000歩)地点にあるチェチリア・メテーラの霊廟。入場料を払えば霊廟内も見学できる。

 

 

 

 

現代から古代の道へ

 

  チェチリア・メテーラの霊廟を過ぎると、いよいよ古代の石畳が見えてきた。現代ローマのシンボルでもある綺麗に並んだ四角い石畳がプツッと途切れ、その先にデコボコの大きな黒い石が埋め込まれた道が伸びている。古代ローマ時代のアッピア街道だ。
 地面に顔を近づけてよくよく眺めてみると、所どころに深い溝があるのがわかる。これは、古代ローマの兵士や貿易商人たちが運んだ荷車の轍(わだち)。こんなに硬い石がここまで深い溝を刻むまでに、いったいどれほどの歳月がかかったのだろう。どれだけ多くの荷車が、この道を行き来したのだろう。想像しただけでも気の遠くなるような時間が、この石畳には刻まれている。2000年前、薄い皮のサンダルだけでこの硬く冷たい道を、どこまでもどこまでも歩いて行った古代ローマ人。その道の上に今、遠い東洋の島国で生まれ育った私が立っている。真ん中に海はあるものの、『すべての道はローマに通ず』を体感した一瞬だった。

 

 

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紀元前3世紀に建造されたアッピア街道は、ローマから南イタリアのプーリアまで続くイタリアの大動脈で、『街道の女王』と呼ばれている。当時のままの石畳が今なお残っている。

 

 

 

 

思いがけず絶品パニーニ発見!
 

 アッピア旧街道の石畳は、ここからまだまだ続く。地図を見ると、古代ローマの水道橋や重要な遺跡群はここから次々に現れるようだ。しかし、時刻はすでに12時半。午前中の散歩のつもりで家を出てきたので、これ以上先へ進むと午後の用事に間に合わなくなってしまう。後ろ髪は引かれたものの、今日はここで折り返すしかない。
 踵を返して帰路につこうと歩き出した直後、お腹が鳴った。私の腹時計はロレックスよりも正確なのだ。ここからまた1時間以上歩くことを考えると、ここらで何か食べておきたいところだが、アッピア街道沿に飲食店なんてあったかな? 周囲を見渡すと、あった、あった! 小ぎれいな庭に赤いテーブルクロスが並んでいる。入り口に出ているメニュー表を見ると、どうやら軽食もとれるバールらしい。観光客しか来ない公園内のバールだからきっと高くてまずいパニーノぐらいしかないんだろう、という私の偏見は嬉しいことに裏切られた。手切りの分厚い生ハムとモッツァレッラのパニーノは、旧市街のバールのそれより安く、味のレベルははるかに高い。温めてくれた生ハムの脂身が絶妙なとろけ具合で、こんなに美味しいパニーノに思いがけず出会えたことに感謝した。
 

 

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絶品パニーノを提供してくれたバールの主人パオロ氏。なんとこの方も日本のテレビ番組には何度も出演済みだとか。店では「古代ローマ料理」の再現メニュー(要予約)も食べられるらしい。

 

 

 

<参考サイト>


・アッピア旧街道州立公園 http://www.parcoappiaantica.it/
 

 

 

 

*この連載は2017年1月からは毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は1月26日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

 

 

 

 

   

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